1-3. 森の中の秘密の小屋で
カグリナに示された宿場町の裏口。
その先の森の奥には、苔生した岩場に寄り添うようにして小さな丸太小屋が建っていた。
リオヴェンが恐る恐るその小屋に近づくと、内部から微かな魔力と、人の声が漏れ聞こえてきた。
「シリル、今日の感覚覚えておいてね」
「ええ。そのつもりよ。訓練ありがとう、ジオルドル」
「うむ」
小屋の入り口の戸が開いた。
カグリナがリオヴェンの背後に立ち、静かに中を促す。リオヴェンは意を決して小屋に入った。
薄暗い小屋の中央。床にはナナーリカが壊したカップの破片が飛び散っている。
奥ではジオルドルが、温厚な表情でナナーリカの焦がしたローブを整えている。その隣では、ナナーリカが、切り株の上の水晶球を見つめている。彼女のローブのボタンは、上下逆になっていた。
そして、瞑想の姿勢から立ち上がったばかりのシリルが、眼鏡をかけ直し、リオヴェンをまっすぐに見つめた。
三人の視線が、リオヴェンに突き刺さる。特にシリルとナナーリカの視線は、リオヴェンの行商人の仮面の下にある暗殺者の過去と闇の魔力を、無言で検分しているようだった。
「連れてきたよ、シリル姉さん」
カグリナが静かに言った。
「彼は、この前の行き倒れくん。さっき話した闇の魔力の持ち主だよ。また暗殺者らしいんだけど、改心してこれから頑張ろうとしているところ」
カグリナの言葉が、リオヴェンを強く肯定する。リオヴェンは深く頭を下げた。
リオヴェンは驚き、声が出ない。カグリナの仲間はシリルだった。シリルは目を細めて、リオヴェンの様子をじっと伺っていた。
リオヴェンは咳払いを一つすると、話し始めた。
「行商人のリオヴェンと申します。私には、貴方方に献身する理由があります。償いも含め……闇の情報と斥候の技術は、役に立つはずです」
シリルは、リオヴェンを警戒するでもなく、静かに問いかけた。
「やあ、リオヴェン。君の魔力は、闇属性。私も名を聞いたことのある、暗殺の専門家だ。そしてカグリナと出会うか……面白い縁だね。君は私たちを裏切らない証明ができるかい?」
リオヴェンは何も否定できなかった。
その時、ナナーリカが、焦げ付いたローブをジオルドルに直してもらいながら、口を開いた。
「シリル。彼は信用てきるのかな……?」
ナナーリカはカグリナを一瞥した。
「彼の心臓を起点に、闇の力は強い感情で凝り固まっている。それは悪いものではないと私も感じるわ。それに彼が身につけている旅装束の匂いには、この小屋で焚いている薬草の治癒の炎、その微かな魔力が残っています。彼の闇が、カグリナの治癒の炎で救われたのは明白です」
リオヴェンは、自分の全ての秘密を、この天才賢者に見抜かれたことに戦慄した。しかし、彼の背後にいるカグリナは、その言葉の真意に気が付かない。
「確かにカグリナに救われた。そして俺の心の闇も祓われた気がするのは確かだ……」
リオヴェンはカグリナの方を向いた。
カグリナは嬉しそうにリオヴェンの手を取り、微笑み返した。
「私の治癒が効いたのよ! それで人助けをしようと思ったのって素敵じゃない? ナナーリカも言うように、この人の闇の力は嫌な感じがしないことは確かよ」
その時、ジオルドルが、温厚な笑みを浮かべ、リオヴェンに近づいた。ジオルドルは彼の狩人としての本能で判断した。
「闇の力、大丈夫」
ジオルドルは、手を差し伸べた。
リオヴェンはことは少ないジオルドルに驚いたが、その手を取り握手をした。
ナナーリカが小さく笑い声を出して、ジオルドルの後ろから顔を出した。
「これはジオルドルだよ。ちょっと話すのが苦手なんだが、悪いやつじゃないんだ。この小屋に来たということは、貴方はもう私たちの仲間だ。よろしく」
シリルはその後ろ側で溜息をついたが、穏やかに微笑んだ。
「この小屋にはナナーリカの結界がはってあってね。悪意や害意のあるものは近づけないだ。だからここに来た、小屋に入れた時点で君のことは疑っていないよ。開拓の旅に、貴方の闇の知識は不可欠になるでしょう。これからよろしくね」
リオヴェンは、シリルへの贖罪という理性的な目的と、カグリナへの初恋という感情的な動機が、この温かい仲間たちに受け入れられたことに、胸を熱くした。彼はジオルドルの手を強く握り直し、深く頷いた。
「ああ、よろしく」
「おーい、シリル! 今夜はオオカミ肉だ! カグリナシェフが好きな、薬草の煮込みにしよう!!」
その瞬間、小屋の戸が勢いよく開けられた。獲物であろうオオカミを肩に担いだガレオンが、陽気な笑顔で小屋に入ってきた。
彼の視線が、見慣れないリオヴェンに注がれると、ガレオンの笑顔が一瞬で消えた。彼の素手は、今にも戦闘態勢に入れそうな緊張を帯びた。
「……てめぇ、誰だ。シリル、こいつは!」
ガレオンは、リオヴェンが以前自分たちを襲った暗殺者であることに、一瞬で気づいた。ジオルドルやナナーリカとは違う、野生の直感と戦闘経験がそう告げていた。
シリルは静かに、ガレオンに笑いかけた。
「ガレオン。紹介します。彼はリオヴェン。元暗殺者、そして今はただの旅商人だよ」
シリルは、一切隠さずにリオヴェンの素性を明かした。
「そして、彼はこれからは、このチームのメンバーです。彼の闇の技術は我々のこれからのために必要でしょう」
ガレオンは、オオカミをドスンと床に置き、一歩前に出た。リオヴェンは、ガレオンの拳が自分を打ち砕くことを覚悟した。
しかし、ガレオンはシリルとカグリナを交互に見た後、深くため息をついた。
「わかったよ。お前らが信用したなら、俺も信じる。だがな、影の野郎。シリルと、仲間たちに手を出したら……」
ガレオンは、リオヴェンの目を見て、素手で肉を引き裂くような仕草、静かで恐ろしい脅しをかけた。
「……俺が、テメェの骨を、二度と再生できないように粉砕してやる。いいな」
リオヴェンは、その脅しが心からのものであることを理解し、深く頭を下げた。彼の心は、シリルへの贖罪、そしてカグリナへの献身を誓う、新しい決意に満たされていた。
「……俺はもう足を洗ったよ。もしダメだと判断したのならその時は罰を受け入れます」
こうして、リオヴェンはカグリナの、このチームのメンバーとなった。
ここからが旅の始まり、冒険者ギルド『ノヴァウィング』のはじまりだった。




