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1-2. 闇の行商人リオヴェン




リオヴェンが森の中でカグリナに命を救われてから、三週間が過ぎた。



彼の身体は治療可能な傷はほぼ回復していた。しかし彼の心はまだ、あの時の炎の温もりに取り憑かれていた。



暗殺者としての素性を隠し、地味な旅装束に着替えたリオヴェンは、手押し車に少量の薬草と古文書を積んだ行商人として、シリルたちが潜伏している森の近くの宿場町へと足を運んだ。


ここ何日か、この街で行商人として店を出していた。ツテを使って集めた少し希少な薬草や薬の材料を、あつかつていた。なんとなく、これらを売っていたらあのカグリナに会える気がしたからだ。





彼の目的は、斥候として働いてきた人生の贖罪と、カグリナに会うこと。そして叶うなら彼女の側にいること。



「きっと、この街の近くにいるはず…」



リオヴェンは、元斥候の情報網を駆使し、シリルとガレオンの居場所をおおよそつきとめていた。彼らにあったらもう命を狙っていないことを伝えなければ。だが、彼が二人を探すよりも早く、カグリナの姿がリオヴェンの視界に入ってきた。



宿場町の小さな市場。カグリナは、鮮やかな赤髪とは対照的な落ち着いた黒と赤の衣装を纏い、地元の商人から食材を選んでいた。彼女の側には、リオヴェンが命を懸けて失敗した暗殺の標的――シリルの姿はなかった。



(チャンスだ。だが、どう接触する……?)



リオヴェンは、行商人として商売を装い、カグリナに近づくしかない。しかし、彼女の前に立つと、命を救われた時のように、彼の心臓が激しく脈打つのを感じた。闇の魔法で鍛え上げた鋼の精神が、たった一人の女性の前で崩れていく。



「おや、そちらの方。その薬草、少し見せていただけますか?」



カグリナの方から、リオヴェンに声をかけてきた。


カグリナの声は静かで、感情の起伏がない。彼女は、リオヴェンが売っている薬草を、その細い指で確かめるように触れた。



「これは、国境近くの森でしか採れない薬草ですね。傷を素早く治す効果がある。…貴方は、随分と森の奥深くを歩くのですね」



リオヴェンは、彼女の静かな観察に冷や汗をかいた。この女性は、薬草一つから、彼の行動範囲と、彼の身に負った傷の大きさを推測している。



「は、はい。私は各地を渡り歩く行商人ですので。珍しい薬草を仕入れるためには、少々危険を冒す必要がありまして」


リオヴェンは、平静を装って答えた。

カグリナは、リオヴェンの目をまっすぐ見つめた。その瞳は、彼の旅装束の下に隠された古傷、そして彼の心に宿る闇の魔力を、全て見透かしているようだった。



「貴方の手のは、物を売る者の手ではないようだね。ナイフを扱う、訓練された者の癖がある。それに、貴方から香る森の匂いは、普通の旅人が辿り着けない、深い闇の領域の匂いです」



リオヴェンは言葉を失った。シリルは知性で彼の動きの癖を読んだのに対し、カグリナは本能と炎の魔女としての感性で、彼の本質を見抜いていた。


「…何を、仰りたいのですか」


彼は、絞り出すように言った。

カグリナは、薬草を一つも買わずに、優しく首を傾げた。カグリナの目には、リオヴェンの姿がしっかり写っていた。



「この前の人でしょう? 転職したの……?」


「え、ええ。潮時だと思って……体ももうボロボロで。今はただの行商人ですよ」



緊張から上手く話せないリオヴェンはなんとか不自然にならないように返した。



カグリナは目を細め、少し考え込むとリオヴェンに近づき、小声で話しかけた。



「……ねえ。あなた闇の力があるでしょ? 私と一緒に来ない? 仲間が闇の力の使える人を探しているのよ」


彼女はそう告げると、リオヴェンに背を向け、数歩歩き出した。そして、振り返ることなく、静かな声で言った。



「日が沈む頃この先の宿屋の裏口で、待っていますよ。……行商人さん」



リオヴェンの全身に、再び戦慄が走った。彼は、カグリナの言葉が、彼を受け入れるつもりだということを理解した。彼女は彼の全てを知った上で、彼を拒絶しなかった。


(彼女は…俺を救っただけでなく、生きる場所さえ与えようとしている)



リオヴェンは、カグリナの背中を見つめた。彼女の赤髪は、まるで闇の中を照らす炎の道標のように見えた。



彼の心の中で、カグリナへの恩義と、報われない愛情が、混ざり合いながら燃え盛る。


「……俺は、彼女に隣に立つには資格はないな…」



彼はそう心で呟きながらも、心の中では彼女と共に行きたいと叫んでいた。



彼は夕刻までに素材を全部売り切ると、カグリナが示した宿の裏口へと急いだ。



そこには、カグリナが約束通り彼を待ち構えていた。リオヴェンは、カグリナの静かな導きにより、暗殺者から新たな人生をスタートすることになる。



「良かった。ちゃんと来たのね」




「ああ。だが……本当に俺でいいのか?」



「ええ、貴方、自分が思うより悪い顔してないのよ? 顔立ちは私は好きな感じだけど、優しい顔よ。だから助けてあげたのかもね」


カグリナは優しく笑いながら言った。


「この先の森の奥に、仲間がいる小屋があるの。あのあとすぐに帰って、貴方のことを話したらぜひ仲間にしたいって」


「そうか。それは良かった」 



リオヴェンはカグリナの言葉をそのまま受け取れず、これは励ましなのだと受け流した。




二人はそのまま日の沈む森の中へと消えた。









  ◇



森の奥深く、苔生した岩場に寄り添うようにして小さな丸太小屋が建っていた。



小屋の内部は薄暗く、テーブル代わりの切り株の上には、雑に積まれた古文書と、小さな水晶球が置かれている。そして、その部屋の窓の外側、シリルは目を閉じ、瞑想の姿勢を取っていた。



彼女の額にはうっすらと汗が滲んでいる。シリルが受けているのは、魔法戦闘の指導ではない。彼女の持つ天賦の才―相手の動きや癖を読むーその視覚と知覚の強化の訓練だった。




「シリル。視覚強化の魔法は、ただ遠くを見るためのものじゃないぞ」



教師は、ナナーリカだった。青いローブに身を包んだ彼女は、百年の知識を持つ賢者でありながら、今日もお茶を煎れるのに失敗し、ローブの袖を焦がしていた。彼女の隣では、温厚な弟子のジオルドルが昨日ナナーリカが焦がした鍋を静かに磨いている。

ジオルドルは白い髪を短く刈り込み、黄色い服を着ていた。彼は小柄なナナーリカに比べかなり大きく、がっしりした体格だった。



二人は部屋の中から、窓の外で修行するシリルを観察していた。




「私の過去の記録によれば、視覚の魔力強化は、光の屈折や魔力の残滓、あるいは空気の揺れを魔力の変化や波として読むための技術。それを習得すれば、シリルの持つ観察力は、さらに異常な精度で発揮されるでしょう」



シリルは眼鏡を外したまま、目を閉じて答えた。


「ナナーリカ。その魔力の波が、あまりにも多すぎて、意識が拡散してしまいます」



「それはそうね! この世界にある全ては魔力を少なからず含む。シリルは頭脳派だから、全部を理論で処理しようとする。シリルは見るべきはもっと感覚的になるといいね」



ナナーリカはそう言いながら、窓に近づくとお茶を淹れるはずの湯を、うっかりシリルが瞑想している窓の外へとこぼした。湯気がシリルの近くまで広がり、シリルはわずかに呻く。



「あ、ごめんなさい、シリル! 魔力の流れに集中しすぎて、手元が…」


ナナーリカは慌ててシリルを心配したが、湯気がたつ地面にこぼれた熱湯をどう処理すべきか検討がつかない。



その様子を見ていたジオルドルが、困ったように優しく口を開いた。



「ナナーリカ、大丈夫。シリル、ごめん」



ジオルドルはそう言うと、静かに土魔法を使い、地面の水分を一瞬で吸収させた。彼の土魔法は、建築や戦闘だけでなく、こういった生活のサポートにも使われる。長年、生活能力のないナナーリカの世話をしてきた、ジオルドルならではの技だった。



「ジオルドルは素晴らしいですね。生活魔法の達人だ」


シリルは心から感心し、ジオルドルに微笑みかけた。






「みんなー!」


遠くから叫ぶ声が聞こえた。

森の中のから走ってきたのは、カグリナだった。



シリルは溜息をつくと修行をやめて、カグリナを迎えた。

「カグリナ、おかえりなさい」



ナナーリカはやれやれと腕を振り、今度は自分の近くへ湯をこぼした。


ジオルドルがナナーリカからポットを取り上げ、彼はお茶の支度を始めた。



「シリル姉さん! また修行? 頑張るわね。あ、聞いてよ! この前話した闇の魔力の人、いたのよ!」


「ああ、あなたが助けた暗殺者っぽい人? 私たちの追っ手じゃないといいんだけど……」



シリルは眼鏡をつけると、カグリナの高揚した顔を見て少し笑った。


「気に入ったの? その人」


「そうなの! 魔力が優しい感じ! あと顔がいい!」


ナナーリカは部屋の中から大笑いした。

外にいたシリルとカグリナにもよくうるさく聞こえたほどだ。




「カグリナは魔力の色がわかるからな。そりゃ当たりだな」



「顔がいい方で笑っているのではないのか。まあいいんじゃないかな? とりあえず会ってみても」



ナナーリカとシリルは興奮気味のカグリナの様子を見て、まずは会ってみてからと判断した。


カグリナは喜び、小屋の窓際によると、ナナーリカは近づく。


「そうよ! 魔力が優しいの! 顔はついでよ」



ジオルドルがみんなのティーカップを持ってきて、そこからは女子会の始まりだった。




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