3-7. 砂漠の国影の英雄
昇格申請が揉み消され、帝国がサラムの功績を「自分たちの指導によるもの」と発表した翌日。
宿の一室で、怒りに震えるガレオンや静かに殺気を放つリオヴェンに対し、シリル(カイル)は地図を広げながら穏やかに言いました。
「皆さん、そう怒らないでください。帝国が『自分たちの成果だ』と言い張るのなら、彼らにはその維持責任も背負ってもらいましょう。……ただし、彼らが決して制御できない形で」
シリルが示したのは、街の心臓部であるカグリナの精錬炉とナナーリカの水源管理システムの設計変更案でした。
「ジオルドル、街の地下水路に、特定の魔力波長がないと自動的に閉塞する魔導弁を組み込んでください。ナナーリカ、その鍵(波長)は、我々ノヴァウィングのメンバーにしか再現できない複雑な術式に」
「お安い御用です、シリル。彼らが強引に水路を奪おうとすれば、砂漠の砂が逆流して、一瞬で水路を埋め尽くすように細工しましょう」
「それはいいですね。我々はそれを復活するとしても二度目。容易くできるが、帝国の人間にそれができるとは思えません」
ナナーリカが温厚な笑みのまま、恐ろしい防衛機構を構築した。シリルはそれを受け入れ二人で笑っていた。ナナーリカも、楽しそうに水晶を叩く。
「ふふふ。私が構築する暗号化魔導回路を解ける人間は、今の帝国には一人もいません。彼らが解析を試みた瞬間、回路は自己崩壊し、街全体の魔力供給を遮断します。彼らには『管理しているつもり』の置物を与えるだけ」
一方で、街の広場ではカグリナが、かつてないほど精力的に住民たちの前に姿を現していました。
「皆さん。帝国は、この街の成功は彼らの功績だと言っています。ですが、実際に皆さんの病を癒し、炉を灯し、水を引いたのは誰であったか……それを忘れないでください」
カグリナが浄化の炎を天に掲げると、住民たちから地鳴りのような歓声が上がりました。
「カグリナ様こそがサラムの光だ!」
「帝国なんて知るか! 俺たちが信じるのはノヴァウィングだけだ!」
シリルは、この民衆の支持を最強の武器に変えようとしていた。帝国がサラムを支配しようとしても、現場の職人や住民たちがノヴァウィングの指示がなければ動かないという非暴力的な抵抗を続ける体制を完成させら計画だった。
帝国からの使者が街に少しずつ増え始め、シリルたちはそれを受けれ入れつつも、民衆たちに根回しを続けていた。
そして帝国から送り込まれた駐留部隊や行政官たちは、日々、不可解な現象に悩まされることになった。
夜な夜な、行政官の部屋の影から「お前たちが奪ったものは、命で購うことになる」という囁きが聞こえ、彼らが街の金庫を開けようとすれば、中身はすべて闇の霧に包まれて消えてしまう。
リオヴェンによる、徹底した精神的嫌がらせと情報操作がスタートした。リオヴェンは帝国の使者たちの影に潜み、シリルたちへ現状を報告を続けた。
「シリル、帝国の役人たちは、ノイローゼ気味で帰国を嘆願し始めています。彼らにとって、この街は黄金の都ではなく、呪われた迷宮に見えているはずです」
シリルは、サラムの「公式な」権利は帝国に譲るふりをしながら、実質的な支配権、経済権、そして民衆の心を手中に収め続けた。
「これでサラムは、帝国にとって手放すには惜しいが、触れると火傷をする厄介な手柄になりました。彼らはこの街の利益を吸い上げるために、我々の存在を黙認せざるを得ない。……さあ、ここを我々の拠点としてさらなる物資と資金を、帝国の財布から間接的に引き出しましょう」
「ふふ、シリル。相変わらず性格が悪いですね」
カグリナの言葉に、シリルは満足げに眼鏡を上げました。
ノヴァウィングはサラムを去るどころか、この街を帝国の支配が及ばない、砂漠の中の不可侵領域へとリスタートさせていく。




