3-5. 帝国の使者
サラムが砂漠の真珠として輝き始めた頃、街の門に豪華絢爛な馬車と、重武装の騎士団が現れた。
掲げられた旗は、かつてシリルたちを追い出した帝国のもの。
「……来ましたね、シリル」
影の中からリオヴェンが報告する。
彼の声には、かつての飼い主への冷徹な怒りが混じっていた。
「団長は、帝国ギルド連合の幹部、バルトス。貴方を追放する際、最も汚い言葉を投げかけた男です」
事務員風の服装へ変装したシリルは、窓からその光景を眺め、冷たく口角を上げた。
「皮肉なものですね。私が国を売ったと罵った男が、今度は他国の富を盗みに来るとは」
ーー会談の場。
一方的に訪れた使者たちは、その日にうちに会談を求めた。そして街の代表と、噂のカグリナのご指名付きだった。
金糸で飾られた服に身を包んだバルトスは、サラムの代表であるシリルに対し、足を組みながら言い放つ。
「この街の復興ぶりは、帝国の耳にも届いている。未開の砂漠でこれほどの技術を用いるのは、文明の浪費だ。帝国はこの街を保護し、その高炉の技術と水源管理の魔導式を管理下に置くことを決定した」
バルトスは、傍らに控えるカグリナの美しさに目をぎらつかせました。
「特に、その火の聖母とやらは帝国で異端審問にかける必要がある。……まあ、我が屋敷で管理する分には、温情を見せてやらんでもないがな」
背後で、カグリナの周囲の温度がわずかに上昇した。
リオヴェンは影の中で、バルトスの喉元に闇の刃を突き立てる寸前まで殺気を研ぎ澄ませています。しかし、シリルは手で制止し、慇懃無礼に頭を下げた。
「帝国の保護……。それは心強い。ですが、我が街の設備は少々特殊でして。未開な者たちが扱うには、分不相応な負荷がかかる恐れがございます」
眉間に皺を寄せ、睨みを効かせたバルトスは大きく鼻を鳴らした。
「ふん、帝国の魔導師たちを誰だと思っている。明日、視察団を率いて高炉へ向かう。拒否は宣戦布告と見なすぞ」
バルトスはそう言い放ち、部屋を後にした。彼の従者や部下たちも一礼すらせずに出て行く。
「……リオヴェン、よく我慢しました」
シリルは大きくため息つく。
ガクリナは身震いし、両手から炎を出した。
「震えるわ、気持ち悪い。私を妾にでもするつもりなのかしら。寒い冗談ね」
リオヴェンは影の中から顔だけを出した。
「冗談ではないと思う。あの男は屋敷に愛人を囲っている。両手では足りないはずだ」
シリルもそれに同意していた。
「ええ。いい噂は聞かない男よ」
「嘘でしょ、最悪だわ」
カグリナは顔をぐしゃぐしゃにして怒っている。
リオヴェンはずっと殺気を醸し出していて、この場の空気は冷え切っている。
「全く困ったものね、早急に対処しないと」
「帝国が来る情報が今日まで掴めなかったのは何故かしら?」
ガクリナがリオヴェンに問いかけた。
「わからない。ここにだけ制限がかかっていたのか、この国の全てにおいて隠されていたのか…」
その時シリルの元にナナーリカが飛ばした白い鳥の形をした魔法の手紙が届いた。
「……なるほどね」
シリルは怪しげな笑みを浮かべた。
◇
翌日、バルトスは自慢の宮廷魔導師たちを引き連れ、カグリナの精錬炉へと足を踏み入れた。
「これが噂の高炉か。……おい、お前ら、この女の魔力をコピーしろ」
宮廷魔導師たちが一斉にカグリナを囲み、解析を開始した。カグリナはシリルからの指示の通り、あえて全力の魔力を炉に流し込む。
「ぐっ……! な、なんだこの熱量は!?」
「解析できません! 術式が高度すぎて……あ、熱が、熱が逆流してくる!」
バルトスたちの使っている古い魔導具が、カグリナの放つ精密かつ超高出力のエネルギーには耐えきれず、次々と暴走していく。ついには堪えきれず爆発し始めた。
さらに、ナナーリカが事前に仕掛けていた偽の魔導回路が作動する。
「あわわ、大変です! 知識のない方が無理に触れてしまったせいで、間違った処理をしたようです! 街の防衛システムがまた変えた処理をした人間を泥棒と判定してしまいます!」
ナナーリカがわざとらしく叫ぶと同時に、ジオルドルが土魔法を発動。バルトスたちの足元の地面がアリ地獄のように崩れ、彼らの豪華な衣装を砂まみれにしていく。
「き、貴様ら! 何をするのだ! 帝国への反逆か!」
「滅相もございません」
シリルが冷徹に告げました。
「我々の技術は貴方方の理解を超えているだけです。言ったでしょう? 間違えた処理をしたせいで起きているのですよ。全く困りましたね。問題なくできるというから連れてきたのに……」
最後にはやれやれと呆れた様子まで演技していた。
「なんだと! ええい何をしているお前たち!」
バルトスは怒りで顔を真っ赤にさせていた。
「無理です! できません」
「こんな砂では何も見えない!」
宮廷魔導士たちは壊れた自分たちの魔道具のかけらを集め、泣き始める。
「もう嫌だ! 帰ろう!」
「私たちの給料一年分もする魔道具なのに!」
「リオヴェン、彼らを『丁寧』に門の外へお送りしなさい」
リオヴェンの闇が、バルトスたちの影を拘束し、地面を引きずるようにして街の門まで強制排除していく。
「なんだこの影は! ええい! 邪魔だ!」
バルトスは腕を動かして引き離そうとするが、影は動くほどに縛りついていく。
「やめてください、もがくほどに防御装置が強くなりますよ」
シリルは見下すように綺麗な笑顔を浮かべていた。
「くそ! 帝国への反乱と見做すぞ! 覚悟しておけ!」
大声で叫びながら、バルトスは街の外へ連れ出されて行く。その後に続くように、泣いている宮廷魔導士たちや部下たちが運ばれていった。
門の前には、バルトスが引き連れてきた騎士団が待機していたが、彼らもまた、ゲイルが巻き起こした局所的な真空の壁によって、一歩も街に近づけずに立ち尽くしていた。
砂まみれで放り出されたバルトスは、門の上から見下ろす一行に叫びました。
「覚えていろ! 帝国が本気になれば、こんな街など……!」
「バルトス殿」
シリルは変装した姿のまま、かつて自分が追放された時に彼が言った言葉を、そのまま返しました。
「『能無しの居場所はない、この国を去れ』……砂漠の砂を噛んで、国へお帰りください」
バルトスは、その言葉の響きに一瞬、かつて自分が追い出した「シリル」の影を感じ、恐怖で顔を青ざめていた。
視察団を追い払った夜、ガクリナ、リオヴェン、シリル、ナナーリカ、ジオルドルが集まり、サラムの夜景を眺めていた。
「これで帝国も、力ずくでは奪えないと悟ったでしょう」
シリルが眼鏡を上げて話した。
「ですが、彼らは必ず次の一手を打ってくる。……ナナーリカ、そろそろ『あそこ』へ向かう時が来たようです」
ナナーリカは、ジオルドルにローブの汚れを払ってもらいながら、真剣な表情で頷きました。
「ええ。この街で証明された我々の力、技術。これを実行する」
カグリナは、リオヴェンが差し出した冷たい飲み物を受け取り、微笑みんだ。
「腐敗した世界を変える翼。……次はいよいよ、私たちの本当の飛び立ちよ」
その時空から竜巻が降りてきて、一行のいる近くに降りてきた。
その中にいたのは、ゲイル、ガレオン、ブリルだった。
「戻ったぞ!」
一際大きな声でガレオンが言った。
「いや、もう死ぬかと思ったよ……」
ゲイルは顔面蒼白、今にも倒れそうなほどふらふらしている。
「ゲイル兄ちゃんのお薬もうなくなっちゃったの! ナナーリカお姉ちゃんもっとちょうだい!」
ブリルがナナーリカに駆け寄り、不安そうな顔をしている。
「おやおや。渡しておいたポーションは使い切ったのか。それはご苦労様。とりあえず飲みすぎだから、あとは治癒の魔法でなんとかするしかないね」
ナナーリカはガクリナを手招きして呼ぶと、二人で治癒の魔法をゲイルにかけた。
「どうだった?」
シリルがガレオンに問いかけた。
「バッチリだ! 全部写っていたからな。これでしばらくは大人しくしているだろう」
ガレオンはシリルに握った拳を差し出した。
シリルは一息ついてから、彼に応えた。
「よかったわ」
シリルの握った拳をガレオンの拳が受け止めた。




