3-1. 新しい国の試練
砂漠の国「アルハザード」。
そこは黄金の砂海と死んだオアシスのある国。
砂と森の混じる国境を抜け、見渡す限りの金色の砂丘を越え、一行はアルハザードの王都に辿り着いた。
照りつける太陽、乾燥した風。ユースティスまでの豊かな緑とは正反対の過酷な環境だが、実力至上主義のこの国では、出自よりも何ができるかが重視される。
王都を牛耳るギルド「太陽の瞳」の重厚な石造りのカウンター。
「こんにちは、ギルドははじめてですか?」
可愛らしい女性が受付をしてくれる。
「ええ、隣の国から仕事を探しにきたのです。一応向こうでのギルドカードを提出します」
変装したシリルは、ユースティスで発行された冒険者ギルドカードを静かに差し出した。
ほかのメンバーも一緒にカードを出した。
そこにはパーティ名に「ノヴァウィング」と書いてある。そこに引っかかった女性はテーブルの資料を確認し始めた。
顔色ひとつ変えないシリルの隣でガレオンが青ざめて挙動のおかしい男になっていた。
受付にいた女性が慌ててニ階に上がると、がっしりとした大柄な男性を連れてきた。
「……これほど短期間で昇格した記録。そして、この顔ぶれ……」
筋骨隆々、生い茂った顔まわりの髭を撫でるギルドマスターは、一行を値踏みするように見つめた。特に、侍女風ながら不敵な笑みを浮かべるカグリナと、影のように気配を消しているリオヴェンに目を留める。
二人は一番姿を変えていなかったので、指名手配を知っている者からすれば一目瞭然だった。
「他国での過去などどうでもいい。だが、この国でそのランクに見合う待遇が欲しければ、相応の働きを見せてもらう。……現在、北の国境付近にある忘却の都市サラムが砂に飲み込まれようとしている。水源が枯れ、魔物も住み着いた。そこを三ヶ月で立て直してみせろ。それができれば、お前たちの身分と権利をこの国が完全に保証しよう」
シリルは眼鏡を押し上げ、不敵に微笑んだ。
「三ヶ月? ……十分ですね。やれますよ、我々なら」
ざわつくギルド内で、一行はそこまで慌てることもなく手続きを終えるとすぐに出発した。
「本当に実力があるのならいいんだがな……」
ギルドマスターは警戒した面持ちのまま小さくつぶやいた。
◇
忘却の都市サラムは、かつて繁栄した面影もない、砂に埋もれた廃墟だった。故に忘却の都市と呼ばれていた。
依頼を受けてから到着まで一週間が経とうとしていた。作業時間は二ヶ月ほどしか取れないだろう。帰還する一週間を考えると、
到着早々、シリルは街の探索に出る。慌てて他の者も調査に出ていき、あっという間に調べ尽くす。
わかったのは何もないということだった。
「人が住む場所ではないな」
ガレオンが言った。
シリルは頷いて応える。
「ええ。建物はほぼ壊れている。水も噴水もだめね。ざっと見た感じ十年くらい放置されている気がするけど、ここは風が強いから風化が激しいのかも。ナナーリカどう思う?」
「そうだな、虫も彷徨いているし、風は強い。半分の五年くらいだろね。人がいなくなってからは」
「私たちの拠点になりそうなところも、ここしかないよ?」
カグリナが言った。
皆が集まっているのはおそらく街の中心、またはこの街のギルドか、もしくは拠点の何かだった一番大きな建物だ。この建物は唯一屋根が残っていて、壁の穴も少ない。
「まずはここをなんとかして、我々が生き残らないとだね」
シリルは素早く指示を出した。
チームは三つ。
ゲイルとナナーリカ、ジオルドルの班は水の確保。
シリルはカグリナ、リオヴェンと共に拠点の整備。
ガレオンはブリルを連れて虫退治。
「しばらくは持ち込んだ食材でなんとかなるが、それ以降の食材もなんとかしないとだ」
こうして街の復旧作業はスタートした。
◇
ナナーリカはふらふらと歩き出し、そのまま砂に足を取られて転んだ。
「あわわ……ジオルドル、砂が口に入りました。砂漠の歩き方は私の知識ベースにあっても体はいうことがききません」
「……そうか」
ジオルドルが杖を突くと、砂が魔法のように固まり、歩きやすい「道」が形成される。
ナナーリカは起き上がると、即座に知性のスイッチを切り替えた。彼女は足元の地面に手を当て、地脈の流れを読み取る。
「ジオルドル。この下に、古代の地下水路が眠っています。ただし、一部が砂で閉塞し、水が逆流して破損している。……私の高圧氷結魔法で閉塞部を砕き、同時にジオルドルが土魔法で水路を再構築してください」
ジオルドルは頷いた。
「……ゲイル、風で砂を飛ばし、掘削を助けていただけますか?」
「任せてください、ナナーリカさん!」
ゲイルの旋風が砂を舞い上げ、ジオルドルの土操作が地盤を固め、ナナーリカの精密な魔力が地下の氷を操る。
数分後、廃墟の広場にあった枯れ井戸から、信じられないほどの清冽な水が噴き出した。
「わーい! お水だ! 噴水だー!」
ブリルが狂喜乱舞し、カグリナはその水を見て静かに微笑んだ。
「これで、この街に『命の火』を灯す準備が整いましたね」
夜、サラムの街は静まり返っていた。だが、リオヴェンの瞳は、砂漠の闇に潜む無数の赤い目――砂漠蠍の群れを捉えていた。
(カグリナの眠りを妨げるものは、一匹たりとも通さない)
リオヴェンは闇に溶け込み、音もなく砂の上を滑るように動く。
彼は魔物たちを消すのではなく、闇の結界を使って魔物たちの感知能力を狂わせ、街の周囲に迷いの森ならぬ迷いの砂漠を作り出した。そこで一箇所に集められ、活用される時を待つのだ。
「リオヴェン、無理はしないでね」
背後から、松明を持ったカグリナが現れた。
「…カグリナ。起きてたか」
「あなたの闇の魔力が、少しだけ寂しそうな匂いをさせたので。……冷える夜です。少し、私の火にあたりませんか」
カグリナは、リオヴェンの隣に座り、小さな、しかし暖かい火を手の平に灯した。
リオヴェンは一瞬、彼女の手を取りたい衝動に駆られたが、すぐに拳を握りしめて抑えた。
「……俺は影だ、夜の俺の魔力は影が濃くなりすぎて、貴方を怖がらせるかもしれないぞ」
「それでもいいですよ」
カグリナは静かに言った。
「あなたが濃い影でいてくれるから、私は安心して火を灯して光っていられるのです」
リオヴェンの心臓が、砂漠の熱風よりも熱く脈打つ。
「火には影はつきものでしょ? リオヴェンの影なら安心だわ」
(やはり、この人には敵わない……)
「そうか。なんだか暖かいよ」
リオヴェンは照れくさそうに話すと、二人は少しだけだが夜の会話を楽しんだ。




