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【短編】ミステリ短編シリーズ

一時間のミステイク

作者: 烏川 ハル

   

「行ってくるよ、エミ」

 いつものように私は、妻に声をかけてから仕事に出かける。

 しかし昨日までとは異なり、返事はなかった。

 それもそのはず、妻は既に死んでいる。ほんの数分前に、私が殺したばかりだった。


 強盗殺人に見せかけるため、金品物色の形跡は作ってある。

 それに加えて、玄関の防犯カメラにも細工済み。人の出入りを感知して記録するタイプだが、用意した偽の映像を、そこに紛れ込ませておいたのだ。

 ハンチング帽を目深に被り、さらに大きめのサングラスと、顎から鼻までを覆い隠すマスク。全身黒ずくめの怪しげな男が、うちに入ってくる場面の映像だった。


 この強盗犯は私自身が扮したものだが、顔は隠れているから問題ない。それよりも重要なポイントは、映り込んでいる置き時計の針が、ちょうど九時を示していること。

 これが防犯カメラの今朝の記録に残っていれば、午前九時に強盗が来たという状況証拠には十分だろう。


 今日は来客の予定もないので、私が帰宅するまで妻の死体は見つからないはず。「帰ったら妻が殺されていた!」という(てい)で、私が通報する予定だ。

 あえて昨日は会社の仕事を軽めにしてあり、今日の仕事がその分たくさん残っていた。だから今日は夕方帰宅できず、残業してから帰る形になり、死体発見はかなり遅くなる。

 それからようやく警察の捜査が始まるのだから、死亡推定時刻の精度も低くなるはずで、殺されたのが今朝なのは判明するとしても、正確な時刻まで特定できるわけがない。実際の殺害時刻は午前八時過ぎだが、状況証拠が「午前九時に強盗が入った」と示していれば、警察は「事件が起こったのはその時間帯」と判断するに違いない。


 毎日のルーティン通り、今朝も私が家を出たのは八時半頃。職場までは車で約十五分だから、午前九時の十五分前くらいに到着する。

 ちょうど九時には、私の仕事している姿が会社の同僚たちに目撃されるので……。

 彼らが私のアリバイを保証してくれるだろう!


 今日これからの段取りを、頭の中で改めて反芻しながら、慎重に車を運転する。もしも途中で事故を起こしたり、他人のトラブルに巻き込まれたりして、九時までに職場に着かなかったら大変だ。会社の同僚たちが証言してくれるはずの、私のアリバイが崩れてしまう。

 とにかく「午前九時に私が家に居られるはずがない」という状況が必要なのだ。たとえ警察が「被害者の夫は、家を出た(あと)まっすぐ会社には向かわず、強盗に変装して一旦(いったん)家に戻り犯行に及んだのでは?」と疑ったとしても、その強盗が来た時間に私が会社にいるならば、その可能性は否定されるわけで……。


 いや、別に会社でなくても構わないのか。ちょうど九時のタイミングに私が、例えば事故の相手だったり事故現場に来た警察だったりの対応中だったら、それはそれでアリバイになりそうだ。

 一瞬そんな考えも思い浮かぶけれど、すぐに頭から振り払う。

 やはり想定外の事態が発生するのは良くない。そもそも事故に巻き込まれたとしたら、家にも連絡が入るだろうし、その時点で妻の死が露見するかもしれない。死体発見が早ければ、正確な死亡推定時刻が割り出されて、アリバイ工作が失敗するではないか!


 ついつい色々考えてしまうが、それでも努めて平静を保ちながら、私は職場へと車を走らせて……。

   

――――――――――――

   

 会社の駐車場に車を停めて、自分の部署がある建物まで歩く。

 左手の腕時計を確認すれば、八時四十七分。ほんの少しだけ、いつもより遅いかもしれないが、これくらいならば問題ない程度だ。

 それよりも気になるのは、今朝は駐車場が混んでいること。今日に限って、みんな普段より早めに出勤しているのだろうか?


 三階まで階段で上がり、部屋に足を踏み入れた途端、同僚たちの視線が私に向けられる。

 会社全体だけでなく、私の部署も今朝は活気に溢れていた。いつもは九時ギリギリにならないと来ない連中まで、既に仕事を始めている。

 そんな同僚たちの一人が、微笑みながら話しかけてきた。

「フレディ課長、珍しいですね。課長が遅刻するなんて」


「えっ?」

 小さく叫ぶと同時に、反射的に腕時計を確認する。私の時計では、まだ九時前なのだが……。

 顔を上げて、続いて職場の壁掛け時計を見れば、そろそろ十時。私の時計とは、ちょうど一時間の違いがあった。

 そんな私の素振りを見て、(ほか)の同僚たちも表情を崩す。

「課長のそれ、旧式のアナログ時計ですよね。自分で変えないといけないタイプでしょう?」

「もしかして課長、忘れてたんですか? まあ独り者ならばミスすることもあるけど、でも妻帯者の課長が間違えるなんてね」

「奥さん、注意してくれなかったのかな? 今日からサマータイムですよ」


「あっ!」

 ハッとして、今度は大きな声で叫んでしまう。

 そうだ、サマータイムだ。

 日の出から日の入りまでが長い時期は、昼間長々と活動しやすいよう、時計を一時間早めておく。昼間の活動に都合が良いだけでなく、夕方もまだ明るいから、仕事が終わった後の時間も有意義に使える……。

 この国には、そんな制度があるのだった。そして今日が、その「サマータイム」の開始日だった!


「そういえば、フレデイ課長って、去年の今頃は海外でしたっけ?」

「そうそう、課長の奥さんが生まれた国。そちらに数年間、赴任していたんですよね?」

「あらまあ、真っ青な顔! 大袈裟ですよ、課長。一時間の遅刻くらい、どうってことないのに……」


 同僚の声が遠くなる。

 自分で自分の顔色は見えないが、顔面蒼白なのも当然だろう。それほどの大事(おおごと)だった。

 会社に来たのが十時近くならば、今朝の私は、九時半頃まで家に居たことになり……。




(「一時間のミステイク」完)

   

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