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 その日も私は兄たちと一緒にリビングにいた。明日の授業の予習はまだだけど、夕飯を食べ終わった後、二人と一緒にのんびりと時間を過ごしたかったのだ。


「あ、お母さんから連絡きてた。なになに? 旅行?」


 皿洗いを終えて、私はリビングのテーブルに置いてあったスマホを手に取る。すると離れて暮らす母から連絡が来ていた。


希沙きさ、どした?」

「母さん旅行行くの?」


 スマホを操作する私を見て、双子の兄たちが言う。二人はTシャツにジャージという普段着でソファーに座っていたけど、そんな適当な格好でも我が兄ながら格好良かった。

 金髪の方は絲郎しろう――シロ兄で、いつも明るく楽しい陽キャだ。そして黒髪の方は篭史ろうし――ロウ兄で、口数の少ないローテンション気だるい系という正反対の性格をしている。

 ただ二人とも体格や顔立ちは双子だけあってよく似ていた。チビの私と違って身長も平均以上あるし、目を引く美形なのでモテてるみたい。


「今週末お父さんと旅行だからこっち帰ってこないって」

「へー、いいじゃん。相変わらず仲良いねー」


 私の言葉にシロ兄がにこにこと笑って返す。

 うちの両親は単身赴任の父に母がついて行っていて、この家には基本いない。転勤族で私も中学までは数年ごとに転校してて嫌だったから、高校からは今の家に残っている。兄たちもいるし、両親もしょっちゅう様子を見に帰ってきてくれるからそんなに寂しくないしね。

 私はスマホをテーブルに雑に置き、ソファーに座っている兄二人の間に腰を下ろして言う。


「でも私も行きたかったなー! 温泉だって! ずるい」


 両親は最近は子供の手が離れたとばかりに夫婦水入らずで出かけることが多くなった。手が離れたといっても、まだ全員高校生だというのに。


「あ、お土産買ってきてって言っておかなくちゃ!」

「言わなくても買ってくるだろ。旅行中の自分たちの写真も勝手に送ってくるし、俺らの写真も送ってって言ってくるじゃん、いつも」

「可愛い子どもたちに会えなくて寂しいからってな! ならこっちに帰ってきたらいいのに旅行も行きたいっていう中年夫婦のワガママ」


 ロウ兄が低いテンションで言い、シロ兄が明るく付け加える。確かにお土産は言わなくても山ほど買ってきてくれるかと、私はスマホに伸ばした手を引っ込めた。

 そして今日一日の疲れを「あー」と吐き出しながらロウ兄の方に倒れ込む。


「今日、体育が持久走だったんだよー。疲れた」


 ロウ兄の脚に頭を乗せて甘えると、足の方からシロ兄が嘆く。


「何で希沙はいっつもロウの方に甘えんのー? お兄ちゃん悲しいんだけど」

「だってシロ兄うるさいから」

「ひど」


 シロ兄の膝枕で寝ようとしてもずっと喋りかけてくるからね。

 そして私は自分でもわがままだなと思いながらシロ兄にこう頼む。


「シロ兄、お願い。アイス取ってきてー」

「姫過ぎるだろ」


 文句を言いながらも優しいシロ兄はアイスを取ってきてくれた。棒付きアイスなので寝ながら食べられる。


「お前アイス食ってないで先風呂行け」

「やだ、ロウ兄が先行って」

「めんどい」


 二人でお風呂を押し付け合っていると、拗ねたシロ兄が「二人で仲良くしないで!」と女っぽい口調で言いながらこっちにダイブしてきた。


「ぐぇ、あ、危ない、アイスが!」


 何とかアイスを死守して食べ続ける私と、軽くキレながら「重い」とシロ兄を睨むロウ兄。

 シロ兄はロウ兄と私を下敷きにして寝そべりながら、スマホを見せつつ言う。


「週末さー、これ観ない? 『三人の食卓』。ちょっと昔のドラマだけど、子供のいない夫婦が養子を取るやつ」

「えー、あまり面白くなさそうだけど……」


 私は興味なさげに返事をした。休みの日に兄たちと配信の映画やドラマを観るのはよくあることだけど、私と二人とでは好みが違うのだ。

 高校生男子なんて普通はアクションの激しいやつとかエンタメ特化の刺激的な話を観たがると思うんだけど、兄たちは意外にも〝日常系〟とか〝家族愛〟とかをテーマにした現実的なものが好きみたい。最近は恋愛ものも観てるけど、それもドラマチックなやつじゃなく現実にありそうなもの。

 そういう中にも感動する作品はあるけど、私にはまだ良さが分からなくてつまらないことが多かった。


「私、『うらみ』が観たい! 話題になった和製ホラー! 最近配信開始されたらしいよ」

「ホラーは興味ないんだよなー」

「どれも面白くないしな」


 シロ兄とロウ兄が順番に言う。


「えー、なんでよー! この前観たのもすごく怖かったし、キャーキャー叫びながら観るのが面白いじゃん」

「叫んでるの毎回希沙ちゃんだけねー」


 鼻で笑いながら言って、シロ兄は体を起こす。

 確かに兄たちはどんなに怖い映画を観ても、それこそ日常系ほのぼのドラマでも観ているかのように平気な顔をしている。

 

「なんで兄妹でこんなに違うかな」


 私はぽつりと呟いた。

 アイスを舐め、ロウ兄の脚に頭を乗せたまま天井を見上げて考える。


「……」


 そういえば私たち、顔も全然似てないな。

 自分と兄たちの顔を頭に思い浮かべて検証する。


(いやほんとに似てない)


 私は特に美形ではないし、普通の容姿だ。どちらかというとお母さん似だけど、口元とかはお父さんに似てるかも。

 でも兄たちは突然変異で生まれたみたいに美しい容姿をしてる。どうしてあんな良い意味で平凡なほのぼの夫婦からこんな二人が生まれたんだろ。


 食べ物の好みとかも両親と私は似ているけど兄たちは違う。

 そう考えると兄妹の中で似てないのが私だけっていうより、家族の中で似てないのが兄たち二人なのかも。


 というか、今までどうして私はそのことを気にしなかったんだろう。特に容姿のことなんて、こんな美形の兄たちと育ったら嫌でも周りから比べられて私も卑屈になっていそうなのに、今この時まで気にしたことがなかった。

 似ていないなんて思ったこともなかったのだ。


(何か変だなぁ)


 どうして考えなかったんだろう、とさらに深く掘り下げようとしたところでロウ兄に声をかけられた。


「おい、アイス。服に落ちてる」

「え? あ、ほんとだ!」


 やだもー、と起き上がって溶けかけのアイスを急いで食べているうちに、私は自分が何を気にしていたのか忘れてしまったのだった。




 次の日、私が感じる違和感は大きくなっていた。

 朝が弱い兄たちを順番に起こしに行くのが私のいつもの役目だけど、今日はベッドで寝ている兄たちの姿を見ると奇妙な感覚に陥った。

 シロ兄とロウ兄は、どうして私のうちにいるの? 


「……ん? 希沙か、おはよ。何ぼーっと突っ立ってんの?」


 ベッドの横で戸惑った顔をしている私を見て、目を覚ましたシロ兄が言う。


「何でもない、おはよ」


 同じようにロウ兄の部屋に行って起こして、それからリビングに行って熱を測る。インフルとかにかかって高熱が出てて、それで私はちょっとおかしくなってるのかもしれないと思ったのだ。

 けれど結果は平熱で、でも少し寒気はあるからもしかしたらこれから熱が上がってくるのかも。


「どうした? 熱?」

「ううん、大丈夫」


 寝起きのロウ兄はちょっと髪が乱れていつにも増して気だるそうで、その雰囲気が魅力的でもあるのに、今日はやっぱり格好良さより違和感が勝ってしまう。

 シロ兄も二階から降りてきて、リビングに兄二人がいる光景が少し……怖い。

 だって家の中に知らない人がいたら怖いじゃん。


(知らない人……?)


 いや知らなくない。兄だよ。二人は私のお兄ちゃん……。

 頭の中で一人で言い合う。

 混乱しながらとりあえず朝の支度を進める。食欲がないからヨーグルトだけでいいやと冷蔵庫を開けた。


(そういえばお兄ちゃんたちは朝ごはん食べないんだよね)


 朝食べないくらいなら普通だけど、二人は昼ご飯も基本的に食べない。高校にもお弁当は持っていかないけど、それも今まで変には思わなかった。お兄ちゃんたちのクラスメイトも多分普通に受け入れている。

 何か変だ。


(夜ご飯もお肉とか卵くらいしか食べないし)


 野菜やご飯、パンはほとんど食べない。すごい偏食だっていうことにも今初めて気づく。


「希沙ー?」


 少し様子のおかしい私を気にして、シロ兄が後ろから抱きついて顔を覗き込んでくる。シロ兄はスキンシップが多いから、こうやって抱きつかれるのも別に慣れっこだ。

 なのに今日の私は何故か鳥肌を立ててしまった。長袖を着てるからシロ兄には分からないと思うけど、気づかれたらショックを受けるかもしれない。


「体調悪い? 大丈夫?」

「学校休んだら? 希沙が休むなら俺らも休むし」


 ロウ兄も心配してそう言ってくれた。二人とも優しいけど、私はやっぱり不自然さを感じて首を横に振る。


「大丈夫だよ。学校は行く」


 だって普通、妹が体調悪そうだからって兄二人も学校休むかな? 私は小さい子供でもないし、何かあればスマホで連絡も取れるのに。

 過保護、なのかな……? でも私は今は二人と一緒にいたくないから学校に行きたかった。親もいないこの家で三人きりなんて、昨日までは普通だったその状況が怖い。


 そうして学校に行き、夕方になって家に戻った。二人は私の体調を心配して一緒に下校してくれて、それは優しいと思うのに、一歩家に入るとまた違和感を感じる。

 この家に、この二人がいるのはおかしい。


(この家は私と両親の家で……)


 どうしてこんなふうに考えてしまうのか。兄たちも家族なのにこんな意地悪な考え。

 私が靴を履いたまま玄関で止まっていると、シロ兄が後ろから声をかけてきた。


「おーい、どした? あ、そういえば今日も寝る前、一緒にゲームやる? 俺の部屋おいで」

「……ううん、今日はやめておく。眠くて」


 控えめに拒否すると、シロ兄はちょっと目をすがめて「ふーん」と返す。そして何事もなかったかのようにロウ兄に話しかけながら二階に上がっていった。

 私はいつもなら制服を着替えた後リビングに行くけれど、今日はしばらく自室にこもって、日が暮れた後にキッチンに向かった。

 さすがにお腹が空いたし、兄たちが食べる分のお肉も焼かなきゃいけない。


(お兄ちゃんたち、家事も苦手なんだよね)


 全くしないわけではないけど、掃除は雑だったり料理は下手だったりして任せられない。前に鶏肉を生焼けで食べようとしてた時もあるのだ。

 一階に降りるとリビングには兄たちがいて、ソファーでごろごろしながらスマホを見ていた。こう見ると別に普通の男子高校生だ――って昨日までは思ってたけど、今日は二人の美形具合さえ何だか怖く感じる。

 よく見ると人間味がないというか、作り物みたいに完璧過ぎるのだ。その美しさに鳥肌が立つ。


「希沙? 寝てたのか?」

「体調大丈夫ー?」


 リビングの入口で動けなくなっていた私に兄たちが言う。私は「う、うん」と答えてダイニングの照明をつけようとし、間違えてリビングの照明のスイッチを触ってしまった。

 すでにリビングの照明はついていたので、私がスイッチを押したことによって部屋は暗くなる。太陽はもう沈んだ後だけど、西の空に夕焼けの赤さが僅かに残っていて、カーテンが開いたままの窓からその不気味な光が入り、リビングを黒に血を混ぜたような闇に染めている。


「おーい、消すなよ」

「あ、ごめ……」


 シロ兄の声を聞いて反射的にそちらを見て、私は静かに息を呑む。

 兄たちは二人とも起き上がり、ソファーの背もたれ越しにこちらに顔を向けていた。その目がギラリと光って見えたのだ。

 いや、実際、暗闇の中で妖しく光っている。シロ兄は右が黄色、左が紫で、ロウ兄はその逆――右が紫、左が黄色になっていた。


(おかしい……。二人ともごく普通の焦げ茶色の目だったはずなのに)


 私は凍りついたように固まって兄たちを凝視した。恐怖はあったけど、不可解な〝何か〟の正体を見極めようと本能的に目を凝らす。

 そしてその結果、


(蛇みたい……)


 二人の目がまるで蛇みたいだと思った。蛇の目なんてはっきり見たことないけど、眼光の鋭さからなのかそんな印象を受けた。それに異様な色の瞳の中心で、縦長の細い瞳孔も確認できる。


(どういうこと?)


 ゾッとして呼吸が浅くなる。誰かに首を絞められているみたいに息苦しい。あんなの人間の目じゃない。

 怯えてじりじりと後ろに下がったところで、今度は二人の背後に幻影が見えた。

 大蛇が二頭で絡み合いながら鎌首をもたげてこちらをじっと見ている――そういう光景が一瞬見えた気がしたのだ。


「……っ」


 その幻影に思わず悲鳴が出そうになったけれど、慌てて自分の口を押さえて耐えた。


「どーしたー?」


 シロ兄が立ち上がってこちらに来る。表情はいつもみたいに軽く笑っているけれど、弧を描く目が今は恐ろしい。

 ロウ兄もいつの間にか立っていて、奇妙な瞳で私をじっと見ていた。


「あ、あの」


 さらに一歩後ろに下がったところで、突然リビングの明かりがつく。スイッチの方を見ればシロ兄の長い指がそこに乗っていた。二人の目は焦げ茶色に戻っている。


「希沙、今日ずっと様子が変だね」

「う、うん。やっぱり体調悪いのかも。ごめんだけど私先に寝てるね。夕食は二人で食べて」


 部屋が明るくなっても緊張は消えず、私は足早に自室に戻り、朝まで引きこもったのだった。




 一晩経てばきっと全てが元通りになってる。おかしかったのは私の頭で、やっぱり体調が悪かったから変な幻影を見たりした。そうに決まってる。

 目を開ける前そんなふうに自分に言い聞かせてから起き上がったけど、状況は昨日より悪化していた。


 違和感は確信に変わり、起きた瞬間から鳥肌が止まらない。私の頭はおかしくなったわけじゃなく徐々に正気に戻っていたのだと気づく。


「はよー」


 珍しく自分で起きてきたシロ兄と洗面所で出くわしてしまい、タオルで顔を拭いていた手が震えてしまう。


「体調良くなった?」


 後ろからぎゅっと抱きつかれて、それはシロ兄がよくやるスキンシップだったはずなのに、今は蛇に巻きつかれているように感じてしまって恐怖で心が波立つ。


「お前ら邪魔」


 ロウ兄も起きてきて私たちに声をかけた後、シロ兄に抱きつかれたまま固まって動かない私を注視してぽつりと言う。


「……何か変だな」


 それに私はビクリと肩を揺らすと、取り繕ってこう返す。


「な、何が? それより私来週テストあるから、この土日は勉強しなきゃ!」


 分からないけど、私が正気に戻っていることがバレるとやばい気がする。その直感に従って演技をした。

 実際にテストは来週あるので、それを利用して今日と明日は部屋にこもることにする。あの二人と一緒にいると鳥肌が止まらない。


 部屋に戻ると私はまず母に連絡をした。今日から旅行に行っているはずだから、移動中なのか電話には出なかったけど、『私にお兄ちゃんなんていないよね?』というLINEにはしばらくして返事がきた。


『何言ってるの。絲郎と篭史は正真正銘あなたのお兄ちゃんよ。みーんな私が産んだんだもの。急に変なこと言って、さてはあなたたち喧嘩でもしたんでしょう? 珍しいわね』


 面白がっているような笑顔のスタンプもついてきて、母は完全にあの二人を自分の子だと思い込んでいた。きっと父も同じだろう。親は当てにならない。

 私はそっと部屋を出ると、二人に見つからないように両親の寝室に入ってクローゼットを漁った。確かここに私の子供の頃のアルバムを置いていたはず。


「あった」


 不安な気持ちでアルバムをめくると、そこにはやはり私一人しか映っていなかった。あの二人のアルバムは別に存在しているということもない。

 赤ちゃんの私、幼稚園児の私は一人で映っているか、友達、親類、両親と一緒にいる。二冊目のアルバムも同じ。

 だけど三冊目になって初めてあの二人が写真に写っていた。私が中学卒業した記念に、春休みに近場に家族旅行をした時の写真、そして高校に入学した時の写真だ。そこからあの二人もうちの家族に紛れ込んでいる。


(確かに私の記憶でも、一年前くらいからあの人たちが家にいた気がする)


 私が中3の途中からいつの間にかあの二人はいて、受験の時も応援してくれた。今の高校に行くって決めた時には兄たちと一緒の学校に行くって意識はなかったけど、今は二人は当たり前のように同じ高校の二年生になっている。


(目的は何……?)


 私たち家族はあの二人に呪われているの? 取り憑かれている状態なの? 不幸にするために来たのか、食べるために側にいるのか。

 たとえそういう悪い理由がなくても、あの二人と一緒にはいたくないと思う。

 ――だって昨日見たあの目。単に色がおかしいっていうだけじゃない。得体の知れないものの目、人間の皮を被った〝何か〟の目だった。

 人間同士でも常識のない頭のおかしい人と目が合った時には「こいつヤバい」って分かったりするのかもしれないけど、まさにそういう感じだ。

 分かり合えない、根本から違っている、同じ生き物じゃない。あの二人の本当の目を見た瞬間にそう感じた。

 仲良くなろうとしてはいけない、離れなくちゃいけないと私の本能が言っているのだ。


 結局その日は勉強になんて身が入らず、スマホで蛇の妖怪とか怪異を調べて終わった。でもあの二人にぴったり当てはまるような存在はなくて、正体は分からないまま。


 朝も昼もほとんどご飯を食べていないせいか、夜になると少しふらついてきた。食欲は相変わらずないけど何か食べなくてはと、あの二人がいない時を見計らってキッチンに向かう。

 料理をしている音を聞いて二階から降りてきそうだと思ったけど、そんなこともなく私は無事にご飯を食べて皿洗いも終わった。


(ちょっと変だな)


 シロ兄は隙あらば私にちょっかいかけてくるし、ロウ兄も何気にいつも私やシロ兄の側にいる。自室にこもるってことはあまりしない二人なのに、今日は随分静かだ。

 二人と会いたくない私からすれば有り難くはあるけど、少しそわそわする。寝ていたり勉強に集中しているだけならいいけど。


(でもどうせなら今のうちにお風呂も入っちゃおう)


 二人が静かなうちに寝る準備を済ませてしまおうと、私は自室にあるパジャマを取りに階段へ向かう。リビングの灯りが漏れていたので、階段は薄暗かったけど照明をつけなくても上れそうだった。


 けれど一段目に足をかけたところでふと上を見て、真っ暗な二階の廊下にロウ兄が立っているのに気づいて「ひっ」と短く悲鳴を上げる。

 暗くて表情はよく見えないけど、まばたきもせず見開かれた目だけが紫と黄色に妖しく光っていて、真っ直ぐこちらを見下ろしていた。瞳孔はまた鋭い剣のように縦長になっている。


「な、ろ、ロウ兄……?」


 動揺しながら声をかけたその瞬間、後ろからポンと肩を叩かれ私は今度こそ大きな悲鳴を上げた。

 その叫び声は闇に吸い込まれて思ったほど響かず、後ろを振り向くと同時に私は腰を抜かして階段にへたり込む。


「……ッは、はっ、」

「なーんでそんな怖がんのー?」


 過呼吸気味に短く息を吐く私を見下ろして、ロウ兄と同じように瞳を光らせたシロ兄がそこにいた。三日月みたいに目を細めて笑って、白い牙を見せてこっちを見ている。


(牙なんて……あったっけ?)


 それにいつの間に一階に下りてきてたの? 全然気づかなかった。

 トン、トン、と音を立てながら後ろからロウ兄もゆっくり階段を降りてくる。


「あ、あの……」


 二人に対する恐怖を隠すことができず、私は声を震わせたまま何とか言葉を発しようとした。


「何?」


 ロウ兄が尋ねながら背後から私を立たせ、シロ兄がよくやるみたいに腕を回して抱きしめてくる。でも今はやっぱり羽交い締めにされているような、獲物が逃げないように締め上げられているような感覚に陥った。

 

「どうした?」


 すぐ側でロウ兄の低い声が耳に響いて卒倒しそうになる。目も声も存在も、何もかもが恐ろしい。


「う、う……」


 私はロウ兄の方を見ることもできず、真正面に立っているシロ兄から視線をそらすこともできずに、恐怖のあまり嗚咽しそうになっていた。

 そんな私を見てシロ兄は段々と笑顔を消していくと、真顔になって片手で私の顎を掴み、言う。


「――お前、催眠解けてんな?」


 それはロウ兄そっくりの低い声だった。シロ兄のいつもの明るく弾んだ声とは違う。顔だって笑顔がなくなってちょっと不機嫌な、面倒くさそうな表情をしていて、こうやって見ると二人は本当に似ている双子なのだと思う。


「ちが……」


 私は否定しようとしたけどシロ兄は聞いておらず、代わりにロウ兄に向かってこう尋ねた。


「まだ前回かけてからそんなに時間経ってないのに何で解けた?」

「さぁ」


 ロウ兄は答えながら、目を見開いたまま後ろからこちらを覗き込んでくる。逃げたくても怖くて足に力が入らないし、抱きしめてくるロウ兄の腕の力が強過ぎる。

 シロ兄はロウ兄そっくりの顔をして今度は私に質問した。


「お前何か、お祓いとかそういうのやった?」

「……お、お祓い? やってない、そ、そんなこと」

「だよな」


 シロ兄はまだ私のあごを掴んだままだ。


「お守りとかも持ってないよな?」

「お守り……? じ、神社の? 持ってないよ、何も」


 声は震えるし、瞳からは涙が勝手に流れ出てくる。答えを間違えたら殺されるような気がして必死で否定した。

 シロ兄は頬を伝う私の涙をじっと見つめて親指で拭うように触れた。だけど優しさで拭ってくれた感じではない。だって目は冷たく、何の温度もない。彼らが人の情や家族愛を理解しているとは思えない。

 震える私を観察しながらロウ兄が言う。


「希沙は俺らとずっとべったりだから耐性ができつつあるのかもな」

「そんなことある? じゃあ父親と母親も耐性できてんの?」

「二人はこの半年一緒に住んでないし、一緒に住んでたとしても希沙ほどべたべたしてないから大丈夫だろ」

「じゃ、もう希沙ともべたべたしない方がいいってこと?」


 不機嫌な感じでシロ兄が聞き、ロウ兄は静かに返した。


「まぁ催眠かける頻度高めれば大丈夫だろ」


 するとシロ兄はまたいつもの明るい調子に戻って笑顔で言う。


「あーよかった! せっかくずっと憧れてた〝温かい平凡な家族〟が作れたのにさ、手放したくないんだよね。父親も母親も優しいし、希沙は懐いてて可愛いし、たまたま選んだこの家族だけど、結構気に入ってんだ」

「まぁな。気に入らなかったらまた別の家族をって思ってたけど、俺も居心地いい」

「最近本当に情が湧いてきたっていうか、こいつのこと心から可愛く思えてきて――たまに食べたくなるんだよね」


 二股に分かれた舌を出して笑うシロ兄に、私は悲鳴を上げることさえできずにただ短く息を吸い込んだ。

 大体、情が湧いてきたなんて……それは絶対に情じゃない。そんな優しい感情ではなく、きっと執着とか単純に食欲とか、そういう他の何かだ。

 怯える私のことを気にも留めず、シロ兄は「うーん」と考えてから言う。


「せっかく催眠かけ直すならさ、設定変えて恋人ってことにしようかな」


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