聖女の加護を得るとは、お前なぞ追放だ!
今日は一二歳となった者が教会に集められ、神様の加護を授かる日。
人によっては人生の進むべき方向が決まる、とても重要な一日だよ。
当然ボクも参加していたんだ。
しかしまさかの……。
父上の激昂した声が礼拝堂に響く。
「よ、よりによって『聖女』の加護を得るとは! とんだ恥さらしだ! お前なぞ追放だ!」
いや、これボクのせいなのかな?
不可抗力だよね?
ケラエス王国の貴族は男子しか家督を継げない決まりだ。
でもこれには抜け道があって、女子でも男だと言い張っていれば大体通ってしまうという。
うちマーチン男爵家は三人姉妹で男児がいないので、末っ子のボクは男として育てられていたんだ。
割と身長もある方だし、まあ何とかなるんじゃないのと思ってた時にこれ。
賜った加護が『聖女』だよ。
さすがに言い訳できないというか、問答無用で女子だわ。
普通加護って料理が上手とか剣術の才能があるとか、性別なんて関係ないものなの。
『聖女』なんて完全に予想外だわ。
マーチン男爵家嫡男としてのお披露目を兼ねて、平民の加護の儀にあえて参加したのが裏目に出ちゃった。
『聖女』?
聖属性魔法を使える、貴重で有名な加護ではあるよ。
あちこちで引っ張りだこではあるから、追放されても生活に困ることはないね。
まあ男として育ててきたのに丸っきりムダになったもんな。
父上の頭に血が上ってしまうのもわかる。
でも、しまったって顔してるな?
許せないほど怒ってるというわけでもないみたいだ。
嫡男としてものの役に立たぬならせめて『聖女』として貢献しろ、という父上の計らいなんだろう。
了解です。
「レオナルド、文句はないな?」
「ありません」
興味津々で見てた皆さんがビックリしていますよ。
「ならば明日朝には出て行くのだ!」
◇
――――――――――一ヶ月後。父親の男爵ギデオン・マーチン視点。
あまりにも確率の低い裏目に我を忘れ、ついレオナルドを追放などと言ってしまった。
反省している。
しかしむしろレオナルドが嬉々としていた。
「父上は全て計算してボクを追放したのですよね?」
「む? うむ」
何をもって計算と言っているんだろうな?
まあ『聖女』は魔法を使える貴重な加護だ。
金銭を得る手段に困ることはないだろう、とは考えているが。
「冒険者になろうと思うのです」
「冒険者?」
てっきり『聖女』の加護を生かし、癒し手か魔法医として生計を立てるものと思っていた。
冒険者という手があったか。
ヒーラーとして有用であろうな。
『聖女』はやたらと珍しい加護というわけではない。
王都のような大都市なら二、三〇人はいるのではないか?
女子にのみ発現し、回復や治癒、浄化等の魔法を自然習得すると聞いている。
どこへ行ってももてはやされる加護ではある。
ただケガを治せるというのは、魔法系の加護の中でも特に有用性が高い。
息子として育てたレオナルドでなかったら、大喜びしたであろうになあ。
神のなさりようにも困ったものだ。
一二年前、三人目として生まれた子も娘であったため、跡継ぎの男として育てることにした。
ケラエス王国の領主貴族家ではよくあることだ。
レオナルドと名付けたその子は利発だった。
習ったことをすぐ覚え、家庭教師や一緒に勉強していた上の娘達も驚いていたくらいだ。
しかもレオナルドは生まれ持った魔力が大きいという特徴があった。
魔法を使える加護を授かるかもしれない。
魔物の多い我が領では有益だ。
いよいよ名領主になるに違いないと期待が膨らんだ。
しかしまさか『聖女』の加護を得るとは。
これまでの計画が御破算になって、ついカッとなってしまった。
大勢の前で追放宣言しといてやはりやめますでは格好がつかない。
追放は仕方ないが、十分サポートしてやらねば。
「冒険者か。うむ、我が領にとって魔物退治は重要だな。冒険者ギルドへの出資を増やすとするか」
「ありがとうございます」
屈託のない笑顔を見せるレオナルド。
お前は愚かな父を責めぬのだな。
「……忘れるでないぞ」
「はい? 何をでしょうか」
「お前がレオナルド・マーチンであることをだ」
追放ではあるが、マーチン男爵家の籍を抜いたわけじゃない。
困ったことがあったら、いつでも俺を頼れ。
レオナルドがニコリと笑った。
ああ、その顔は亡き妻によく似ているな。
男として育てたレオナルドに女性っぽいとところがあると思ったことなど、これまでなかったのだが。
「心に銘記しておきます」
◇
――――――――――二年後。レオナルド視点。
「レオナ、そっち行った!」
「任せて」
ボクは冒険者になった。
何故って?
マーチン男爵家はまだ婚約者の決まっていなかった次姉が婿をもらうことになったから。
そういうことじゃない?
追放とだけ言われるとショッキングではある。
でも父上は十分なお金を用意してくれたし、援助も約束してくれた。
ボクの才覚で人の役に立てということだと思うんだ。
『聖女』の加護は貴族として囲われていて使えるというものじゃないから。
ボクの事情で言うと、マーチン男爵家の嫡男として育てられていたので、結構剣術は使える。
王立貴族学院に入学するつもりだったから、魔道理論についても基礎的な学習は済ませているし。
おまけに『聖女』のおかげで回復魔法を唱えられるでしょ?
かなり他の冒険者から誘われるんだよ。
『聖女』みたいな魔法を使える素質の持ち主に魔道に関する理解があると、結構すごいと知ったよ。
しかも実際に魔物と戦う時に魔法を使ってるから、魔力も技術も伸びる伸びる。
剣術の訓練も続けているけど、魔法を伸ばした方がいいみたいだな。
「シールド!」
「ブモッ!?」
「レオナナイス!」
魔物の突進をボクの盾の魔法で止めた。
脳震盪を起こしたところを仲間がしとめる。
乱戦になった時、攻撃魔法を撃つのは同士討ちの危険があって危ないからね。
「レオナくらいわかってる魔法使いがいると助かるぜ」
「ああ、バカみてえに攻撃魔法撃つしか能がないやつが多いんだ」
「いや、ボクはいろんな魔法を使えるから」
「魔道の教育を受けてるやつは違うぜ」
魔法を使えるか使えないかは素質なの。
魔法系の加護を持ってるか持ってないか。
でも魔法を使えるなら、勉強次第で様々な魔法を使えるようになるんだ。
ボクの魔力が大きいことを知った父様が言った。
『お前は魔法系の加護を授かる可能性が高いと思う。今の内に魔道を修めておくことは将来必ず役に立つ』
父上慧眼。
魔法はすごく役に立ってるから、今も学び続けているよ。
そういえば今ボクはレオナと名乗っている。
戸籍上の名前はレオナルドなんだけど、今後は女性っぽい名前の方がいいだろうから。
でも冒険者登録の時受付のお姉さんに、どうして愛称レオナなの? 女の子っぽいですよと言われた。
男の子に見えてたみたい。
当然といえば当然だけど、黙って登録書類に記入した加護のところを指差したら納得してくれた。
そう、ボク女の子なの。
お前は男のように振舞っていても子供は産むのだ、と言われて育った。
だから本来の女の子に戻りたいんだけど、男みたいな雰囲気が抜けないみたいだなあ。
女の子にはモテるけど男の子には……。
悩ましい。
仲間の冒険者が言う。
「しかしおかしいな」
「何が?」
「魔物どもがバタついているように思える」
確かに。
こんな街道に近いところに興奮した魔物が現れるなんて。
ボクが冒険者になってからなかったことだ。
「隣国ツィシウムと繋がる街道は、この森を抜けるやつ一本だから……」
「街道の魔物除け、壊れてねえだろうな?」
皆で顔を見合わせる。
魔物除けは文字通り魔物が嫌うもので、同時に魔物の凶暴性を沈静化させるものだ。
街道の魔物除けの機能が低下していると考えると、こんなところで魔物が暴れている説明はつくな。
「街道通るやつなんかいるか?」
我が国ケラエスと隣国ツィシウムは海路での貿易が多い。
陸路は魔物がいるからあまり使われていない。
また街道はケラエス国内で二股に分かれている。
マーチン男爵家領を通るものと、隣のノースウッド伯爵家領を通るものだ。
マーチン領を通るのは脇道なので、利用者はさらに少ない。
「しかし……もし街道の魔物除けが壊れていて事故でもあったら、知らなかったではすまされないのだろう?」
「レオナは痛いとこ突くじゃねえか」
「まあ冒険者ギルドの責任は追及されるだろうな」
「魔物除けが機能してるかなんて、専門家以外じゃわからねえぞ?」
「魔物の活性化度合いがどうか、魔物がどれくらい街道に近付いてきてるかは調べられるよ」
皆が頷く。
チェックはしておくべき。
「街道の分岐点までの状況は確認して報告上げとくか。行くだけで三時間くらいかかっちまうな」
「ボクが身体強化と継続回復の魔法をかけるよ。走れば二〇分で分岐点に着く」
「おお、助かるぜ!」
「魔法万能だな」
――――――――――その頃魔物の森にて。エルズワース第一王子視点。
「護衛とはぐれたか。仕方ない、我らだけでもバラバラにならぬよう」
「「「「はい」」」」
王立貴族学院の魔物学選択者の実習でノースウッド伯爵家領に来た。
楽しい遠足みたいなものだと思っていたが、とんだことになった。
魔物が現れないため森の深いところまで入ったのだ。
とは言うものの街道に近いところだから大丈夫だと思っていた。
街道には魔物除けが設置されているという話だったから。
油断ではないのだろうが、オオカミの魔物とクマの魔物に連続して襲撃され、護衛と引き離されてしまったのだ。
群れで現れるオオカミの魔物は特によろしくない。
完全に対応が後手に回ってしまったものな。
「殿下、街道です!」
「よし、助かったな」
「あれ? あそこ分岐していますよ?」
そういえば隣国ツィシウムに向かう街道は、マーチン男爵家領へ分かれていると聞いた。
僕達の出た道がノースウッド伯爵家領に通じる道なら分岐と反対側を目指せばいいが、違う道だという可能性もなくはないな?
はぐれた時の状況は混乱してたし、森の中だから方向がわからん。
第三第四の道がないとも限らない。
「判断の材料がないな」
「行く先を示す案内板でもあればいいですのにね」
「課題として提案しておこう」
もっとも案内板も必要ないくらい利用者が少ないということなのだろう。
「よし、ここで救援を待つか」
「「「「賛成」」」」」
ふう、魔物というのは怖いものだな。
通常の動物よりもずっと凶暴だ。
魔物のいる地区の開発が難しいということを実感した。
「で、殿下。あれ……」
くっ、魔物か。
街道には魔物除けがあるから安全という話ではなったのか?
魔物除けの効果も完璧ではないのか、あるいは壊れているのか。
……ノースウッド伯爵家は僕ではなくて弟を推している、ということがふっと頭をよぎった。
くだらない王家の事情だ。
打ち消すように首を振る。
「またオオカミの魔物か」
「一〇頭もいます!」
「脅えるな! 全員構えろ!」
「「「「はい!」」」」
護身用のナイフ程度のものがどれほど役に立つかわからん。
しかし生きて帰らねば。
◇
――――――――――レオナルド視点。
「あれ? 分岐のところ、人がいるっぽいな?」
「珍しいな。あっ? 魔物?」
「おいおい、襲われてるのか。やっぱり魔物除けおかしいんじゃねえか?」
「急ごう」
チェックに来てよかった。
襲われてるのは少年五人、身なりがいいから貴族かな?
魔物はファングウルフが一〇頭。
必ず群れで現れる厄介なやつらだ。
「助太刀します!」
「そ、そなたらは?」
「冒険者です。話は後で」
「う、うむ」
ケガ人はいるが、全員意識あり。
問題はないな。
ファングウルフの駆除が先だ。
冒険者仲間が目で合図してくる。
えっ? 逃がすと面倒だから大技で片付けろ?
その方が礼金が多くなりそう?
了解。
相手が貴族とわかると儲けに走るんだから。
おまけに失礼があるといけないからって、喋りゃしない。
ボクの負担が大きくなるじゃないか。
「……何をした?」
「結界で閉じ込めて、中の空気を抜いているんです。すぐに窒息死しますから、少々お待ちを」
「魔法か。ふうむ、貴殿はすごい術者だな」
「ハハッ、ケガしてる方がいますよね。回復魔法かけますよ」
貴殿って、ボクは女なのだけれど。
よし、ケガは問題あるまい。
ファングウルフは残念だが持っていけないな。
埋めてしまおう。
「いや、助かった。冒険者とは大した腕なのだな」
「騎士と違って魔物退治に特化しているだけですよ。それで、あなた達は?」
「うむ、僕らは王立貴族学院の生徒だ。魔物学実習でノースウッド伯爵家領に来ていてな。しかし予期せぬ魔物の急襲で泡食って護衛とはぐれてしまった」
「ああ、なるほど。我々もどうも森がおかしい、魔物除けが機能していないのかもと疑って、分岐点まで確認しておこうということになったのです」
街道上で魔物と戦闘になるなんてやはり変だ。
報告しておかねばな。
「我々は運が良かったのだな。貴殿らはマーチン男爵家領の冒険者なのだな?」
「さようです」
「すまぬが、我々を送り届けてもらえぬだろうか?」
「もちろん構いませんよ」
というかしっかり送り届けないと謝礼がもらえないから。
冒険者仲間もやっほいお泊りだ、御馳走が食えるぜって顔してるし。
「ではよろしく頼む」
◇
――――――――――ノースウッド伯爵家領にて、無事帰還の宴。エルズワース第一王子視点。
「貴女はマーチン男爵家の令嬢なのではないか。大変失礼した」
てっきり令息なのかと思っていた。
男子として育てられたレオナルドが『聖女』の加護で女性とバレたなんて、笑い話みたいだ。
しかしその中性的な美貌は、よく見れば女性だな、うん。
レオナルドばかりが話していたから、貴族として冒険者を束ねているのかと思っていたら、そうでもないらしい。
こちらの身分が高いと見て、失礼があってはならないからマナーの心得のあるレオナルドに喋らせてるようだ。
なるほどな。
「いえいえ。あなたこそエルズワース第一王子でいらっしゃったとは。無礼をお許しください」
「無礼などと。レオナルドの魔法の実力はすごいな」
「加護がいい方に働いていますね」
魔法を使える加護の持ち主の絶対数は多くない。
いてもほとんど魔道の知識を得る術のない平民だ。
また貴族の魔法系加護の持ち主はほとんど宮廷魔道士になってしまうから、実戦の機会がない。
最も魔力補正の大きい『聖女』の加護の持ち主が魔道について教育を得る機会があって、さらに冒険者としてバリバリ魔法を使う機会があるとレオナルドのような超絶術者になるのか。
僕と同い年なのに、とんでもない逸材じゃないか。
レオナルドは自らの希少性について、理解しているだろうか?
……女性だとわかると美しいな。
普段見慣れている令嬢とは別の何かだ。
しなやかで生き生きしていて。
「今日は助かった。何をもって礼とすべきだろうか?」
「いえ、もうかなりいただいてしまったではありませんか」
「あれは学院と伯爵からの礼物だ。僕個人からではない」
「でしたらボクは十分ですので、仲間の冒険者達に報いてやってくれれば」
ふうむ、金銭には困ってないのだろうな?
あれだけの腕だからいくらでも稼げるのか、あるいは実家からの援助があるのか。
……聞いておきたいことがあるが、少々不躾だろうか?
「……レオナルドとマーチン男爵家の関係の正確なところが知りたい」
「父も体裁上ボクを追放したことになってますが、絶縁したなんてことはないのですよ。ボクの貴族籍は残っていますし、たまに家族で食事することもあります」
「ふむ、おかしな関係だな」
「おかしいと言えばおかしいですね。自由にやらせてもらっています」
その自由さが驚くべき魔法使いレオナルドを生んだ、か。
男爵はどこまで狙っていたのだろうな?
いずれにせよ結果が大正解じゃないか。
「……レオナルドは王立貴族学院に編入する気はないか? 父親の男爵が許すならばだが」
「えっ? 編入できるなら嬉しいです。父も反対することはないと思います」
「よし、授業料免除の特待生として王立貴族学院に編入させよう。さらに僕のボディガードとして十分な給料を出す。それをもって僕の礼としよう」
「ボディガード、ですか?」
「察してくれ」
「……はい」
「おお、受けてくれるか! ありがたい!」
美しく魅力的なレオナルドを王都に連れていける!
――――――――――その時。レオナルド視点。
しっかり御馳走になってしまった。
大歓迎されるのは悪くないな。
冒険者としての醍醐味とも言える。
「……レオナルドとマーチン男爵家の関係の正確なところが知りたい」
ん?
エルズワース殿下は随分突っ込んでくるな。
まあ『聖女』で家を追い出されたなんて滑稽だからか。
「父も体裁上ボクを追放したことになってますが、絶縁したなんてことはないのですよ。ボクの貴族籍は残っていますし、たまに家族で食事することもあります」
「ふむ、おかしな関係だな」
「おかしいと言えばおかしいですね。自由にやらせてもらっています」
父上もボクが達者に魔法を操り、ガンガン魔物を狩っていることを知って喜んでくれている。
珍しい魔法書を時々プレゼントしてくれるくらいだ。
家を継ぐことはできなかったけど、別のところで領に貢献できて嬉しい。
「……レオナルドは王立貴族学院に編入する気はないか? 父親の男爵が許すならばだが」
「えっ? 編入できるなら嬉しいですが。父も反対することはないと思います」
だって元々学院に入るつもりでいたのだし。
でも編入なんてできるんだ?
いや、王立だもんな。
王族の口利きがあれば可能なのか。
「よし、授業料免除の特待生として王立貴族学院に編入させよう。さらに僕のボディガードとして十分な給料を出す。それでもって僕の礼としよう」
「ボディガード、ですか?」
「察してくれ」
エルズワース殿下は第一王子とは言ってもまだ王太子ではない。
他の王子を推す勢力もあるってことだな?
そういえば今日街道でファングウルフ一〇頭の襲撃を受けたのも相当妙だ。
敵対派閥の工作もあり得るってことか。
証拠なんか出てこないだろうけど……。
こうして話していて、エルズワース殿下は偉ぶるわけじゃないのに自然な存在感がある。
これがカリスマって言うのかな。
また話を聞く耳もある。
次期王として相応しいと思う。
せっかくこうして縁ができたのだ。
ボクの答えとしては……。
「……はい」
「おお、受けてくれるか! ありがたい!」
にこやかな笑顔が格好いいな。
ああ、ボクはこの人のことが好きかもしれない。
初恋なのかな?
今までこうした感情を持ったことがないから、よくわからない。
エルズワース殿下の顔を見つめ、軽く首を振る。
いやいや、身分違いだ。
ボディガードとして側に侍ることができるのを喜ぼう。
「王都に帰り次第、特急で手続きを進めるからな。楽しみにしていてくれ」
◇
――――――――――その後。
王都に出たレオナルドは一躍有名人になった。
エルズワース第一王子殿下を救った凄腕の魔法使いとして。
異例の王立貴族学院編入生として。
男装の麗人として。
レオナルドはボディガードとして最もエルズワースの近くにいる女生徒でありながら、驚くほど嫉妬を受けなかった。
むしろ女生徒に大人気だった。
中性的な王子キャラで、またエルズワースやその側近達との架け橋になってくれる令嬢だったから。
対魔物の実戦を通したレオナルドの意見は宮廷魔道士に浸透し、いくつかの魔道具が生み出された。
それらは魔物被害に苦しむ地方に投入され、恩恵を受けて喜ぶ領主は多かった。
レオナルドの父親、ギデオン・マーチン男爵もその一人だ。
結果としてケラエス王国の発展に大きく寄与した。
王都には無料の治療院があり、『聖女』の加護持ち達が癒し手として奉仕していた。
レオナルドは自分も奉仕に参加する一方、癒し手達に回復魔法の理論と技術を教える。
使用魔力が少なくなったのに治療効果が上がったと、癒し手達の信頼を集めた。
レオナルドの評価がいっぺんに高まったのは王都大震災の時だった。
感知魔法と重力魔法を駆使し、倒壊した建物から多くの人々を救出したのだ。
またレオナルドの薫陶を受けた癒し手達も大活躍した。
今、王都で『聖女』と言えば、単に『聖女』の加護持ちの女性を指さない。
レオナルドのことを指すのだ。
人気と実力を兼ね備えたレオナルドは正式にレオナと改名し、エルズワースの婚約者に推された。
「いいのですかね。わたくしなんかが殿下の婚約者で」
「レオナの一人称がわたくしなのは違和感あるな。僕の前ではボクでいいんだぞ」
「ではお言葉に甘えて」
アハハウフフと笑い合う二人。
「初めて会った魔物学実習の日。レオナは素晴らしい魔法の使い手だと思ったのだ。絶対に手離したくないと」
「ボクはあの日、殿下は素敵な方だなあと思いました。初恋でしたね」
「……何か負けた気がする」
「何ですか、負けたって」
「気持ちが。いや、今の僕の愛はレオナに負けず大きいのだぞ」
見つめ合う僕とボク。
惹かれ合う僕とボク。
微笑み合う僕とボク。
幸せを誓う僕とボク。
王国を導く僕とボク。
ケラエス王国繁栄の未来の、確かな予感がそこにあった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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よろしくお願いいたします。