08 私以外に転生者がいる!?
そうか……だから帰省した日に私をカルダス家に入れることなく領主館へ行け、と祖父は追い出したのだ。
『えりな』は腑に落ちる。
私の持っていた手紙の内容を把握したアルヴィンが、リリアナを抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だよ。僕がいずれリリアナの家族になるから」
「……アルヴィン……でも、私にはお祖父ちゃんとお祖母ちゃんがいるもの……私は……大丈夫」
夜、寝る前もアルヴィンはリリアナを抱きしめた。
気がつけば、同じベッドでアルヴィンの温もりに包まれ、アルヴィンに後ろから抱きしめられる形で眠っていた。
「………」
「リリアナ、起きてる?」
「………ん」
リリアナが寝返りを打つと、アルヴィンの懐にすっぽりと入る。
アルヴィンはリリアナの額にチュッとキスをする。そして、リリアナに声を掛けて起こした。
「おはよう、眠り姫」
「……アルヴィン……おはよう」
「……男として意識されないのも、自信失くすなあ……」
「何か言った?」
「……何も。朝食に行こうか」
帰省中、アルヴィンはリリアナの母が居なくなったことを考えさせないようにリリアナを存分に楽しませた。それは、ほんのひとときだったけれど、おかげでリリアナは休暇中に母のことを一切思い出すことはなかった。
夏季休暇が終わり、9月になると、リリアナはロイヤル学園の中等部に入学した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「中等部に入った子、かわいいのにメアリ殿下の護衛なんだって?」
「護衛だからいつでも剣を持ってるんだって」
「レイノルド殿下や3年のアルヴァード様やナシュダール様が話し掛けていたわ」
リリアナの見目の良さはすぐに学園の噂の的になった。
「リリアナ・カルダスとは、あなたのことですか?」
「はい、何か?」
リリアナは校舎内を歩いていると、知らない人に呼び止められる。
「僕は2年のジョシュア・フローディン。父親はこの国の宰相なんだ」
金髪でソバージュの前髪をかき上げながら、リリアナに話し掛けてきたタレ目の宰相の息子とやらを『えりな』は咄嗟に『金髪ワカメ』と名付ける。そういえば、ゲームの攻略対象者にこんなビジュアルの奴いたっけ……とも思い返す。
「……そうですか、では失礼します」
リリアナはその場から立ち去ろうとした。
「───えっ? ちょ、ちょっと待って!」
リリアナは金髪ワカメに服の袖を掴まれた。
「……まだ何か?」
「僕が話し掛けているんだよ? キャーッとかジョシュア様ステキ! とかあるでしょ?」
「キャーッ(棒)、ジョシュア様ステキ(棒)、これでいいですか? それでは」
リリアナはさっさと金髪ワカメから立ち去る。
「あら、リリアナじゃないの! 爵位が平民と変わらないのに、よくこの学園に入れたわね」
「……ベルナーゼ……久し振りね……」
“土だんご事件”以来、リリアナはベルナーゼを避け続け、会うのは3年振りになる。
ベルナーゼには取り巻きの令嬢が4人いた。
「ベルナーゼは今でもナシュダールお兄様がお好きなのかしら?」
「あら? ベルナーゼ様は今はレイノルド殿下にご執心ですわよ」
「……ちょっと! 余計なこと言わないで!!」
───いいこと聞いた! リリアナはそう思った。
最初の計画では王子とベルナーゼをくっつけて『えりな』であるリリアナはトンズラする予定だった。
「まあ! 私もレイノルド殿下とベルナーゼの仲が良くなるように祈っておくわね」
そそくさとリリアナは退散する。
「リリアナ! やっぱり気に食わない子ね!」
リリアナが見えなくなってから、ベルナーゼは悪態をつく。
「リリアナ、どこに行っていたの? 心配したわよ」
「メアリ様、護衛なのに申し訳ありません」
リリアナは片膝をついて頭を下げる。
「リリアナにこのリボンをあげるわ。誰か、この桃色のリボンでリリアナの髪を結んであげて。リリアナ、あなた女の子なのに全然おしゃれしないんだもの。髪の毛くらいはリボンで結びなさい」
母に切られてから伸ばしていた髪の毛は、肩よりも長くなった。
「メアリ様、ありがとうございます」
「リリアナ!」
教室のドアからリリアナを呼んだのは、アルヴィンだった。
「リボンどうしたの? 似合ってるよ、かわいい」
と早速褒められる。
廊下でアルヴィンと話していると、ベルナーゼと取り巻きが通り過ぎ様に
「殿方に色目使って、ホントいやらしい」だの、
「男に取り入ろうと必死ね」
と言いたい放題だった。
しかし、最後のひとりがボソッと呟いた「辺境伯の息子は死亡エンド」の言葉にハッとする。
───転生者? 私以外にも、いる?
「ねえ! あなたの名前を教えて」
リリアナはベルナーゼの取り巻きの最後のひとりの腕を掴んで名前を訊く。
「……ミレーネ・レヴァンシー」
名前を告げると、リリアナの腕を振り払ってその場から去っていった。
「リリアナ、どうしたの?」
「……ううん、何でもない」
アルヴィンは知らないんだから、言ったところで信じてなんてくれない。
ここは、乙女ゲーム『薔薇色の日々をあなたと』の世界だっていうことを───。
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