07 母が居なくなった13歳の夏
ナシュダールの様子を見て、アルヴィンは確信する。
───ナシュダールは、やはりリリアナを妹以上に思っている───と。
それと……レイノルドをチラリと見やると、僕と目線がぶつかった。どうやら僕はレイノルドに睨まれていたようだ。
レイノルドはどうして僕に振ったんだ?
……まさか、レイノルドもリリアナに会った……?
多分そうなんだろう……そして、レイノルドもリリアナのことを───。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リリアナ、受験勉強は捗ってる? 分かんないところは教えるよ」
レイノルドは年明けにリリアナと出会ってから、ロイヤル学園の寮ではなく、王宮とロイヤル学園を往復するようになった。
すべてはリリアナに会いたいがためである。
「ごめんなさい、レイノルド。まだ仕事中なの」
レイノルドと2人きりで会うのは避けた方がいいと私は考え、“仕事中”を強調する。
どうやら、レイノルドに待ち伏せされてるようなのよね……。
入学試験のための受験勉強は、王宮内の図書室の奥の机でレイノルドに見つからないように、こっそりとしている。
毎日毎日私に避けられてたら、いくらなんでも故意に避けられてるって分かるものだけど……何で諦めてくれないの……?
でも、イヤって言わない私も悪いんだろうけど……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
季節はあっという間に夏になり、リリアナは中等部の入学試験に合格した。
夏季休暇を一週間もらうと、翌日の早朝にはグレイグルーシュ辺境伯領のカルダス男爵家へ向けて出発する。
「ふう……やっとレイノルドから離れられた」
乗合馬車に乗りながら、私は大きく息を吐く。
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、ただいま!」
帰ってきたのに、祖父は私の鞄を持ち上げると、
「リリアナは領主館へ来いと言われとる」
と放り出される。
家の前には、グレイグルーシュ辺境伯家の馬車が停まっていた。
まるで厄介払いされてるみたいじゃない───!!
私はメソメソと泣きながら馬車に乗り込む。座席に掛けた途端に走り出し、5分もしないうちに領主館に到着する。
馬車のドアが開いて、降りる際に手を貸してくれたのは、アルヴィンだった。
「───アルヴィン!!」
「リリアナ、久し振りだね」
ふわりと柔らかな表情のアルヴィンに、リリアナも顔が緩む。
「疲れただろう? 夕食を一緒に食べよう」
夕食の席でリリアナは、中等部の入学試験に合格したことを報告した。
「おめでとう、リリアナ。新学期が楽しみだよ!」
「ありがとう、私も楽しみにしているの」
湯浴みをさせてもらい、客室に案内されると、朝が早かったリリアナは早々に床に就いた。
「こら、施錠してなかっただろう!」
翌朝、リリアナはアルヴィンに叱咤される。
「危機意識を高く持たないと……そうだ、今夜は僕が一緒に寝ようか?」
アルヴィンが悪戯っぽい顔をして、ニヤリとリリアナを見る。
「き、今日からはちゃんと鍵を掛けます!」
リリアナが慌てたのを見て、アルヴィンはフフと笑って「残念だなあ」と嘆く。
これは……からかわれている……それとも……?
「朝食にしよう、リリアナ」
アルヴィンはリリアナの手を握って、2人で階下へ降りる。2人で仲睦まじく食事をする様子は、侍従たちの心もほっこりさせた。
食事が終わると、アルヴィンから散歩に誘われる。
「裏庭が山と繋がってて、いい散歩コースなんだ。少し歩いた先には小さな川もあるんだよ」
アルヴィンはリリアナに手を差し出す。差し出された手の上にリリアナが手を添えると、ぎゅっと握られた。
「蛇がいるかもしれないから、足元に気をつけて」
「……へび!?」
「ぷっ、くくく……そんなに驚かなくても……! 山だからね、獣が出るかも」
「えー? ウサギとかリスならいいなあ」
話をしながら歩くと、小さな川の流れる拓けた場所に出た。程よく木陰もあって、夏真っ盛りだというのに涼しくて過ごしやすい。
「いいところね、アルヴィン」
その瞬間、アルヴィンに引き寄せられると、額にキスをされ、抱きしめられた。
「好きだよ」
トクントクンとアルヴィンから聴こえる鼓動が心地いい。
「……私も、大好き」
「本当? ああ、リリアナ……」
アルヴィンが腕の力を強める。
「大人になったら、僕と結婚してくれる?」
アルヴィンは真っ直ぐにリリアナを見据える。
「………!」
『えりな』は「はい」と即答したかったけれど、まだ『バラあな』が開始していない現時点で答えを返すのはどうなのかと考え、憚った。
「ごめんごめん、これじゃ強迫してるみたいだよね」
アルヴィンが気を取り直して素早く謝る。
リリアナはクスッと微笑む。
陽が高くなってきたので、2人は手を繋いでグレイグルーシュ辺境伯の屋敷へ戻った。
屋敷で侍従たちに出迎えられると、執事からリリアナ宛の手紙を渡される。
「カルダス男爵からです」
「お祖父ちゃんから?」
手紙を開封して内容を確認すると、お祖母ちゃんの筆跡で、昨日の夜のうちにリリアナの母が出ていったと、母が再婚する相手にも子がいるからリリアナは要らないと書かれた手紙が残されていたと、そう書いてあった。
リリアナの瞳からじわりと涙が溢れ、流れた。
母は確かにリリアナに対して母性というものが欠落していたように思う。それでも、リリアナを産み育ててくれたのは、やはり母なのだ。
「リリアナ、どうしたの?」
アルヴィンの呼び掛けに、リリアナはアルヴィンに抱きついて声を上げて泣いた。
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