Side コンラート
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
僕の名前はコンラーティシア=セントアルカナ。
小国セントアルカナ公国の次期大公閣下であり、現在は公太子だ。
フェリクス13世が僕の父親、世継ぎの僕が世襲すれば、僕はフェリクス14世となる。
きょうだいは妾腹の10歳下の弟がひとり。自分が公太子であることに何の疑問も持たなかった。
13歳になった時、自分には前世の記憶があることに気づいた。
前世の世界は今とはまったく違う世界で、ありとあらゆる物が発展して、まるで架空の夢物語の世界のようだった。その世界で僕は『藤谷 良樹』という人格を持ち、『えりなちゃん』という女の子を一途に想い続けていたが、女の子は転落事故で亡くなった。暫くは茫然自失の毎日を送っていたが、仕事に没頭して悲しい出来事を思い出さないようにしていた。そして、仕事中に倒れ、前世の僕は短い一生を終える。
その後、僕は知る。この世界は、前世の自分が作り出した架空の物語であり、自分がその登場人物になってしまったと。
年を経る毎に次々と物語の詳細を思い出す。主人公の女の子にいつ頃会うのか。どうやらまだまだ先の話のようだった。
生憎と今は前世に振り回されるよりも、身分を隠して酒を飲んで友人と騒ぐのが楽しい。たまに誘われる女と一夜だけを過ごしたり、いつまでもこうして遊んでいたかったが、周りがそれを良しとはしなかった。特に父親であるフェリクス13世は、口を開けば『早く腰を落ち着けて世継ぎを作れ』とばかり口擊するようになった。
貴族なんだから政略結婚だろう。父親の元に届いた釣書や姿絵なんぞにはまったく靡かなかった。
ところが、たったひとり興味を惹いた人物がいた。たまたま国境周辺でガルシアナ帝国が配布していた手配書の『リリアナ』という名に引っ掛かるものを感じた。そして僕は思い出す。よく行く居酒屋の新人店員であり、この世界のヒロインだということを。間近まで寄って見に行って失敗した。
僕は彼女に恋をしてしまった。これがヒロインの破壊力なのかと、自分が信じられなかった。
猪突猛進型ではなかったのに、幾度も彼女を振り向かせるためにアタックした。
彼女はヒロインという不遇のためなのか、攫われることが多かった。自分から居なくなる訳ではないから、時間が掛かっても探し出すことはできた。その度に、僕は彼女からの信頼も得ていく。
それと同時に彼女の持つ前世の話に「あれ?」と思った。彼女の前世の名前も『えりな』だという。よくある名前なのだろうとその時は思った。だが、彼女は咄嗟にある言葉を発した。
「……もう、『とーやさん』の意地悪!!」
僕の想いをせき止めていたものはたちまち決壊した。僕の前世の『藤谷』が大好きだった『えりなちゃん』の口癖を、彼女は極自然に僕に向けて言ったのだ───。
僕は人目もはばからず泣いた。
逢いたくて堪らなかった『えりなちゃん』に逢えて嬉しくて涙が止まらなくなる。
前世では叶わなかった『えりなちゃん』と両想いだったと知り、想いが通じ合えて、ひとつになれた僕は幸せだった。
この生でこそ、彼女と結婚するつもりだった。できるものだと信じて疑うことはなかった。
彼女が自ら失踪した───と知るまでは。
「今度は、どこへ行った?」
捕まえても捕まえても、リリーは網の目をすり抜けるようにどこかへ行ってしまう。
探せるところは探し尽くして、すっかり憔悴した僕は周りからも心配された。
「───もう疲れた」
つい弱音を吐いたのを、母上に聞かれたのが不味かった。母上は僕の護衛たちから恋人の消息が掴めなくなったことを聞き出し、これ幸いと周辺諸国で嫁の来手のありそうな友好国の王女を探し、勝手にジュール王国の王女との婚約話をまとめてしまった。
もちろん、相手国に行ったこともなければ、相手には会ったこともない。貴族同士の婚約はそのようなものだと分かっているから別に驚きはしないが、どうやら新聞社が嗅ぎ付けてこの婚約を大きく取り上げてしまった。
リリーやリリーの家族の耳に入ったら誤解を解くのは並大抵のことでは済まないと思っている。
ところで、彼女はなぜ行方を眩ませたのか、リリーの家族に訊くと、どうやら原因は父親のようだと話の端々から感じとれた。
結婚していないのに妊娠しているのが外聞が悪いだとか、相手が敵国の人間だから非難されるのは目に見えているからと、どうやらお腹の子を始末したかったようだ。リリーの父親は体裁を取り繕ってばかりだ。そんな父親からリリーは逃げたのだ。
どこの親も一緒なのだということだ。僕の親もリリーの親もさして変わりはない。
さて、冷静になって考えてみると、リリーは子どもを出産したら戻ってくるのではないのか?
わざわざこちらが探さなくても、時期が来れば戻ってきてくれる。そんな希望的観測が叶うのはいつになるのか分からないけれど、もしも居場所が掴めたならば、僕は迷うことなく彼女と彼女の子どもを迎えに行く。
それが、この世界で僕に与えられた任務なんだ、きっと。
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