05 アルヴィンと過ごす年越し
アルヴィンの部屋から出て、2人で階下の応接室に戻ると、祖父とアルヴィンの父親の会話が弾んでいた。
「話はもういいのか?」
アルヴィンの父親がアルヴィンに訊く。
「今はまだ口説いてるところ!」
リリアナはアルヴィンの言葉に驚いた。
「くど……!?」
「僕の婚約者になって欲しいとは伝えたよ」
カルダス男爵家に戻ると、祖父が出掛ける前とは打って変わって、手の平を返したようにリリアナを褒めそやす。
「でかした! 領主の息子に見初められとったとはな!」
日本という国では『捕らぬ狸の皮算用』って言葉があるんだよ、と私は祖父に声を大にして言いたかった。
そんな祖父と私を面白く思わなかったのは、他でもないリリアナの母だった。
実は母と祖父は仲があまりよろしくない。
祖母が鎹になっているのは明らかで、その均衡が崩れたら家族が一気に崩壊するのは12歳のリリアナでさえも分かっていた。
それと、母はまだ30歳を過ぎたばかりでまだ若くて綺麗だ。恋人が居ても不思議ではない。
「明日の夕方から年越しを一緒に過ごそうって、領主様一家から誘われているの」
私は母に報告する。
「あら、そうなの? ちょうど良かった」
私が王宮へ奉公してから、母は週末になると家を空けることが増えたと祖母からそれとなく聞いていた。
「……ったく、あの放蕩娘が……っ!」
祖父はイライラしてよくこの言葉を吐くそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の夕刻前、アルヴィンが馬車に乗ってカルダス男爵家まで迎えに来てくれた。
「迎えに来たよ、リリアナ」
祖父母は私を快く送り出してくれる。
母は昼過ぎに身綺麗に着飾って出掛けてしまったため、不在だった。
アルヴィンは馬車の中でもリリアナの隣に座ると、リリアナの指に自身の指を絡めて手を握る。そして、リリアナの指にキスを落とすことを繰り返した。
『えりな』はアルヴィンの一挙手一投足に予測がつかず、完全に思考の処理能力が追い付かなかった。これも『えりな』の恋愛経験値が無いに等しいからである。
グレイグルーシュ辺境伯領主館に着くと、食事の席に通され、アルヴィンの隣に席を設けてもらった。
「リリアナ、食べられない物はない?」
「大丈夫だよ。どれも食べられる」
「ロイヤル学園には通う予定はあるのかい?」
リリアナは領主様からも質問される。
「実は、今度の新年度から中等部に入学しなさいって侍女長からお達しがあって……あっ、今は侍女見習いで王宮に勤めてます……」
「じゃあ、9月から同じ学校なんだね」
「おいおい、アルヴァード! いくらなんでも気が早すぎる。半年以上も先の話じゃないか!」
夕食は和やかに、時に談笑混じりで進んでいく。
「リリアナ、ゲームでもしようよ! チェスは出来る?」
リリアナにチェスの基本のルールを教えながら、アルヴィンはポーンを移動させた。
「──で、敵の陣地の最奥へ行くと昇格するんだ」
「アルヴィンは色々と物知りなのね……」
「チェスは、貴族の嗜みのひとつだよ」
ほわぁ、とリリアナは瞳を輝かせ、アルヴィンを尊敬の眼差しで見つめる。
アルヴィンもそのような目で見られるのがまんざらでもない様子だ。照れ隠しに鼻の頭を掻く。
その時、遠くから「リンゴーン…リンゴーン…」と深夜0時を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「新年おめでとう。今年もよろしく、リリアナ」
「アルヴィン、今年もよろしくね」
アルヴィンはリリアナの額にキスをする。
リリアナはアルヴィンの頬にキスを返した。
リリアナからの初めてのキスに驚いて、アルヴィンは耳まで真っ赤になる。
「……ふ、不意打ちだよ……!」
「……お返しです」
アルヴィンを動揺させることに成功したリリアナは気分が良かった。
2人は階下へ降りて、アルヴィンの家族や侍従たちに新年の挨拶を済ませる。
「リリアナはいつ王宮に戻るの?」
「王都まで馬車で半日かかるもの。1月3日にグレイグルーシュ領から発つわ」
「……僕もその日に寮に戻ろうかな……そうすれば王都までリリアナと一緒にいられる」
「私も王宮に用事があるから同行しようじゃないか、アルヴァード」
領主がアルヴィンに口を挟む。
「父さんは来なくていいよ!」
「自分の息子が余所のお嬢さんに手を出さないように監視するだけなんだが」
「それが余計なんだよ! 節度は守ってる!!」
「おやおや……言うようになったな、父さんは寂しいよ」
息子の言葉に領主は大人だけど、しゅんとしょげたので、夫人によしよしと慰められていた。
夜も遅いし、今夜はひとまず寝ようと意見が合致し、客室に案内される。
「部屋に入ったら扉を中から施錠して。おやすみ、また明日」
私がアルヴィンに「おやすみなさい」と扉を閉め施錠すると、アルヴィンの足音が遠ざかる。
ベッドの上に前もって用意され置いてあった夜着に着替えると、疲れから眠気に襲われあっという間に眠りについた。
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