48 メイソン侯爵家からの奪還 その3
セドリックはリリアナからそっと唇を離すと、リリアナの小さな肩をきゅっと抱きしめる。
「……離れがたい。このままリリーを我が家へ連れて帰りたい」
「セドリック様ったら……ふふ」
セドリックは軍服の上に着ていた外套を脱ぐと、リリアナの肩に掛けた。
「ありがとうございます、セドリック様こそ……」
「俺は鍛えているから気にするな」
「リリアナ! 帰るぞーっ!」
ナシュダールがメイソン侯爵邸の庭園から、門の前に立つリリアナを呼んだ。
「ナシュダールお兄様だわ」
「俺もそろそろ官舎に戻らないと……」
「リリアナ、そちらの御仁は?」
ナシュダールに気をとられて、ローズウッド子爵が真横に接近していたことに気付かなかったリリアナは驚愕した。
「お、おおお父様!」
(少し怒っていらっしゃるわ……もしかして、セドリック様とのやりとりを最初から見ていらしたの!?)
「リリーのお父上?」
セドリックはリリアナの顔を見て訊くと、リリアナは蒼白な顔で頭をぶんぶんと上下させた。
「申し遅れました。私はガルシアナ帝国のロックウェル侯爵家嫡男のセドリックと申します。ガルシアナ帝国軍第一騎士団第二班班長を賜っております」
セドリックは颯爽と貴族の礼を披露する。
「ふむ、美青年だな。礼儀も申し分ない。だが……」
そこへナシュダールも駆けつける。
「リリアナ、彼がお腹の子の父親なのか?」
リリアナは恥ずかしさからナシュダールと目を合わさずに俯いたままコクリと頷く。
「私はローズウッド子爵家当主、リリアナの父親のミシュガンという。こちらは私の息子でリリアナの兄のナシュダールだ。お腹の子は娘とこちらで育てるので、どうぞお気になさらずに。帰るぞ、リリアナ」
ローズウッド子爵は一気に捲し立てると、リリアナをセドリックから引き離そうと、2人の間に割り込み、リリアナの腕を引っ張る。
「お父様!?」
リリアナは父親の豹変ぶりに慌てた。一方、そんな父親の様子を見て呆気にとられたナシュダールは、突然お腹を抱えてゲラゲラと笑いだした。
「アッハッハ! 父さん、娘の彼氏に嫉妬するなんて!」
「これは嫉妬ではない! リリアナに結婚はまだ早い! ましてや子どもなんて……!」
ローズウッド子爵の目にうっすら涙が浮かんでいるとリリアナは気がついた。
「お父様、ごめんなさい! でも、私はこの子を産んであげたいの!」
「ローズウッド子爵!! 嫁入り前の大事な娘さんを穢してしまい、大変申し訳ございません! 私は彼女と一生を共にする心づもりであります。どうか、お許しください」
セドリックは深々と腰を折ってローズウッド子爵に頭を下げ、許しを請うた。
「……駄目だ!」
ローズウッド子爵からの一蹴に、セドリックは顔を上げる。
「な……なぜですか! 理由をお聞かせください!」
「理由……簡単なことだよ。君が敵国である帝国の人間だからだ。さあ、話は終わりだ」
ローズウッド子爵はリリアナを強引に引っ張っていき、ナシュダールはセドリックに向けて会釈をすると踵を返し、父親の後を追いかける。
セドリックはその場で佇んだまま、暫く身動ぎひとつも取れなかった。
馬車に乗り込むと、リリアナはナシュダールから汚れた服を渡された。
「メイソン家の侍女から『リリアナの大事な服』だと渡された。それと、今着ているドレスはメイソン侯爵が迷惑を掛けたお詫びに差し上げると申し出があった」
「こんな立派なドレスを? あ……外套!」
自分の装いを見直すと、セドリックの外套を借りたままだったことに気づいた。
「───それで、リリアナは誰が本命なんだ?」
ナシュダールはローズウッド子爵も乗り合わせているのも構わず、リリアナに訊ねる。ローズウッド子爵は不機嫌な顔を益々歪めた。
「お兄様、本命って……?」
「先ほどの銀髪の帝国軍人とセントアルカナ公国の公子様と……あとは、アルヴィンか?」
「お兄様……私が今、大事に思うのはお腹の子だけです。他の人など、考えられません」
リリアナは自分のお腹をさすりながら、優しい顔つきになる。
「リリアナ、明日は王都の病院でお腹の子を診てもらおうか。お腹が目立たないうちなら、まだ間に合うから」
ローズウッド子爵が突然言い出した。
「お父様? 何が間に合うのですか?」
「───やはり外聞が悪い。帝国軍人との子など、迫害されるに決まっている。だから……」
「……? 何の話をされているのですか?」
「お腹の子は諦めなさい」
「───え?」
「父さん!? リリアナの味方じゃなかったのか!」
ナシュダールは馬車の中で急に立ち上がり、馬車の揺れでよろめく。
「ナシュダール、座りなさい。リリアナにとって最善を考えるのが親の務めだ。親として、リリアナに恨まれようとも、数年後にはお父様のいう通りにして良かったと思われる結果にしたいだけだよ」
ローズウッド子爵はナシュダールを見据え、淡々と説明した。
「お腹の子は、いずれはリリアナ、お前の足枷になる。一時の感情でこんな大事なことを決めてはいけないんだ」
今度はリリアナに鋭い視線を向け、厳しく諭す。
(分からない……どうしても、お腹の子を生かす方法はないの?)
馬車の中はピリリとした空気に包まれる。
誰ひとりとして、言葉を発することはなかった。
馬車はやがて、王都のローズウッド家に到着した。
「いいかい、リリアナ。私は父親として、娘が苦しむと分かって黙って見ていることはできないんだよ」
ローズウッド子爵は先ほどとは打って代わって、リリアナに優しく諭した。
「──分かったわ、お父様」
「分かってくれたなら、なによりだ」
リリアナだけが馬車から降車し、馬車に残った父と兄に手を振る。扉が閉められると、リリアナは振っていた手を降ろした。
その日の家族3人揃っての夕食には何も変わったことはなかった。異変は、翌日の早朝に起こった。
「旦那様! ナシュダール様! 大変です! リリアナ様が……!!」
侍女が一枚の紙を持って食堂に駆け込むと、朝食中のローズウッド子爵とナシュダールに内容を見せる。
『探さないでください リリアナ』
リリアナの部屋からは、旅行用の鞄とコンラートが購入した服と下着、その他の細々としたものが無くなっていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
家族がやっと退院しました。再発の可能性もあり、向こう5年は薬を飲みながらの経過観察になります。
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