42 亜麻色髪・翠眼の兄妹
ナシュダールはいち早く石化を解き、リリアナを問い詰めた。
「リリアナ、そちらにいる方々……お兄様にも紹介してもらえるか?」
───怒ってる……ナシュダールお兄様が怒っていらっしゃるわ……。
「お、お兄様、彼らは私がセントアルカナ公国のバルで働いていた時の常連のお客様ですわ! 右がウォルターさん、左はお隣さんの……えーと」
「ドルマン伯爵家の長男、フィリップ・ドルマンです」
フィリップがすかさず自分の名前を口に出した。
「───リリアナ様は、お庭にいらっしゃいます」
「……案内ありがとう」
リリアナは声がする方を見た。
「リリアナ……!」
アルヴィンはリリアナの姿を見つけると、走り出した。
「アルヴィン、何しに来た! またリリアナを貶めるのか!」
「違う! ナシュダール、そうじゃない! 謝りに来た」
アルヴィンはリリアナの前に立つと、深く頭を下げた。
「……リリアナ、ごめん! キミに酷いことをしたと帰ってからずっと反省してた!」
リリアナはなんて言葉を返せばいいのか分からず、無言だった。アルヴィンは頭を上げ、リリアナの左頬を右手で触った。
「少し、赤くなってる……ごめん、痛かったよね」
そう言いながら、左頬にキスし、リリアナを自身の腕で優しく包んだ。
「「アルヴィン!!」」
アルヴィンがハッとして顔を上げると、ナシュダールとレイノルドが見たこともない形相で睨んでいた。
「アルヴィン……俺ん家でイチャつくな」
「そうだ! 抜け駆けするなアルヴィン!」
ジェラルドがアルヴィンからリリアナを引き剥がし、リリアナを抱きしめた。
「おい、レイノルド! お前の護衛を何とかしろ!」
「リリアナから離れろジェラルド!」
「リリアナは離しません! リリアナ、俺のプロポーズはまだ有効だろう?」
レイノルドがジェラルドを押し退けると、リリアナの肩を抱いて王宮へ帰ろうとした。
「リリアナ、いずれ王宮とローズウッド家を繋ぐ秘密の通路を作らせるからね」
「「ちょーっと待ったーっ!」」
レイノルドはナシュダールに襟首を、右腕をアルヴィンに掴まれていた。
「……キミたちは次期国王に何をしているんだい……不敬じゃないか?」
「次期国王が俺の妹を誘拐か……へぇ……?」
「王族なら何をしてもいいと……?」
リリアナはタイミングを見計らってから屋敷の中へ逃げ込んだ。
「「「リリアナー!!!」」」
「───お前ら、もう帰れよ……」
ナシュダールは冷めた口調でアルヴィンとレイノルドたちを追い払った。
そして、フィリップとウォルターに「お騒がせしました」と頭を下げてから屋敷へ引っ込んだ。
取り残されたフィリップとウォルターは
「リリーちゃん争奪戦……分かってたけど……」
「勝てる気がしないな……」
2人は項垂れ、のろのろとドルマン伯爵家の屋敷の中へ入った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
───翌日。
「リリアナ、俺と父さんは今日から仕事だ。出掛けるなら侍女に付き添いしてもらうこと、いいな!」
「もう仕事初めなの? お城勤めはブラックなのね」
「ブラック?」
「……な、何でもないわ! いってらっしゃい!」
玄関ホールでリリアナは父と兄を見送った。
リリアナは今日も買い物に行きたかった。コンラートに服を買ってもらったとはいえ、下着も買い足したかった。でも付き添いが侍女であれば女性同士、気兼ねすることはないと考え、リリアナと歳が近いラナに買い物の同行をお願いした。
「ラナが普段から下着を買うお店を案内して欲しいの」
「お任せください!」
リリアナとラナはたくさんの人が行き交う城下町の大通りを南へ歩いていた。
「こんなところにいたのか、ルイーゼ! 探したぞ」
リリアナは肩を掴まれた。
「……え?」
振り向いたリリアナが見たのは、リリアナと同じ亜麻色の髪の男性だった。肩より長い髪は紐で括り、瞳は宝石のエメラルドのような濃い緑色をしていた。
「───失礼、人違いをしてしまいました。足を止めてしまい、大変申し訳ない」
男性はその場から去っていった。
リリアナはその姿が見えなくなるまで、目が離せなかった。
「お嬢様?」
ラナに声を掛けられ、リリアナは我に返った。
「私と同じ髪色の人を初めて見たわ!」
「そうですね、お嬢様の髪の色は他ではあまり見掛けませんものね。あ、目当ての店はもうすぐですよ」
ラナが案内した店は、ドアとドア枠や窓枠が赤く塗られ、壁を白くしてコントラストを出した外観だった。
「どうぞ」
ラナがリリアナにドアを開けてくれた。
「ありがと……う」
リリアナの目に飛び込んできたのは、目のやり場に困る過激なランジェリーが数点並んでいる光景だった。
「お嬢様、あれは閨用の下着です」
「……ねえ、ラナもああいう下着を持っているの?」
「えっ!」
ラナが途端に顔を真っ赤にして「まあ、1着だけ……」としどろもどろになった。
───これ、前世でいうところの〝勝負下着〟よね? コンラートさんとのために用意した方がいいのかしら……?
リリアナは〝勝負下着〟を前に本気で悩んでいた。
「お嬢様、普段使いの下着はこの奥です」
ラナがリリアナの背中をぐいぐい押して〝勝負下着〟の商品棚から遠ざけた。
リリアナが下着をいくつか選んでいると、ラナの声が店内に響いた。
「申し訳ございません! 人違いを致しました!」
リリアナは急いでラナの側に移動した。
「ラナ、私はここよ」
下げていた頭を上げたラナがリリアナを見て「お嬢様!」と口にした。
ラナの前にいた女性は、リリアナを見て驚愕した。リリアナも開いた口が塞がらなかった。
───お……同じ髪の色!! 長さも同じくらい!
女性の瞳の色が翠眼であったことで、先ほどの男性がこの女性と間違えたのだと咄嗟に気づいた。
「差し出がましいことを申し上げますが、あなたはルイーゼさんと仰いますの? 同じ髪色の男性が店の外で人を探しておりました。ご同伴の方ではございませんか?」
「まあ……兄ですわ! 急ぎますので失礼致します!」
ルイーゼは慌てて店から飛び出していった。
リリアナは手にしていた商品を店員に渡し、代金を支払った。
「ラナ、先ほどの女性が心配だわ。追いかけましょう!」
リリアナとラナが店を出ると、ルイーゼがどの方角へ向かったのかまったく分からなかった。
店の前の通りは、行き交う人の波でごった返していた。
「……あれ、お嬢さん! さっきあっちへ行かなかったか?」
リリアナを見た初老の男性は路地裏へ続く小路を指で示した。
「おじさん、ありがとう! ラナ!」
「はい、お嬢様!」
「───嫌な予感がするわ」
リリアナとラナは小路を急ぎ足で通り抜けた。
「あ!」
ルイーゼを見つけた時には、目を閉じたルイーゼは男の肩に担がれていた。
「その女性を放しなさい!」
「お、お、お嬢様……」
「ラナは警ら隊を呼んできて!」
「は、はい!」
ラナは通ってきた道を走って戻っていった。
「誰かと思えば、俺様の懐を長期間暖めてくれた高額少女じゃねぇか……丸腰か? 俺様にはまだツキがあるらしい! ぐっひっひっひ!」
リリアナはスカートの裾を託し上げ、短刀を取り出した。
「……ほう……この俺に勝てると? 面白い! もう一度お前で稼がせてもらおうか、ぐひひ」
男はルイーゼを道の端に降ろし、折り畳み式の短刀をポケットから取り出した。
リリアナは短刀の刃先を男に向け、構えた。
「どりゃああああ!!」
突進してきた男の短刀を、リリアナは自分の短刀で薙ぎ払った。男は短刀を地面へ落とすと「クソッ」と漏らした。慌てて短刀を拾おうと手を伸ばすと、リリアナに短刀を蹴られ、更に遠い場所でカラカラカラと転がった。
「……!!」
「──こっちです!」
ラナが2名の警ら隊を連れてきてくれた。男は警ら隊に捕まり、縄で身柄を拘束された。
リリアナは自分の短刀をスカートの中に仕舞うと、張っていた気が抜けて、よろよろと地面にへたり込んだ。
「お嬢様!」
ラナはリリアナに駆け寄った。
「ラナ、私は大丈夫だから、ルイーゼをお願い」
ルイーゼは気を失っていたが、意識を取り戻すと男に拐われた瞬間を思い出し、身体をガクガクと震わせた。
「ルイーゼ!」
野次馬の人だかりを掻き分けて、ルイーゼの兄が姿を見せた。
「……お兄様!」
兄妹は抱き合うと再会を喜び、ルイーゼは緊張から解放されて号泣した。ルイーゼが落ち着くと、兄妹はリリアナとラナに何度も会釈して立ち去った。
「ラナ、私たちも帰りましょう」
「はい! お嬢様!」
その日の夜、リリアナは帰宅した兄・ナシュダールから大目玉を食らうことになるとは露知らず───。
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