38 晒《さら》された日々
ローズウッド家の応接室にて話し合いが行われる。
「お招き頂き誠にありがとうございます。私はセントアルカナ公国の公爵家、コンラーティシア=セントアルカナと申します。リリアナ嬢がガルシアナ帝国のフィッツモルス辺境伯領から自力で帰れなかったので、私どもがこちらへ連れて参りました」
コンラートはにっこり笑って着座する。
「……フィッツモルス辺境伯領? ガルシアナ帝国の東南端だな」
ローズウッド子爵も同席して、顎に手をやりフィッツモルス辺境伯領の位置を答える。
「はぁ? 自力で帰るって……乗り合い馬車で一体いくらすると思っているんだ? 手持ちの残りを出してみろ、リリアナ」
リリアナはナシュダールに言われて巾着袋の中身をテーブルに広げる。
「いち、にい、さん……銀貨が5枚、銅貨が12枚です。下着を見られるくらい恥ずかしいわ、お兄様……」
リリアナは身を縮こまらせる。
「……お前に無鉄砲なところがあるのは知っているが、いくらなんでもガルシアナ帝国の東の端からこんなはした金で帰ろうなんて無茶過ぎるだろ!!」
「仕方ないじゃない……ロックウェル家ではお給金をもらえなかったんだから……」
「「ロックウェル家?」」
ローズウッド子爵とナシュダールの2人が同時に発し、ローズウッド子爵が続けて訊いた。
「それは、フィッツモルス辺境伯領内の屋敷なのか?」
リリアナは頭を左右に振る。
「いいえ、お父様。最初はロックウェル侯爵領のロックウェル家で、その……タダ働きだったのです。その後、侯爵から帝都のバーズ伯爵家へ行くように言われたのですが、連れていかれたのはフィッツモルス辺境伯家でした」
そこでコンラートが口を挟む。
「ローズウッド子爵殿、実は彼女は9月に入った頃にセントアルカナ公国で誘拐され、奴隷として競売に掛けられ売買されたのです。彼女はかなりの高値で取引され、組織の頭領は味を占めて何度も誘拐事件が発生したので、私が直接動いて売買に携わった組織と貴族たちを取り押さえて処罰している最中なのです」
「……誘拐!?」
「───人身売買、ですね。リリアナを助けて頂いて、恩に着ます」
ローズウッド子爵がコンラートに頭を下げる。
「ローズウッド子爵殿、頭を上げてください。実は私からもリリアナを家族としてこちらに住まわせてあげて頂きたく、お願いにきました。彼女はガルシアナ帝国へ幾度となく連れ去られており、監視が必要です。それと、学習の機会を与えてあげて欲しいのです」
「コ、コンラートさんっ!」
リリアナが慌てふためくと、コンラートがリリアナの顔を見て至極まっとうな意見を述べる。
「リリー、キミは結婚ができる年齢になったとはいえ、もっと教養を身につけるべきだよ」
「俺もそう思うぞ、リリアナ。お前はグレイグルーシュで襲撃されたときの中等部の3年で止まっているんだ。中等部は卒業認定試験に合格すれば卒業と同等と見なされるが、高等部は単位制だから1年生からやり直しだ。入学手続きはしてやるから、まずは中等部の卒業認定試験を受けろ」
「……お兄様」
(このままだと『バラあな』が開始されてしまうわっ!!)
リリアナは、乙女ゲームのことで頭がいっぱいだった。
「───そのことですが……学園生活を送るには少々問題が……」
コンラートはリリアナの顔をちらりと見た上で続ける。
「……実は、リリーのお腹には子が宿っています。これからますますお腹が目立ってくるでしょう。その上で学園生活が送れるかというと……否、ですね。他の生徒たちの格好の噂の的になります」
リリアナの妊娠という事実に、その場は水を打ったように静まり返る。
静寂を破ったのは、アルヴィンだった。
「……それって……僕の、僕の子なのか、リリアナ?」
「おい、どういうことだ、アルヴィン! 妹に手を出したのか!」
ナシュダールが机を叩いて立ち上がる。
「僕とリリアナは愛し合っているんだから、そういうことをするのは当然だ」
アルヴィンがしれっと答えると、ナシュダールが机を回り込んでアルヴィンの服の襟を掴み、喉を絞める。
「───誰であろうと、妹を泣かす奴はこの俺が許さないからな!!」
「あの、お兄様……! お腹の子の父親はアルヴィンではありません!」
「……離せっ!」
アルヴィンはナシュダールの手を振り払い、リリアナに厳しい目を向ける。
「リリアナ! 僕とそういう仲なのに、他の男とも平気でするのか! キミはそんな節操のない女だったのか!」
アルヴィンに一方的に罵倒され、とても悲しくて、悔しくなった。
「酷いわ、アルヴィン……私は奴隷で……逃げられなかったのよ……?」
リリアナは俯くと両手で顔を隠し、涙をひと粒、ふた粒と机に溢す。
「アルヴィン……あなたとの子は、10月の初め頃に流れてしまったの……でも……あなたの態度を見ていると……あなたの子どもが育たなくて良かったと、今は思うわ……」
アルヴィンはリリアナの言葉に腹を立て、リリアナの左横に立ち、右手を振り上げリリアナの左頬を打った。
咄嗟の出来事に、リリアナは自分の歯で唇を噛んでしまい、唇が血で滲む。
「───アルヴィン!! お前……!」
「ナシュダール、キミの妹は大した女だ。男を手玉に取って悦ばすことに長けた悪女だよ。僕はすっかり騙されたんだ!!」
「アルヴィン!! リリアナを愚弄するな!!」
「……今日のところは、僕はもう帰るから……」
アルヴィンの言葉尻は涙声になっていた。アルヴィンは足早に応接室から出ていく。
コンラートはリリアナにハンカチを差し出したが、ナシュダールが止めた。
「公子様、お気遣いありがとうございます。しかし、折角の白いハンカチが汚れてしまいますから、家の侍女に手当てをさせます」
ナシュダールは侍女を呼ぶと、リリアナの手当てと左頬を冷やしてもらうように言い付け、リリアナは侍女と一緒に退室する。
「───公子様は、リリアナのお腹の子の父親が誰なのかをご存知のようですが……? 訊いても差し支えございませんか?」
ローズウッド子爵の言葉に、ナシュダールも頷く。
「……そうですね、彼も居なくなったことですし……」
コンラートは、リリアナのお腹の子はガルシアナ帝国のロックウェル侯爵家の嫡男であるセドリック・ロックウェルが父親であること、リリアナは乱暴されたわけではないことを説明した。
そして、セドリックがグレイグルーシュ領の襲撃でリリアナの祖父母を刺殺した当人であることに、ローズウッド子爵とナシュダールは最大の衝撃を受けた。
「セドリック本人もここまで赴くつもりでいたが、リリーがセドリックの愛を受け止めきれないとセドリック自身を拒否した。彼はグレイグルーシュで引き返し、自分の国へ帰っていったのです」
「───そうでしたか……」
「それで……ここからは、私の話になります。学園卒業後は私が是非ともリリーと結婚したいので、ご家族のお許しを頂きに参りました」
ローズウッド子爵とナシュダールは石化する。
コンラートはにこにこと喜びいっぱいの顔を2人に向ける。
「と、父さん、まさか公子様までがリリアナを……」
「ああ……あの子は自分の魅力にはまるで無頓着なんだろう……」
ローズウッド子爵とナシュダールは2人揃って大きな溜め息をつく。
「時間も遅くなってきましたが、失礼ですが夕食はお済みでしょうか? まだでしたらお酒も交えて是非ご一緒に……」
「───大変ありがたい申し出、恐縮至極にございます。是非ともご一緒させて頂きます」
コンラートは頭を下げる。
ナシュダールはコンラートと2名の部下を、食事の席まで案内した。
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