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35 セドリックの葛藤

長い間、更新が滞ってしまいました、すみません!

大変お待たせ致しました!


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


服を着て身だしなみを整え、リリアナがコンラートと2人で宿の部屋を出ると、ドアの外にはセドリックが立っていた。

「……随分とごゆっくり(、、、、、)お二人でお過ごしでしたね、公子様」

セドリックの言葉には(とげ)があった。

「セドリック殿、私とリリーは恋人同士であると前にも申し上げたはず……これ以上の詮索はリリーの尊厳に関わるのでご容赦願いたい」

コンラートはスマートに切り返した。

リリアナは後ろめたさからセドリックの顔を見ることが出来ず、コンラートの背中に隠れた。その様子は、セドリックを傷つけるには充分だった。


「……先に下で待っている」

そう言い残すと、セドリックは2人の前から立ち去った。

───まるで俺が邪魔者ではないか!!

2人を見て、セドリックに苛立ちが沸き起こった。


───いや、違わないのか……割り込んだのは俺なのか……。

セドリックは激しく落ち込んだ。


今まで異性に対して不自由を感じることはなかった。(むし)ろ、異性から言い寄られることの方が多く、相手によっては苦手意識も持ち合わせていた。その中でも後腐れのない異性とは割り切った付き合いをしてきたつもりだった。

ところが、セドリックの前に突如現れたリリーと名乗る少女は、クラレンスから奴隷だと聞いていたのに見目がとても美しく、仕草の初々しさがセドリックの心に刺さった。

おまけに、腕に自信のあった剣術では、帝国の上位軍人であるセドリックよりも少女の方が更に強者であったなどと、他人に知られてはならない事象まで起こった。

セドリックは、次第に少女に惹かれていき、欲が出て自分だけのものにしたくなった。そして───。


───リリーは俺を受け入れてくれた……!

天にも昇る心地とは、こういうことなのだ。


高揚感から、少女のすべてが欲しくなったセドリックは、己の欲望を止めることができなかった。今までどれだけ美しいと云われる異性を抱いても、こんな気持ちになったことはない。

───リリーを手放したくない。ずっと、俺のそばに……。


『明日からバーズ家にお仕えすることになりました』


───どういうことだ!? リリーがこの家から居なくなるだと?


リリーを自分に引き寄せ、強引に唇を奪った。とろけた表情のリリーに俺の理性は吹き飛んだ。肌と肌を合わせ、俺はこんなにもリリーを愛しているのだと、愛を注いだ。

その後のリリーの消息は不明になった───。


そして2日前、早朝にセントアルカナ公国の公子と名乗る男が侯爵家を訪ねてきた。

セントアルカナ公国という名前に、以前に夜会でヨハネス皇子の発した言葉が甦った。


───この優男が、リリーの恋人……?


会話に同席させてもらうと、俺にはまったく口を割ろうともしなかった親父が、公子の威勢でリリーの居所を簡単に喋った。

公子は直ちにフィッツモルス辺境伯家を訪ねるというので、俺も同行させてもらった。自分の恋敵(こいがたき)であるのに、父親よりも信頼できる相手だと感じ取ったからだ。

悔しいが、俺は公子よりも劣っているのだ。



「───セドリック様」

リリーの声にハッと顔を上げた。

「今日は、コンラートさんの馬……」

「順番なのだから、皆まで言わなくても分かっている」

自分が不貞腐れているのは自覚している。リリーに対して投げやりになり、リリーの言葉尻を遮った。

「いえ、今日はコンラートさんではなく、セドリック様の馬に乗せてください」

リリーは俺に優しく微笑んで、言い掛けた言葉を最後まで紡いだ。

俺はリリーの言葉や態度で気分が変わる単純な男になってしまっていたようだ。

「……ああ、大丈夫だ」

先ほどまでの苛々した棘棘(とげとげ)しい気持ちはもうどこかへ消えてしまった。

代わりに、少し離れたところで不機嫌そうにしている恋敵(こいがたき)よりも自分の方が(まさ)ったのだと身震いすら感じていた。


   ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「今日はいよいよ国境を超えて、ルーデンベルク王国へ入国する」

朝食の席でコンラートが全員に向けて宣言した。

「……セドリック殿は慎重に行動するように」

コンラートはセドリックをチラ見して釘を刺した。名指しされたセドリックは口ごもった。


「コンラートさん、この国境を超えた先のルーデンベルク王国の領地はどちらですか?」

「この先は、グレイグルーシュだ」

リリアナのふとした質問に、コンラートが答えた。

「……グレイグルーシュ……」

リリアナは複雑な心境だった。

───アルヴィンに逢わなければ、いいだけの話よ。


関所と云われる検問所で全員のチェックが済むと、国境を無事に通過した。もうその場所はルーデンベルク王国の中だった。

ここからは馬に乗り、移動することになる。

リリアナはセドリックの馬に乗せてもらい、セドリックも自分の馬に颯爽と跨がった。

「リリーはあまり馬を怖がらないのだな」

「……グレイグルーシュでは幼い子どもも剣術と馬術を習わされるの。だから私、実はひとりで馬に乗れるのよ」

にこりと微笑むと、安心したようにセドリックも「そうなのか」と微笑み返した。

30分程度、馬のペースでグレイグルーシュのメインストリートを闊歩していると、夏に見た景色が近付いているのを感じ取った。

あの時は、雑草の緑が濃く繁った荒地や主の居なくなったお屋敷の前を、アルヴィンに手を引かれて歩いて通り過ぎた。

今は冬季の真っ只中、あの時の緑の雑草は枯れ草に変わり果て、時折吹きすさぶ風は頬を撫でられると冷たいというよりも痛く感じる。

そして拓けた場所に出た。


「止まってください! 左側の広場に用事があります!」

リリアナはセドリックの馬から我先にと飛び降り、広場の奥へ走り出した。

リリアナの咄嗟の行動に、全員が馬から降り、コンラートとセドリックはそれぞれ自分の馬の手綱をコンラートの部下に預け、リリアナの後を追った。


セドリックがリリアナの姿を見つけると、リリアナはある墓石の前で座りこみ、何事かをぶつぶつと呟いていた。

コンラートもリリアナの姿を捉え、歩みを速めた。

セドリックがリリアナに近寄り、墓石に刻まれた文字を読んだ。


「……カルダス男爵夫妻、ここに眠る──!」

「私の、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんなの…………セドリック様……私には分からない……どうして、武器を持たないお祖母ちゃんたちが殺されなければならなかったの……?」

「───本当に、俺はリリーに対して取り返しのつかないことを」

リリアナはセドリックに顔を向けた。

その顔は今にも泣きそうな、それを必死で堪えて歪んだ顔つきだった。

「セドリック様は私に『俺を憎め』と言ってくださったわ。でも、もう嫌なの! セドリック様が私に優しくしてくださると、憎むことができない……!!」

2人の(そば)で話を黙って聞いていたコンラートは、リリアナに駆け寄ると、リリアナの顔を自分の胸に押し付けた。

コンラートのさりげない気遣いは、リリアナの堪えていた涙腺を決壊させるには充分だった。

───これは、私の声なの?

泣き声というよりは悲鳴に近かった。


───私……叫びたかったんだ……。

コンラートさんが私の背中を撫でてくれることで安心して泣いていられる。

ありがとう、コンラートさん……。


しばらくして、しゃくり上げるようになるとセドリックに向けて言葉を発した。

「……セドリック、様……ヒック……私…ヒィッ……あなたの、子ども……ヒィ…ック……産みたく、ありません……ヒック…()ろし、ます……ヒィ…ック……セドリック様の、顔も……ヒィック……もう、見たく、ない……! ……ヒ…ック…」


セドリックは目の前が真っ暗になった。自分の好いている異性に拒絶されるなど、今までになかったからだ。

何故か、笑いが込み上げてきた。

「……あ……ははっ……公子様……こんなところまでついてきてしまいましたが、私はリリーから完全に嫌われてしまった。私はこれから自分の国へ帰ります……もう、二度と会うこともないでしょう」

セドリックは(うつむ)くと、(きびす)を返し、すたすたと自分の馬のところへ戻った。

コンラートの部下から自分の馬の手綱を受け取り、ここで帰国する(むね)と今までの礼を伝えて、馬に跨がるなり元来た道を駆け抜けていった。


風が目に当たって痛くて涙が出る。そうだ、この涙は風のせいだ───。


───今度こそさよならだ、俺のリリー(愛しい人)……。

涙を流しながら〝氷の騎士〟は先ほど通過したばかりの国境の検問所を目指し、馬を走らせた。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

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