34 激情のコンラート
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アルヴィンは騎士養成学校の冬季長期休暇を利用して、グレイグルーシュ辺境伯家に帰省していた。
(リリアナと逢えないまま、もう4ヶ月……。リリアナの両親の離婚で逢えなかった2年間よりも期間が短いのに、どうしてこんなに不安になるのだろうか……?)
『セントアルカナ公国の公子にリリアナは俺のものだと言われて───』
レイノルドの言葉が何度も頭をよぎる。
あの時、2日前に会ったリリアナは自分と結婚してくれると即答したばかりだった。嘘を吐いているようには見えなかった。
ドルマン伯爵令嬢と婚約している間はイチャイチャ出来ないとまで言わせてしまったのに───。
未だに婚約破棄もできずにズルズルと長引かせている。僕はなんて不誠実なんだ……。
領地経営すらまともに機能させる気もない自分の父親はもう当てには出来ない。自分で直接ドルマン伯爵家に赴いて婚約破棄の手続きをしに行こう。そして、セントアルカナ公国にいるリリアナを迎えに行く……!
「……リリアナ……今すぐに逢いたい」
コンコンとドアがノックされ、「ドルマン伯爵令嬢がお見えです」と声が掛かる。
「僕は居ないと──」
「帰省して在宅していると申しましたので応接室へお越しください」
しぶしぶ重い腰を上げて階下へ降りた。
応接室のドアをノックして入室すると、令嬢だけではなく、ドルマン伯爵も同席している。向かいのソファにはアルヴィンの父が掛けていたが、顔色は真っ青だった。
「ドルマン伯爵までお越しでしたか。遠いところをわざわざ……」
「本当にこんな辺鄙なところへよくうちの娘は通ってくれたものだ」
アルヴィンはその返答に苛立ちを覚えたが、平静を装う。
「本日グレイグルーシュ辺境領までお越しになった理由は……?」
「この度の婚約を破棄させて頂くことにした。娘にいつまで経っても振り向いてもらえない相手と結婚したくないと泣かれまして、政略結婚とはそういうものだと言っても、こんな何もないところへ嫁ぐなんて嫌だ、無理だと……」
「───何もない。それは本当のことですから、否定はしません」
アルヴィンの父は息子にまで追い討ちをかけられ、身を縮こませる。
婚約破棄の手続きはトントン拍子に事が運んだ。
云うなれば、令嬢の一喜一憂で話が大きく動いたのである。正にアルヴィンとドルマン伯爵令嬢のどちらが先に折れるかの根比べであったことは間違いようもなかった。
そして、今回はドルマン伯爵令嬢からの申し出なので慰謝料などの取り決めは一切なしであった。ナシュダールが警告してくれたことは杞憂に終わり、アルヴィンは心の内では安堵していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはよう、リリー」
「……コ……!!」
目覚めて早々に、コンラートの一糸纏わぬ姿にリリアナは硬直する。
「お願い、服を着て!」
それから、自らのあられもない姿に驚き、上掛けを手繰り寄せ、肌を必死で隠す。
「昨日のリリーは可愛かったよ」
「……もう、コンラートさんとはしません」
リリアナは唇を尖らせる。
その唇をコンラートがすかさず奪う。
「~~~~~っ!!」
「そんな可愛い顔をするから、僕がキスしたくなるんだよ」
茶目っ気たっぷりのコンラートが、リリアナの顔を覗き込む。
「リリーの好きな人は誰? って訊いたら、誰の顔が思い浮かんだ?」
「……その人は、コンラートさんではありません」
(アルヴィン、今はどうしてる……?)
「───もしかして、前に言っていた辺境伯家の彼?」
「……え……? えぇ、そうです。彼は辺境伯家のひとり息子なの」
「『えりな』、俺が作った世界だから結末は俺が知ってる。その男はやめておけ」
「コンラートさんまで、ミレーネと同じことを言うのね……どうして? アルヴィンが不幸になるの?」
リリアナの瞳にはみるみるうちに涙が溢れ出す。
「……ミレーネ? 他にも転生者がいたのか……」
「ミレーネはベルナーゼの取り巻きのひとりよ。辺境伯の彼も、前世の私の幼馴染みが転生してるの……どうしたらいいの……?」
「俺のシナリオでは、彼の家は子孫を残せずに没落する」
「───!!」
指先から血の気が失われて、次第に身体が冷たくなったような気がした。指先が微かに震える。
「私が……アルヴィンとの子を流産したから……?」
「僕とセドリックだけじゃなかったのか」
「……初めては、アルヴィン……でも私、コンラートさんのことも好き……ごめんなさい」
(言い寄ってくる人たを拒否して悲しい顔をたくさんさせてきた。今までそんなことで何も感じることはなかったのに、どうしてもコンラートさんの悲しい笑顔だけは、見たくない……)
「私……コンラートさんの笑顔が好き。私のせいで悲しい顔をさせたくない」
「……リリー」
コンラートはリリアナの身体に巻き付いた上掛けを外すと、リリアナを優しく抱きしめる。
「リリー、僕はキミを愛してる……」
リリアナが瞳を閉じると、瞳に蓄えていた涙が流れ落ちる。コンラートはリリアナの涙で濡れた頬を唇で吸いとると、唇を重ねる。口を舌でこじ開け、舌と舌を絡ませる。
「コンラートさ……」
「我慢できない……リリー」
荒々しかった。普段はおとなしい獅子をひと度怒らせると、こんなにも激しい……。でも、そんなコンラートさんも愛おしい──。
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