32 魅惑のフライドポテト
注*飯テロになりそうなので、夜中にこの話を読むのはお勧めしません。
「セドリック様!?」
寝たままの姿勢のリリアナがセドリックの名を呼んだ。
「……リリー、おはよう」
セドリックはリリアナの左手首を掴んだままで人差し指を甘噛みし、手の甲にキスを落とす。
その瞬間、顔がまるで沸騰したかのように真っ赤になると同時に、『えりな』は自身の恋愛耐性メーターが振り切れた。
「ふっ、2人とも! 離れて!」
「──!?」
「──リリー?」
『えりな』はリリアナの両耳を手で塞ぎ、ブツブツと呟く。
「……異常なのよ……そもそも……男の子と恋愛なんてしたことのない私が……」
「──中身は高校生だもんなー……喪女だったんなら知らねぇしな……」
コンラートはリリアナの今の状況を理解して苦笑いする。
「……コウコウセイ? モジョ? 公子様は我々の知らない難しい言葉をご存知なのだな」
セドリックはコンラートの発する言葉をひとり、生真面目に称賛する。
「リリー、朝メシは食えるか?」
「あっさりしたもの……サラダとかなら……」
「──チッ!」
コンラートが苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
「お前そんなんじゃ今日一日持たねぇだろ!」
「私だってマックのフライドポテトが食べたい!!」
「我が儘言うなよ! この世界には無い物を……いや、作れる……のか」
「──え?」
コンラートは宿屋の食堂の炊事場を借りて、リリアナのためにフライドポテトを作ることにした。ジャガイモは宿屋の厚意で5個もらえた。
コンラートの部下たちは上司のすることに疑問を抱く。
「リリアナ様、コンラーティシア様は何を……?」
「私がサラダしか今は食べられないって言ったら、作ってくれるって……」
───フライドポテトを。
ハッとして椅子から立ち上がると、リリアナはコンラートの立つ炊事場の入り口で何か手伝うことは無いかを訊いた。
「それなら……ジャガイモの皮、剥けるか?」
「ピーラーどこ?」
「そんなもんあるか! ナイフ1本でだ! じゃあ揚げることは? 竈を使ったことは……無いだろうな……現代人め!」
「竈とか知らないわよ……私んちはIHクッキングヒーターだったし……」
「ガスが普及する戦後まではどこの家も竈だったんだぞ! ……細切りにしたジャガイモから出る水分を拭くくらいは出来るだろ?」
「───それなら出来る!」
コンラートがナイフで細切りにしている隣で、『えりな』はせっせと布でジャガイモを拭いては皿に積み上げていく。
「……何でそんなに詳しいの?」
「仕事が煮詰まると気分転換にソロキャンプしてたからな。あとは祖父母の家が竈に五右衛門風呂だ」
「五右衛門風呂って?」
「薪をくべて直火で水から風呂を沸かすんだよ。直火だから浴槽の底にはスノコを敷いとくんだ」
「へえー」
話をしている間に、コンラートは手際よく鍋に調理油を入れて、竈の火を調節する。
「揚げていくぞ」
皿に積み上げた半分の量のジャガイモが、鍋に投入された。
途端にジュワ~という音とともにジャガイモ1本1本の周りに細かい泡が立つ。
「周りの泡が少なくなると、揚げ終わりだ」
コンラートはササッと油からジャガイモを全部引き上げ、新たな皿に盛った。そして、残りのジャガイモをすべて鍋に投入する。
「揚げ網やらキッチンペーパーの無い世界だからな……揚げ物の文化だけでも広めたいな……」
「普通のジャガイモだと随分と短いのね」
「あの長いポテトはジャガイモの品種改良でデカいんだ。広大な土地を持つアメリカだからこそ成せるわけだ。その広大なジャガイモ畑も世界的大富豪のビ○・ゲイツがマク○ナルドにタダみたいな値で貸してる土地だとか……そろそろ出来上がりだな」
そう言うと、鍋の中のジャガイモをすべて掬って皿に入れた。コンラートはここで竈の火を消し、塩の在りかを宿屋のおかみさんに訊ねる。
「美味しそうな匂いだね。それ、アタシとうちの旦那も食べてみてもいいかい?」
開封された塩の袋を渡しながら、おかみさんに訊かれたが、コンラートはあっさりと了承した。
コンラートが2つまみほどの塩を揚げられたジャガイモにまぶし、『えりな』は1本つまんで頬張る。
「──美味しっ!」
途端にぼろぼろと涙が零れた。
「前世の……懐かしい味だあ……ありがと、コンラートさん……やだな、涙止まんない」
「……どう致しまして。ジャガイモは炭水化物。つまり、エネルギーは今のお前に必要なものだ」
コンラートはポンポンと、リリアナの頭を軽く撫でた。
「ふえ~ん、美味しくて止まらない」
「立って食べないでテーブルで座って食べなさい」
「は~い」
コンラートに母親のように諭されて、『えりな』はポテトのお皿をセドリックたちのテーブルへ移動させる。
「リリー、それが公子様が作ってくれたものか。いい匂いだな」
「セドリック様も1本どうぞ」
リリアナは無意識に指で摘まんだ1本のポテトをセドリックの口元へ運ぶ。
パクッとポテトがセドリックの口の中に入り、リリアナの指もチュッと吸われてしまった。
「……美味い。この指も」
「セ、セドリック様!」
『えりな』はまたしても顔が真っ赤になり、恋愛耐性メーターが最大値まで振った気がした。
コンラートの部下たちも皿からポテトを1本ずつもらい食べると、食感と香ばしさに感銘を受ける。
「コンラーティシア様、王宮の料理人にも作り方を伝授頂きたい味でございます!」
「ただのジャガイモがこんなに美味しいものに!」
食堂での騒ぎに、宿屋の主人とおかみさんも「1本もらうよ」とポテトを頬張った。
「揚げたてもいい匂いがしてたけど、ふ~ん、塩を少しかけるといいのかい。これは美味いねぇ」
「かかあ、お前にこれが作れるのか? うちの宿の名物になっちまうぜ」
宿屋の主人は、これは金儲けになりそうだと見たらしい。
誰にも盗られまいと、『えりな』は残りのポテトを口いっぱいに頬張って満足していた。
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