28 カストロ vs. リリアナ
「マリエール様、刺繍の続きはまた今度教えてください」
「ええ、リリーは見込みがあるわ」
2人でふふ、と笑い合う。
「マリエール様、ここは私が片付けておきますから、婚約者様のところへおいでなさってください」
「リリー、ありがとう」
マリエールはリリアナを部屋に残して、婚約者のカストロ・ウィンダールの元へ足を運んだ。
「カストロ様、ごきげんよう。今日はどうなさったのですか?」
マリエールはカストロの向かい側のソファに掛ける。カストロはどうやら虫の居所が悪いようで、不機嫌さを隠すこともなく、不躾な態度だった。
「……君は一体いつになったら僕のいうことを聞いてお針子仕事を辞めるというんだ」
「あら、わたくしはまだカストロ様の妻ではありませんので、命令に従う必要はなくって?」
ドアがノックされ、リリアナがマリエールのお茶を持って部屋に入る。カストロはマリエールの前にお茶のセットを並べるリリアナに目を奪われ、リリアナが部屋を出るまでカストロの視線はリリアナから終始外れなかった。マリエールはそんな婚約者の様子を物憂気に眺める。
「……と、とにかくだ! そんな下人がするようなことを貴族である君がわざわざ仕事にしなくてもいいだろう? それとも君は僕に恥をかかせたいのか?」
「趣味が高じて仕事になさる方もいらっしゃいます。わたくしのしたいことを恥と仰るあなたに、どんな誇れるものがあるのかしら?」
マリエールは澄ました顔でお茶をすする。
(ふう、カストロ様の相手をするのも疲れるわね。伯母様から押し付けられたこの婚約、さっさと破棄したいわ……)
「──女の癖に生意気な……! その態度、改めないなら僕との結婚は無いものと思え!」
「まあ! 本当ですの? 願ったり叶ったりですわ! 早速お父様に婚約破棄の書類を作成頂いて、ウィンダール家のご当主様に承諾をもらいましょう!!」
カストロはてっきりマリエールが縋りついてくるものだと思っていたのに、逆に明るい笑顔で婚約破棄を喜ばれてしまい、思惑が外れて憤慨する。
「───やはり、婚約破棄など絶対にしないからな!」
カストロが脅すように言うと、マリエールは嘆息をつく。
「平行線ですわね……カストロ様は我が家に婿入りして頂くに当たり、何かしらの武技に秀でているのでしたか? 我が家はただの伯爵家ではなく、この国の国境の要衝とも云うべき辺境伯なのです。甘い考えでいられては困ります!!」
毅然とした態度のマリエールにカストロはたじろぐ。カストロはウィンダール伯爵家の二男で、ウィンダール家は優秀なカストロの兄が継ぐことが決まっており、肩身の狭い思いをしていた。
「わたくし、〝氷の騎士〟様のような強い殿方を所望しておりますの。わたくしのお父様は一線を退いたとはいえ、軍の第一騎士団に所属しておりましたのよ? ハッキリ申してカストロ様では次期辺境伯の座は力不足と感じます」
マリエールはカストロを見据える。
「……くそっ! 君は僕の実力を知らないからだろう! 剣術では成績は上位だったんだ!」
「上位? 戦場では勝つか死ぬかのどちらかです! ですからあなたは考えが甘いと私は口を酸っぱくして言うのです。カストロ様、今から我が家の訓練場で打ち合い稽古に出てもらえますか?」
「望むところだ!」
マリエールは「辺境伯も訓練場へ来るように」と侍女に言づける。
訓練場ではこの領内の子どもたちが剣術の練習に勤しんでいた。
「お嬢様! いかがなされましたか!?」
主に子どもたちを相手に剣術の指導をしているトマソンが慌てて駆けつける。
「あら、トマソン。こちらのカストロ・ウィンダール様の実力を測るのに丁度よい対戦者はいらっしゃるかしら?」
「それなら……」と辺りを見回し、
「最近入ってくれたリリー嬢にお任せしてはいかがでしょうか?」
と、壁際で休んでいたリリアナを指名した。
「リリー?」
「お嬢様のお屋敷の侍女ですよ」
トマソンはニヤリと笑みを浮かべる。
「あら、リリーったら剣術ができるのを隠していたのね」
リリアナはマリエールが訓練場に来ているのに気付き、即座に側に寄る。
「マリエール様、いかがなさいましたか?」
「リリーに私の婚約者のカストロ様と手合わせして欲しいのだけど、お願いできるかしら?」
リリアナがカストロの姿を捉えると、カストロは顔を真っ赤にしてゴクリと唾を飲み込む。
「承知致しました、マリエール様。カストロ様、よろしくお願い致します」
領主である辺境伯も訓練場に顔を出す。
「マリエール、訓練場へ私を呼び出してどうしたんだ」
「──お父様! お願いがあります。婚約者のカストロ様の剣技がこの辺境伯の騎士として実力が伴わないのであれば、婚約を破棄にする材料にして頂きたいのです」
マリエールは必死に嘆願する。
「うむ……私もカストロ殿の剣の腕前を見てみたかったから丁度いい」
カストロが防具を着け、リリアナとの対戦の準備が整い、木剣を手にとる。
「……この僕を甘く見たことを後悔させてやる」
リリアナも木剣を持ち、開始の線に立つ。
「──両者、始め!」
トマソンが開始の合図を掛けると、先に飛び出したのはリリアナだった。カストロは防御の構えでいたが、リリアナの一撃で木剣を弾き飛ばされる。
「「……えっ?」」
「ま……まだだ!」
カストロは木剣を拾い、再度防御の構えをとったが、またもや一撃目に木剣を弾き飛ばされ、リリアナは切っ先をカストロの喉元に当てる。
カストロは再び木剣を拾うと、開始の線に立つ。
今度はリリアナに叩き落とされ、ガランと木剣が転がる。リリアナの剣先は、カストロの首元にぴたりと当たっていた。
「……もう一度! 今度はこっちから行く!」
防御体制で構えていたリリアナに、カストロが一直線に向かってきた。カストロの渾身の突きが放たれたが、リリアナは怯むことなく瞬時に姿勢を低く構えると、カストロの突きを下から薙ぎ払う。
カストロの持っていた木剣は弾き飛ばされ、リリアナは己の剣をカストロの首にまたしてもピタリと当てる。
「ま……参った……」
「──勝者、リリー!」
わぁっ、と訓練場に歓声が沸き起こる。
「お父様、カストロ様はリリーに手も足も出ませんでしたわ!」
「──婚約破棄の手続きを進めよう。アレが私の後釜に収まるなど、あってはならぬ」
辺境伯はカストロに軽蔑の眼差しを送ると、訓練場から速やかに立ち去った。
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