21 ロックウェル侯爵家
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コンラートは焦っていた。
3日前に部下が『ラフラの店』へ出向いた時にはリリアナは店に居て何も問題はないと報告を受けた。しかし、その日の夜にバルへコンラート本人が立ち寄ると、まだ出勤していないのだと言われる。『ラフラの店』にも訊ねてみたが、部にも戻っていないという。そしてもう3日目だ。
自分から『何か大変なことがあったら、誰よりも先にキミの元へ駆けつける』なんて大層なことを宣言したのに、場所すら特定できないなんて……!
自分を不甲斐なく思っていた。
何か手掛かりがあれば……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ロックウェル侯爵家に着いたリリアナは馬車から降りると、クラレンスから「お前の出入り口はこの玄関ではない! この屋敷の裏の使用人出入り口だ!」と言われ、クラレンスに屋敷の裏へ連れられた。縄はまだ後ろ手に縛られたままだ。
使用人出入り口の前に着くと、
「おい! 誰かいないか!」
と出入り口に向けてクラレンスは屋敷の使用人を呼ぶ。
「クラレンス様! いかがなされましたか?」
年配の女性の使用人がひとり出てきた。
「今日からこの少女をお前たちの下働きに使ってもいいそうだ」
リリアナはその場でクラレンスに押され、そのまま土の上に転がる。
「まあ、みっともない」
年配の女性は意地悪く笑う。
クラレンスはリリアナを一瞥すると足早に立ち去る。
「早く立ちなさい!」
年配の女性はリリアナの手が使えないことを分かって尚も急き立てる。
そこへ女性の後ろに立った別の女性がリリアナの前に出て、手首の縄をほどいてくれた。
年配の女性は、ふんと鼻を鳴らして奥へ引っ込んでいった。
「……ありがとう」
「いいのよ、ここではみんな優しくなんてしてくれないから。私はメリッサよ、あなたの名前は?」
「リリアナ……リリーと呼んでください」
「よろしくね、リリー」
「こちらこそ」
メリッサは藍色の真っ直ぐな髪の毛を後ろでひとつに括っていた。リリアナには、顔のそばかすが彼女のチャームポイントにも見えた。
「リリー、朝食は済ませたかしら?」
「この3日間、何も食べていないから、食べさせてもらえるなら頂きたいわ」
「まあ、3日も!? じゃあ胃がびっくりするからスープがいいわね。手を洗ってからそこのテーブルの席に着いて」
メリッサは大鍋からスープをボウルによそって、リリアナの前にスプーンとスープの器を置いた。
メリッサはスライスされたパンも一緒に添えた。
「いただきます」
手を合わせてからリリアナはスープを口にした。
口の中に食べ物が入るのが久し振りだったリリアナは、自分でも気付かぬうちにボロボロと涙を溢していた。
「……ふ……う゛う゛~~~! わ……たし……どうして……」
4日前まではセントアルカナ公国で穏やかな日々を過ごしていたのに───。
悔しくて悔しくて悲しい感情がどっと一気に押し寄せて、涙が止まらなくなる。メリッサはずっとリリアナ背中をさすってくれていた。
「大丈夫よ、大丈夫」
「……メリッサ……気持ちの整理がつかなくて……ごめんなさい……」
「いいのよ」
パンをスープに浸してからスープを飲んで、入っていた具材と柔らかくなったパンを食べたらお腹が落ち着いた。
「食べたならさっさと着替えて仕事につきな!」
先ほどの年配の女性がリリアナの給仕服をリリアナに投げて横やりを入れる。
名前はイジーヴァさんというらしい。
メリッサがいうには『イジワル婆さんで“イジーヴァ”なんて名前通りで面白いでしょ?』と茶化したのでリリアナも、ふふ、と笑う。
「新入り! お前にはお屋敷の廊下の窓拭きと床掃除を任せるよ!」
「……はい」
「いいかい? くれぐれもこの家の旦那様や坊っちゃんたちに失礼のないようにするんだよ! 分かったね!?」
「……はい、イジーヴァさん」
リリアナは雑巾を手にすると、窓を1枚ずつ拭いていく。掃除くらいは『ラフラの店』やバルでは普通のことだったので、苦はなかった。
「この場所汚れてるぞ! 掃除はまだか!」
「はい! 今すぐやります!」
「……見ない顔だな、新入りか?」
「はい、今日から入りました。リリーと申します」
頭を下げながら、この人は使用人ではなく、お屋敷の息子さんなのだとリリアナは瞬時に理解する。歳はリリアナよりも少し上に思えた。
まだこのお屋敷の住人の顔と名前が分からないのに、どのように接すれば良いのだろうか……?
「──もしかしてお前なのか? クラレンスが持ち金全部払って買ったという奴隷は」
「………」
「……まあいい、リリーだったか……存分にこき使ってやるから覚悟してろ」
ふい、と踵を返して2階のドアのひとつを開けて部屋に入っていった。
「ああ、それはご長男のセドリック様よ」
「セドリック様?」
「銀髪で突っけんどんで無遠慮な物々しい態度だったんでしょ? 本人よ」
メリッサが教えてくれた。誰に対してもあのような態度らしい。
「あとは長女のフローラ様ね。フローラ様はセドリック様と違って侯爵令嬢らしく、たおやかで物腰も柔らかいわよ。それから、末っ子の二男のテオドロス様は自由奔放といったところね」
「リリー! リリーは居るか!」
「……早速セドリック様が呼んでいるわよ、リリー」
『こき使ってやる』って、一体何をされるのやら……。
「はい! ただいま参ります!」
まだ部屋の場所がうろ覚えだけど、確かこの辺り……とドアをノックする。
「リリーです。セドリック様、お呼びでしょうか?」
「──何をしている。そこは妹のフローラの部屋だ」
リリアナのいるドアではなく、右側のドアからセドリックが顔を出して呆れた声で言う。
「す、すみません! 部屋の場所を教えてもらっていなくて……」
「茶を持ってこい!」
それだけいうと、セドリックはまたしても部屋に引っ込む。
茶葉を入れたティーポットに湯を注いでから、トレイに1客のティーセットとポットを載せて、セドリックの部屋をノックした。
中から「はい」と返事があったので、「お茶をお持ちしました」と答える。
「失礼します」と部屋に入ると、セドリックがリリアナを蔑んだ目で見ていた。
セドリックと目を合わせずにソファーセットのテーブルにティーセットを並べ、カップにお茶を淹れる。ポットはあと1回分残っているので置いていこうとした。
咄嗟に、セドリックに右腕を掴まれる。
「セドリック様……?」
「───お前は、俺を悦ばせることができるのか?」
セドリックの目には、僅かに嗜虐心を含んでいた。
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