02 別れがこんなに悲しいなんて
───4年後。
リリアナ・ローズウッド、10歳。
ナシュダールお兄様は最近、『アルヴィン』と『レイノルド』の3人で遊ぶことが多くなった。たまに私も遊びに混ぜてもらう。
木登りや川遊びだったり、おおよそ女の子は嫌がる遊びに私がついていけていることから、アルヴィンとレイノルドは私に対して嫌悪感を抱くことはないようだ。
それよりも、ベルナーゼが私の後をついてきては「服が汚れる」だの「水に濡れたら風邪をひく」だの文句ばかりで、お兄様たちもうんざりしていた。
じゃあついてこなければいいのに、「リリアナができるんだから私だって!」と変な対抗意識を燃やしてくる始末……。
私は空気を読んで、
「じゃあ、お兄様、私は先に家に戻るわね」
と告げると、
「待ってよ、リリアナ! 私も一緒に戻るわ」
とベルナーゼも漏れなくついてくる。
アルヴィンとレイノルドの2人が安堵の表情を浮かべているのが手に取るように分かったけれど、ナシュダールお兄様の悲し気な顔に後ろ髪を引かれながら、私はお兄様たちに手を振り、自宅の方向へ歩き出した。その後をベルナーゼが追いかけてくる。
「……もう! リリアナったら、どうして急に戻るなんて言い出すのよ!」
自分のせいだとは露ほどにも思わないのがベルナーゼなのよね。
「リリアナ、今から私のおうちでおままごとしませんこと?」
「……いいけど」
「リリアナ、お残しはダメよ! 食べなさい! さあ!」
目の前に土で丸玉にされたものが3つ、白い皿に載っている。それを食べろとベルナーゼが押し付けてくる。
ひとつを手にとって、むしゃむしゃと食べるふりをしたが、それではダメだと言う。じゃあ、どうするのかと訊いたならば、ベルナーゼは皿に土だんごが載ったまま、リリアナの顔にぐしゃりと押し付け、「まあ、そんなに食べたかったのね」とほくそ笑む。
ベルナーゼはリリアナの顔から皿を外すと服にも土が落ち、顔と服が汚れたのを見て「いい気味」とせせら笑った。
リリアナは自分に『泣くな!』と渇を入れ、ベルナーゼを見てニタリと笑う。
ベルナーゼはたじろぐと、一歩後退りして「な、何よ! 伯爵令嬢の私の方が偉いんだからね! フンッ!」と強気になった。
リリアナは俯くと、その場から走って逃げ出す。走った方向は自宅とは反対の方角で、顔も服も汚れた状態のまま走り続けると、先ほどお兄様たちと別れた川のほとりまで戻ってきていた。乱れた息を整え、回りを見回してもお兄様たちの姿は見当たらない。
川面に顔を映すと、土で汚れて酷い顔の私。川の水をすくって何度も何度も顔の汚れを落とし、土臭い口の中をすすぐと、自然と涙が溢れて嗚咽に変わってしまっていた。
しばらくして泣き止むと、エイヤッと服を脱ぎ、下着姿になったリリアナは川の水で服についた土や泥をザブザブと洗い流す。
「リリアナ?」
耳に自分の名前を呼ぶ声が届いて、誰の声なのかとキョロキョロと回りを見ても誰もいない。
リリアナは川から服を引き上げると、か細い腕の力で必死に服を絞って水気を切り、服を広げてパンパンとしわを伸ばした。
まだ濡れているけれども、着ている間に乾くだろうと、湿った袖に腕を通して水が滴り冷たい服を着る。
「リリアナ? どうしたの?」
後ろを振り返ると、アルヴィンがリリアナを心配そうに見ていた。アルヴィンの他には誰も居ない。
「……アルヴィン……何でもないわ」
「でも、服が濡れているじゃないか」
「着ていれば乾くから気にしないで」
「気にするよ! 風邪をひくだろ! 僕の家においで!」
と半ば強引にアルヴィンの家に連れていかれた。
アルヴィンは侍女たちに「彼女の服と下着が濡れてるみたいだから着替えさせてあげて」と言った。
「それと、温かい飲み物を」
着替えのために別の部屋に行き、乾いたタオルでしっかりと身体を拭いてもらい、代わりの服を着て、自分の服が乾くまでアルヴィンとカードゲームをしたり本を読んだり、楽しく過ごした。
その間に服も乾き、リリアナは自分の服に着替えると、アルヴィンと侍女たちにお礼を言う。
それから時折、リリアナはアルヴィンの家に遊びに行ったり、ナシュダールお兄様とレイノルドの3人で遊んだり、楽しい日々はあっという間に過ぎ去っていった。
「アルヴィン、本当に行ってしまうのね」
アルヴィンの家族は領地の邸宅へ戻ることになり、アルヴィンの引っ越しの日にリリアナは見送りに来た。
「9月になったら、また戻ってくるよ」
リリアナはアルヴィンと握手を交わし、アルヴィンの乗り込んだ馬車が見えなくなるまで、ずっと手を振り続ける。
程なくして、レイノルドも家族と領地へ戻ってしまった。
更にはナシュダールとも別れがやってきた。
リリアナの両親が不仲になり、ついには離縁となると、母はリリアナを連れてローズウッド家を出て、母の実家のカルダス男爵家に出戻ることになる。
カルダス男爵家はグレイグルーシュ辺境伯領に居を構えていたが、裕福ではなく、学校も庶民と同じで男女関係なしに剣術や馬術を叩き込まれた。
田舎で何も楽しみもないとリリアナは伏せってばかりいたが、次第にリリアナは剣術に傾倒するようになる。
男爵令嬢リリアナ・カルダス、11歳。
季節は、暑い夏を迎えていた───。
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