18 コンラート vs. レイノルド
どうしよう……コンラートさんが……。
「怖い……」
ふと声に出して涙を流してしまった。
私の様子を見て、コンラートさんが理性を取り戻す。
「リリー、ごめん……キミを怖がらせてしまった。僕はキミの首筋に痕を付けた人物に嫉妬したんだ」
虫刺されなんて嘘をついたのは、見透かされていたのね。
「ううん、私も咄嗟に本当のことを言わなかったから……ごめんなさい」
私が謝ると、コンラートさんはとても優しく微笑む。
「やっぱり気を取り直してお茶しようか」
「はい」
馬車はまもなく停車した。
行き先はお店だとばかりリリアナは思っていたが、エスコートされて降りた場所は城下町ではなかった。
「きゅ、宮殿!? もしかして、コンラートさんのおうちですか?」
「まあ、僕の家だけど、ご先祖様の努力の賜物かな」
「おかえりなさいませ、コンラーティシア様! 実は特別な来客がお見えでございます」
執事がコンラートに声を掛ける。
「先触れもなしにか」
「ルーデンベルク王国からでございます」
執事の言葉に、コンラートはリリアナを見る。
「リリー、すまないが先に部屋でくつろいで待ってて欲しい。僕は来客の対応をしてからリリーの元へ戻るよ」
宮殿の侍従が、リリアナを部屋へ案内する。
「……さて、と」
執事が「客間でお待たせしております」と告げる。
コンラートが客間の扉をノックして開ける。
「お待たせしました。公爵家のコンラーティシアです。遠いところ、ようこそおいでくださいました、レイノルド王子」
「久しいな、コンラーティシア公子。今日は人探しに来たんだ」
「どのような方をお探しにいらしたのでしょうか?」
「赤い瞳の少女だ。彼女は1年と半年前にガルシアナ帝国の襲撃に遭い、連れ去られてしまって以来行方知れずだった。ところがつい昨日、我が国からこちらの国へ入国したことが判明した。名はリリアナという」
コンラートの片方の眉がぴくりと上がる。
「レイノルド王子、あなたは彼女とどのようなご関係で?」
「幼馴染みだ……先の襲撃で彼女は家族も住まいも失った。私が保護するつもりだ」
「家族も家も失くなったなら何のしがらみもない。ルーデンベルク王国に無理して住む必要はないでしょう」
リリアナはセントアルカナ公国へ永住すればいい……コンラートはそう思っていた。
「私の妹のメアリはリリアナを妹のように可愛がっていた。私はリリアナを妻に迎えたいと思っている」
コンラートの足がローテーブルに当たり、ティーセットがガシャンと音をたてた。
「……妻に……?」
「コンラーティシア公子? いかがなされた?」
「レイノルド王子に訊くが……彼女がもうすでに誰かのものであるなら、そなたは諦めるのか?」
コンラートは動揺を紛らわそうと、固唾を飲む。
「……諦めるしか、ないだろうな」
「では、レイノルド王子、潔く諦めて国へ帰って頂きたい」
「どういうことだ?」
レイノルドは怪訝な顔でコンラートを見る。
「リリーは……いや、リリアナは私の恋人だからです。用事は済みましたよね? レイノルド王子、速やかにお帰りください」
コンラートは満面の笑顔をレイノルドへ振り撒く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アルヴィンは書斎の机で書類整理をする父親に話を切り出した。
「父さん、話があるんだ。ドルマン伯爵令嬢との婚約について、僕は婚約解消を申し出たい」
「な、なんだと!?」
「この婚約は父さんとドルマン伯爵の間で交わされたもので、当時はうちの財政も良かったからドルマン伯爵が合意したのでしょうが、ガルシアナ帝国の襲撃で領民たちはこの地から居なくなり、税収入はほぼ無くなった。この状況をドルマン伯爵がおいしいと思えるのか、意見を訊いてみる必要があります」
「……ああ、そうだな」
アルヴィンの父親には頭の痛い問題だったのか、髪の毛を手でくしゃりと掻いた。
「父さんがこの領地に私設の騎士団を置かずに問題を先送りにしていたせいで領民を守れなかったことを汲んで、僕は来月から全寮制の騎士養成学校へ2年間通います」
「そんな話は聞いてないぞ」
アルヴィンの父親は怒りを込めて返す。
「僕が独断で決めたことですから、当然、父さんには話していません。言ったところで反対されるのは目に見えています。話は以上です」
アルヴィンはさっさと書斎から出ていった。
「……あいつ……本当に私の息子なのか……?」
伯爵が声に出すと、ガチャっとドアが開いてアルヴィンが頭だけ覗かせ、
「婚約解消は急いでくださいね!」
と言うなり、頭が引っ込み、ドアが閉まった。
「………はい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レイノルドは不貞腐れて不機嫌なまま、ルーデンベルク王国の王都へ帰還する馬車に乗っていた。
まさかコンラーティシア公子にコテンパンにされるとは思ってもいなかったのだ。
本来なら、隣にはリリアナが座ってくれるはずだった場所は空席のままだ。
「クソっ! コンラーティシアめ~~~ッ!! よくも僕のリリアナを!」
この悔しい気持ちをどこにぶつけたら良いのか……と考えた時、アルヴィンの領地がここから近いことを思い出す。
レイノルドは馬車の中から御者の窓を叩いた。
「寄り道だ。グレイグルーシュ領の領主館へ向かってくれ」
アルヴィンの父親が領主として、レイノルドを出迎える。
「これはこれは、レイノルド殿下、ようこそおいでくださいました」
「すまないな、伯爵。アルヴィンを今から一緒に王都へ同行させても良いか?」
「は? アルヴァードをですか?」
「レイノルド? どうしたんだ?」
アルヴィンが玄関ホールでの騒ぎに階下へ降りてくる。
「アルヴィン! 今から僕と王都まで同行してくれ!」
「相変わらず我が儘な王子だな……僕の帰りは無視なんだろ」
アルヴィンは王都へ行くならと、買い揃えたいものを王都で買うためのお金と、2日分の着替えを鞄に詰めて馬車に乗り込む。
「……で、何で僕なんだ?」
「“旅は道連れ世は情け”っていうだろう? リリアナの居所を掴んだけど、相手国の公子にリリアナは俺のものだと言われてすごすごと帰ってきたところだ」
「セントアルカナ公国だろ? リリアナなら俺も2日前に会って──」
「アルヴィン……お前……抜け駆けしやがって……!」
レイノルドがアルヴィンの首を絞める手つきをしたのを見逃さず、すかさずアルヴィンは避けた。
「レイノルド! 馬車で暴れるな!」
(俺とリリアナが情交したって知ったらレイノルドは逆上する、確実に!)
男の友情を守るために、時には秘密にしなければいけないこともある……とアルヴィンは思った。
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