15 燻《くすぶ》る気持ち
リリアナは絶望にも似た気持ちになっていた。
「……あ……ああ……」
「私の顔を忘れた訳ではあるまい」
ヨハネス第一皇子はリリアナを見てニタリとヘビの様相でまとわりつくような笑顔を見せる。
───気持ち悪い!!
「あなたのその顔も着ている服もヘビみたいでイヤ!!」
「「「………!!」」」「「……ぶふ」」
「今、笑った者……打ち捨てられる準備は出来ているであろうな……?」
ヨハネスは自らの護衛たちに相対すると、スルッと鞘から抜剣した。
「ひいい……お許しください!」
「笑ってなどおりません!」
ヨハネスは「ふん」と鼻を鳴らして剣を収める。
リリアナの前に歩み寄ると、リリアナの目線に合わせて腰を落とした。
「さて、リリアナよ。しばらくひとりになって寂しかったであろう。私と結婚する気は起きたか?」
「私は絶対にあなたと結婚なんてしません!」
「いつまでその強気でいられるか……既成事実を作ってしまうこともできるんだぞ」
リリアナはヨハネスを黙って睨む。
「……まあ、よい。色好い返事をするまで待ってやる。これでも私は気が長い方だ」
───また、私を部屋に閉じ込めるつもりなのね……。
ドアがノックされ、ヨハネスの参謀のひとりが部屋に入るなり、ヨハネスに耳打ちする。
「何だと!?」
ヨハネスは振り返ってリリアナを見る。
「セントアルカナ公国……!」
「……リリー!」
部屋に入ってきたのは、コンラートだった。
「コンラートさん!?」
「迎えに来たよ。セントアルカナ公国へ帰ろう」
(───コンラートさんが、助けに来てくれた……)
それがとても嬉しくて、震えて言葉が出てこない。私は、首を縦にして頷くことしか出来ない。
コンラートさんの顔を見たら、瞳が潤んで今にも涙腺が決壊しそうだったから、私はコンラートさんの胸に飛び込んだ。
「リリー!」
リリアナに抱きつかれたコンラートは驚き、顔を紅潮させる。
「……怪我はない? 無事で良かった」
安堵したコンラートも、リリアナを抱きしめ返す。
コンラートはヨハネスの方を向くと、
「ヨハネス皇子、リリアナにしたことは不問とするが、今すぐリリアナを返してもらう」
と宣言する。
ヨハネスは「……くそ!」と漏らして下を向く。
コンラートはリリアナの手を握ると、2人で部屋を出る。そのあとをコンラートの護衛たちが追いかけた。
城を出ると、馬車が停まっており、コンラートは「この馬車に乗って」とリリアナを乗せる。リリアナの隣にコンラートが座る。
「キミが連れ去られたと聞いて、気が気じゃなかった。こんなに動揺したのは僕にとっては初めてだったんだ。リリーを助けることが出来て、本当に良かった」
コンラートは和らいだ表情のままでリリアナの瞳をじっと見つめると、リリアナの唇に自身の唇を押し当てる。
「……や……っ!!」
リリアナは咄嗟にコンラートの胸を押し返す。
「ご、ごめんなさい……私、私……」
「リリー……」
コンラートは俯いたリリアナの顔の下から覗くと、リリアナの顔を上げるようにもう一度、唇を合わせ、ちゅっとリリアナの唇を吸う。
リリアナは顔を横に振って、コンラートの顔から離れる。
「やめて! 私、好きな人が……」
「いるんだね……どんな人?」
コンラートがリリアナににじり寄り、距離を詰める。
「ルーデンベルク王国の、グレイグルーシュ辺境伯のご令息です……」
「本当にいたんだ?」
「……え……?」
「咄嗟についた嘘だと思ったんだ」
「……彼とは、幼馴染みなんです」
「僕じゃ……ダメかな?」
「………」
「キミの隣に、彼ではなく……僕がキミの隣に居たいんだ」
リリアナは首を左右に振る。
コンラートはリリアナの手をとると、両手で包み込んだ。
「これだけは憶えておいて。キミに何か大変なことがあったら、僕は誰よりも先にキミの元へ駆けつけるから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お待たせ致しました。こちらは鶏肉の香草焼きです」
リリアナはお客のテーブルに注文された料理の皿をそっと置く。
なるべくお皿の音をたてずに置くのがスマートなのだと店長のステラさんに教えられたので、もっか実践中だ。
昨日は不測の事態でセントアルカナ公国へ戻ったのが夜更けを回ってしまい、本来なら無断欠勤扱いになるところを、コンラートさんがステラさんに説明してくれていたのでバルは欠勤扱いにしてもらえた。ステラさんにものすごく心配をさせてしまったみたい。
「お姉さん、ビールおかわり!」
「はーい!」
仕事が忙しいと、何も考えなくてもいいから楽だ。目の前の問題から目を逸らしているだけだろうけれども、それはそれで気分転換にもなっている。
本当ならロイヤル学園に通っていたはずなのに、まだ16歳の私は知らない国で治療費を支払うために働いている。
「ビールです、お待たせしました」
テーブルにコトンとグラスを置く音が鳴る。
「「「ワハハハハハ!!」」」「やだー!」
男女数人のグループのお客が騒いでいる。
「……俺の妹なんてツンケンしててさ、可愛げなんて皆無だよ」
「婚約者? 親同士の政略だから相手にも嫌われてる」「あるあるー」
あー、よくある話なんだ、とリリアナは聞いていた。
「お前は婚約者いないのか? フィリップ」
「妹の轍は踏みたくないよ」
「リリーちゃん、フルボトル1本追加して!」
「はーい」
リリアナはフルボトルをとりにキッチンへ入る。
「リリーちゃんって……ウォルター、何で店の子と親しいんだ」
「常連だから」
「リリーちゃん目当てだろ」「バレた?」
「フルボトル、お持ちしました。それでは失礼します」
リリアナはさっさとテーブルから立ち去る。
「やだ、かわいい! 私の妹に欲しい!」
「うちの妹と交換したい!」
「フィリップ、どうよリリーちゃんのかわいさ」
「俺の妹より断然かわいい」「だろ!?」
「……リリーちゃん、恋人いるのか?」
フィリップは頬を赤く染める。
「リリーちゃんはダメだ! 俺がツバつけてるからな!」
「失礼します。ウォルターさん、うちのリリーの噂話はもう少し小声でお願いしますね」
ステラさんがウォルターさんのグループに注意する。
「リリー、時間だからもう上がっていいよ」
「はい、お疲れさまでした」
店の裏口を出てしばらく歩くと、私のあとを尾いてくる人がいる。コンラートさんだと分かっているけれど、声を掛けてはいけないような、そんな気がする。
私がパン屋の裏口から入って施錠するのを見届けると、帰っていく。
毎日、それの繰り返しだった。
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