13 セントアルカナ公国
───うう……身体中が燃えるように痛い……。
リリアナは痛みを堪えて薄く目を開ける。
「先生! 患者の意識が……!」
「気がついたかい? あの崖から落ちて片足の骨折程度なら奇跡だね」
「……ここは?」
真っ白な部屋……どうやら診療所のようなところだ。
「ここは辺境のキオリ村だ」
「……キオリ村? ガルシアナ帝国……?」
「キミ、帝国の人なの? ここはセントアルカナ公国だよ」
───セントアルカナ公国!?
「……いえ、ルーデンベルクに帰りたくて……真っ直ぐ西を目指していただけです」
「ここからルーデンベルク王国に行くなら、馬車で最北のノースリブル領を目指すこった。完治1ヶ月後にな」
「いっか……!!」
叫ぼうとしたら、身体中が痛みを訴え、激痛で声が出なかった。
「骨折だけじゃなく全身打撲だ。安静にしてろ」
「……はい」
「キミの名前は?」
「リリアナ・カルダス、16歳」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アルヴァード様! こちらにいらしたのですの?」
「ドルマン伯爵令嬢……」
「イヤですわ……婚約者になったのですから、どうぞベルナーゼとお呼びください」
そう言って、ベルナーゼはアルヴィンの左腕に両腕を絡ませた。アルヴィンは全身に鳥肌がたち、ベルナーゼの腕を振り払う。
「ベルナーゼ嬢、あなたと僕は親同士が決めただけの婚約者だ。今後、僕からあなたに触れることは断じてない!」
「……まだあの娘が忘れられないのですか? もし生きていても乙女のままか甚だ疑問ですわ。慰み者になっているのではなくて?」
オーホッホッホ! とベルナーゼは高らかに笑う。
───不愉快だ!!
ベルナーゼがリリアナを虐めていたのは知っている。その女が僕の婚約者だと!?
父さんが毎週末は辺境領に帰ってこいと命令したのはこの女の相手をしろということなんだな……。
「アルヴァード! お前、ドルマン伯爵令嬢に何てことをいうんだ!」
「僕がドルマン伯爵令嬢を愛することなど、ましてや跡継ぎを為すなど天と地がひっくり返っても決してありませんから」
「……な……っ! アルヴァード!!」
アルヴィンは父親の声を無視して、自室に戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……治療費の支払い……ですか」
「医者も慈善事業じゃないんでね。時間が掛かってもいいから、治療費と食事に費やした分をね、払って欲しいんだ」
『えりな』のいた前世ではサラリーマンだった父が家族の健康保険料を払ってくれていたお陰で、実際の支払いは総額の3割負担で良かった。この世界には医療保険制度はない。全額負担だ。
「……おいくら支払えばよろしい……ですか?」
「そうだなあ、食事代と合わせて銀貨8枚ってところかな? ねえ?」
医者は急に助手の女性に質問を振った。
「食事代はひと月銀貨3枚は必要ですので、それを下回らなければ」
怪我が治ったら仮の住居と治療費の支払いのための職を探さないといけないの? 厳しい世界だなあ……。
「働き口なら心配しなくても、この村のすぐ近くが首都なんだ。セントアルカナ公国は小国だからね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ!」
1ヶ月経って両足で歩けるようになってからすぐに見つけた職場はパン屋さんの販売員。
住まいはパン屋さんの2階の3畳くらいの部屋を間借りすることになった。店は朝7時から夕方5時までで、それまでに売り切れたら店じまい。常連さんが多くて、すぐに顔と名前を覚えたし、私のこともすぐに覚えてもらえた。
その中でも一番たくさん購入してくれるのは、バルの店長のステラさん。昼はレストランで、夜は居酒屋に変わるという、前世でもそれほどなかった業種形態だ。ステラさんはとても気さくで、勤め始めたばかりの新人の私にも話を振ってくれたりする。
「リリアナちゃん、よかったら夕方5時からうちのバルも手伝ってくれない?」
んん? ダブルワーク? ヘッドハンティング?
「(パン屋の)奥さんに相談してみないと……」
と私が濁したのに、
「あたしは賛成だよ」と奥さん即答。
「よし決まり! 早速今日の夕方5時から店に来て!」
流されるままに流された私は夕方5時から、ステラさんの店に勤めることになる。
「リリアナちゃんの名前を呼ぶ時だけど『リリー』でいい? 髪の毛は長かったらまとめてね。ポニーテールは禁止。お客さんの座るテーブル番号を間違えないで覚えて。最初だから、キッチンから出てきた料理を運んだり席の片付け、あとはドリンク……こっちに来て、ドリンクの作り方教えるから」
ドリンクの作り方をひと通り教わり、制服も着用した。
───黒いベスト……バーテンダーみたいな制服だなあ。
「お待たせ致しました」
テーブルに注文された料理を2皿並べ、立ち去ろうとするとお客に「ちょっと待って」と止められる。
「お姉さんの名前、教えて? 何時に終わるの?」
あー、これ、めんどくさい奴だ……。
「すみません、そういうことはお答えできません」
酔客だからなあ……。
「じゃあさ、毎日来るから友達になってよ」
ええーっ!! 友達は選びたいのに……。
「いい加減にしろよ。リリーさん困ってるだろ」
絡んできた客の連れ合いの方が助けてくれた。
「何でお前が名前知ってるんだよ!」
「仕事中ですので失礼します」とその場から逃げる。
夜10時になると、仕事を上がらせてもらえた。でも完全にオーバーワークだ。身体がふらつくのを抑えながら着替え、残っている同僚に挨拶する。
店の裏口から出ると、黒い人影があった。
「待ってたよ、リリーさん」
さっきの絡み客の連れ合いの方!
「……待ち伏せはやめてください」
「夜道は危ないから家まで送ろうと思って」
「間に合ってます」
手を掴まれると、指にキスを落とされた。
驚いて全身がカーッと熱くなった。
「僕は本気でキミのことが好き……」
あ……れ……?
混濁する意識の中で、私の名前を呼ぶ声と、男の人の胸に抱き止められた記憶を最後に、私の意識は途切れた。
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