時計塔と何処にでもいる子どもと銀髪の少年
◇
時計塔の最上階から王都を一望する。
最上階から見える王都は荒れに荒れていた。
燃え尽きた教会、破壊された民家。
黒焦げになった街路樹に黒焦げになった往路。
城があった場所を見つめる。
地割れでも起きたのだろうか。
城があった場所の大地には亀裂が生じており、城の残骸が亀裂の周りで屯していた。
亀裂の中を遠目で見つめる。
亀裂の中には『茜色に染まった空』と『オレンジに染まった雲海』が鎮座していた。
「さっきは、ありがとう。私達を助けてくれて」
亀裂の中から垣間見える雲海と茜色の空を見て、再度痛感させられる。
この国が『空』の上にある事を。
「……別に。あのクソ野郎……サンタとの約束を守っただけだ。オレのためだ。お前らのためじゃねぇ」
「サンタとの約束?」
「……アイツに殺さないでくれって頼んだんだよ。そしたら、アイツ、『なら、俺達を助けろ』って言って……つまり、そういう事だ」
以前見た時よりも、魔王の身体は小さくなっていた。
外見の年齢は十歳……いや、それ以下だろう。
小さくなっただけでなく、濃い死の匂いを纏っている魔王の横顔を一瞥する。
彼の横顔には迷いや不満といったものが含まれていた。
「……身体、大丈夫なの」
「……ああ。長期間安静にしとけば、サンタのクソ野郎につけられた傷は癒える。オレはそういう道具だ」
「長期間って、どれくらい? 月単位? それとも年単位?」
「一週間くらいだ」
「そう」
会話が途切れる。
何を話せば、いいのか分からなかった。
ふと魔王に踏み潰されたヴァシリオス、焼き殺された異形を思い出す。
憎しみは少なからずあった。
でも、今の私にとって魔王は相手にする程の価値を持ち合わせていなかった。
復讐に身を費やす程、乗り越えた挑戦に固執する程、私という人間は粘着質でも善人でもなかった。
「ねぇ、魔王」
魔王に殺された人々の無念と憎悪を踏み躙りつつ、私は彼に歩み寄る。
彼という命を知ろうとする。
ちゃんと理解していた。
それが聖女としてあるまじき行いである事を。
でも、もう聖女としての自分に拘っていないので、私は聖女として越えたらいけない一線をあっさり越えてしまった。
「貴方の目的は一体何だったの」
疑問を繰り出す。
魔王は沈黙を選び続けた。
「……」
時計塔の上から荒れ果てた王都を見下ろす。
魔王が破壊し尽くした王都をじっと見つめる。
以前見た時は少なからずショックを受けたけど、今は何とも思わなかった。
じっと見つめながら、魔王の声を待ち続ける。
聖女としてではなく、私個人として目の前の命と向き合う。
どれくらい時間が経過したのだろう。
魔王の小さくて細い声が、私の鼓膜を微かに揺らした。
「…………道具じゃない自分を、見つけたかった」
今度は私が沈黙を選ぶ。
それを良しと思ったのか、魔王は語り出した。
自らの経歴を。
「『ギガンドマキア』って知っているか?」
魔王は語った。
神代で行われた支配権を巡る戦争──ギガンドマキアを。
ギガンドマキアと呼ばれる戦争で、魔王の母──原初神『ガイア』は、世界を支配するため、当時世界を牛耳っていた主神『デウス』率いるオリュンポスの神々に喧嘩を売ったらしい。
「ガイアは戦争に勝つため、道具を生み出した。オリュンポスの神々を殺すため、ガイアはオレという知性ある兵器を造ったんだ」
魔王は語った。
母親の指示に従い、オリュンポスの神々を殺し続けた事を。
他の道具と共に、兵器として活動し続けた事を。
戦争に勝つため、敵を殺し続けた事を。
か細い声で魔王は語り続けた。
「けど、……オレ達には知性があった。敵であるオリュンポスの神々と闘った所為で、知能がついてしまった。……知性と知能があったから、つい考えてしまった。兵器として生きる事が正しいのかなって」
魔王は言った。
道具としての自分に違和感を抱いた、と。
誰かのために闘う敵を見て、隣人同士で生活を営む敵を見て、肩を組み合う敵を見て、違和感を抱いた、と。
兵器として生き、兵器として死ぬ事に違和感を抱いた、と。
が細い声で魔王は己が心情を正直に吐露した。
「……でも、オレは最後まで兵器として闘い抜こうとした。そうしたら、……母親に認められて、……オレも兵器じゃない生き方ができるって思ったから……オレは最後まで闘えなくて、……途中で死ぬのが怖くなって、逃げて……それを母親は許さなくて、……オレは封印、されて……しまった」
魔王の創造主は許さなかった。
道具として生きる事に疑問を抱いた彼を。
兵器にあるまじき生存本能を獲得した彼を。
だから、創造主は魔王を封じた。
多分、使えなくなった道具を捨てるような感覚で。
彼の創造主は彼を封印した。
「封印された……それで、オレは思った。オレは道具なんかじゃないって。オレは、オレだって。だから、道具としての自分を否定したいって思った。けど、どうすれば良いか分からなかった。封印されている間、苛々だけが募った。どうやったら道具じゃない生き方ができるか考えて、でも、答えが出なくて。オレに関わるもの、オレに干渉するもの、目の前にあるもの、全て憎いって思って。だから、……」
「先代聖女の手によって封印から解かれた貴方は、鬱憤を晴らすため、王都を破壊し、人々を虐殺した。私に封印されるまでの間、破壊を楽しむ事で現実逃避した。……その理解で、合ってる?」
「………………ああ、大体合ってる……、と思う」
その一言で、魔王という人間を理解できた。
多分、彼は子どもなのだ。
私やサンタが思っているよりも、ずっと。
たまたま力があっただけで、人々の運命を狂わせる程の力を持っていただけで、中身は何処にでもいる子どもなのだ。
でも、創造主が教育をしなかった所為で、身に余る程の強大な力を持っていた所為で、魔王は数多の命を踏み躙った。
命と向き合う事の大切さを知らないまま、ここまで辿り着いてしまった。
社会と価値観を共有する事なく、生まれ育った所為で、魔王と呼ばれる存在に至ってしまった。
彼がヴァシリオス達を殺した事を忘れ、私は思わず彼を憐んでしまう。
善悪を知る事なく、罪を犯し続けた彼を哀れんでしまう。
「……なあ、聖女。お前は、……道具なのか」
言葉を失う私に気づく事なく、魔王は疑問を絞り出す。
「お前も、……オレと同じように先代聖女に使われていたんだろ。都合の良い道具として、使われたんだろ。なのに、何でお前は……、オレの手を取らなかったんだよ。サンタの隣に居続けたんだよ。オレは、お前を救う事で、……道具としての自分を否定しようとしたのに」
「私は、私だよ」
魔王と正面から向き合う。
自分の命を正面から見据える。
そうする事で、私は自らの命を魔王に打つける。
「私は、私がやりたい事をし続けた。聖女になったのも、サンタの隣を選んだのも、貴方を倒そうと思ったのも、全部自分のため。挑戦したいって欲望を満たすため、私は此処まで辿り着いた」
「……つまり、どういう事だよ」
「私にとって娯楽なんだよ、人助けも闘いも。私は救われた人の喜ぶ顔なんかで満たされる程、善い人間じゃない」
自分の気持ちを正直に吐露する。
着飾っていない私の言葉は、欲望丸出しで見るに耐えないものだった。
「ただ美し(つよ)くなりたい。達成感を得たい。人の幸せなんて知るか。それよりも難しい挑戦や強い敵を求めている。人を笑顔にする事よりも、挑戦を乗り越える事や強い敵を倒す事に悦びを感じている。そんな自分勝手な人間なんだよ、私は」
「……言っている意味が分からない」
そう言って、魔王は押し黙る。
また私達の間に沈黙が流れ込んだ。
心の中で鼻唄を口遊みながら、私は魔王の反応を待ち続ける。
魔王が再び口を開いたのは、何分か経過した後の事だった。
「………………どうしたら、人間になれる」
「人間になりたいの?」
「……分からない。けど、道具は嫌だ」
難しい疑問が魔王の口から飛び出す。
その疑問に答えられる程、私の精神は成熟していなかった。
こんな時、サンタならどう答えるだろう。
考えてみる。
すると、サンタの掌の温もりが私の脳裏を過ぎった。
「……ん」
深く考える事なく、魔王に手を差し伸べる。
彼はキョトンとした表情を浮かべると、困惑した様子で差し出した私の掌を見続けた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は9月18日(木)20時頃に予定しております。
残り11〜13話くらいで完結予定です。
あとちょっとですが、最後までお付き合いよろしくお願いいたします。




