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一進一退の攻防と黒い水溜りとトナカイの置物

 光り輝く吹雪が黒い龍── 黒くて大きな蛇と化した『彼』──第三王子アルフォンス・エリュシオンを包み込む。

 光り輝く吹雪に襲われる『彼』を見て、私は思った。

 『やっぱ、ダメか』と。


「……ミスター・サンタクロース。こんな攻撃で僕を倒せるとでも?」


 目を細めながら、黒くて大きな蛇──アルフォンス・エリュシオンは声を発する。

 『彼』の口から放たれる匂いは、怒りの感情と紅茶の香りが入り混じっていた。


「ちぃ……! もう回復しやがったか……!」


 焦りを顔に滲ませながら、サンタは傷一つついていない『彼』──第三王子から距離を取ろうとする。

 黒くて大きな蛇と化した『彼』は呆れたように息を吐き出すと、ほんの少しだけ身を捩り、殺意の匂いを身体の底から放ち始めた。

 それを見て、今すぐにでもサンタを殺そうとする第三王子を見て、私は心の底から思う。

 

 ──チャンスだ、と。


 身体から甘い匂いを発する。

 黒くて大きな蛇──第三王子の視線を惹き寄せる。

 私の身体から甘い匂いが放たれた瞬間、第三王子の視線が『ほんの一瞬だけ』私の方に傾いた。

 その隙を私もサンタも見逃さない。

 サンタの姿が跡形もなく消える。

 第三王子は慌てて私から目を逸らすと、煙のように消え去った消えたサンタを探し始めた。

 それを目視した瞬間、私は『彼』の名を呼ぶ。

 身体中から甘い匂いを放つ事で、『彼』の視線を再び惹き寄せる。

 私の思惑通り、『彼』──黒くて大きな蛇と化した第三王子と目が合った。

 それを目視した瞬間、両腕を前に突き出す。


「なっ……!?」

 

 勢い良く両掌を合わせる。

 渇いた音が鳴り響く。

 私の両掌から放たれた音が、黒くて大きな蛇──第三王子の鼓膜を貫く。

 私が想像している以上に、今の『彼』の聴力は高性能なのだろう。

 かなり距離があるにも関わらず、私が出した音は『彼』の意識を一瞬だけ刈り取った。


「くっ……!」


 ほんの一瞬だけ、『彼』は意識を失う。

 『彼』が目を瞑った瞬間、黒い水球の中に閉じ込められていた第一王子達の姿が消失した。


「うし、目的は果たした。逃げるぞ」


 第三王子が気絶の状態から脱すると同時に、サンタの声が私の鼓膜を微かに揺らす。

 『うん』と私が呟くよりも先に、サンタは音もなく私の前に現れると、私の身体を抱き抱え、異形と化した第三王子から距離を取り始めた。


「ミスター・サンタクロース、今の僕から逃げられるとでも?」


 私を抱き抱えたまま、目にも止まらぬ速さで此処から逃げ出そうとするサンタ。

 だが、それよりも『彼』の方が何もかも早かった。


「サ、サンタ……!」


 足下から憎悪の匂いが漂ったかと思いきや、走っていた筈のサンタの身体が唐突に静止してしまう。

 一体、何が起きたんだろう。

 すぐさま視線を下に向ける。

 黒い水溜りがサンタの両脚に絡んでいた。

 

「──心器(アニマ)


 迷う暇もなく、惑う事もなく、サンタは呆気なく心器(きりふだ)──魔導を極めた者にしか扱えない概念武具──を行使する。

 気がつくと、私とサンタの身体は星空を映し出す湖面の上に立っていた。


「…………」


 此処がサンタの心器(きりふだ)の中──安全地帯だと理解した瞬間、どっと疲れが押し寄せる。

 どうやら逃げ切れたようだ。

 息を吐き出すと同時に、今の今まで放置していた疑問が疲れと一緒に押し寄せてくる。


「ねぇ、サンタ。聞きたい事が山程あるんだけど……」


 この状況を理解していそうなサンタに疑問を投げかけようとする。

 なぜ第三王子が黒くて大きな蛇となったのか。

 助け出した第一王子達は何処に行ったのか。

 第三王子が王族貴族を痛めつけた理由。

 その他エトセトラ。

 何も分かっていない私は、とりあえず現状を正しく理解しようと、サンタに疑問を投げかける。

 ──だが、そんな甘い考えは突如漂ってきた紅茶と憤怒の匂いによって跡形もなく打破された。


「……おいおい、冗談だろ」


「冗談じゃないですよ、ミスター・サンタクロース。この程度で今の僕から逃げられるとでも?」


 星空を映し出していた湖が真っ黒に染まる。

 振り返ると、そこには私達を見下ろす黒くて大きな蛇──第三王子の巨体が鎮座していた。


「どうやって中に入り込んだ。お前をこの心器(なか)に入れた覚えはねぇぞ」


「僕は僕であり、私でもあり、俺でもあり、そして、貴方でもある」


 訳の分からない事を述べながら、第三王子は足下にある黒い水を操作し始める。

 サンタは私の身体を後方に投げ飛ばすと、何処からともなくハンドベルを取り出した。


「────奇跡謳いし聖夜の恩寵(カンパーナ・キャロル)っ!」


 足下から生え出た黒い水がサンタの身体を呑み込もうとする。

 サンタはすぐさまハンドベルを振り回すと、四方八方から押し寄せる黒い水を光り輝く吹雪で押し返した。


「サンタっ! 上っ!!」


 サンタに投げ飛ばされた私の身体が着地する。

 体勢を整えながら、私は見た。

 サンタの頭上で輝く氷塊を。

 漆黒に染まった氷の塊の姿を。

 

「──チェックメイトです」


 凍てついた第三王子の声が鼓膜を揺らす。

 氷塊が爆ぜる。

 真っ黒に染まった光が世界を覆い尽くし、爆風が私の肌を撫で上げる。

 漆黒の閃光の所為で、目が眩んでしまった。

 焦げた臭いが鼻腔を侵し尽くす。

 それでも私は知覚する。

 私の背後に回り込んだサンタの匂いを。


「……なるほど。僕は貴方の事を過小評価していたようです」


 私の背後で息を荒上げるサンタに敵意を向けながら、第三王子は遠慮気味に鼻を鳴らす。

 受け答えする余裕すらないのだろう。

 サンタは第三王子の声に応える事なく、肩で息をし続けた。

 

「コレで理解できたでしょう、ミスター・サンタクロース。貴方じゃ僕に勝てない。大人しくミス・エレナと第一王子達を差し出してください。そうすれば、最も慈悲深いやり方で命を奪ってあげますよ」


 閃光で眩んでいた視界が元の状態に戻る。

 気がつくと、私達は神殿出入口前で対峙していた。

 息を切らすサンタの姿と目を細める黒くて大きな蛇──第三王子の姿を目視する。

 心器(きりふだ)を行使したサンタと違い、第三王子は底を見せていない。

 多分、私達と第三王子との間には尋常じゃない差があるんだろう。

 このままでは『彼』に勝つどころか、撤退する事さえできない。

 たった数度のやり取りで、その事実を痛感する。

 絶望的な状況。

 使える手段はほぼ出し尽くした。

 選択肢なんて殆ど無い。

 主導権は敵が握っている。

 にも関わらず、私の胸は高揚する。

 この状況を愉しんでいる自分の姿を発見する。

 障壁(ちょうせん)を前にして、ワクワクしている自分の姿を直視してしまう。


「嬢ちゃ……いや、エレナ」


 背後からサンタの声が聞こえて来る。


「今から奥の手を使う。ちょっとでも異変を感じたら、俺の下に来い。いいな?」


「ミスター・サンタクロース、まだ逃げるつもりですか」


「ああ。どう足掻いても、今の『必要悪(おまえ)』には絶対勝てねぇからな」


 サンタの方に視線だけを向ける。

 背後に視線を向けた瞬間、私は見た。

 息を切らすサンタの姿、そして、『トナカイを模した置物』の姿を。

 ……え?

 もしかして、奥の手ってアレの事……なの?

 

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は8月14日(水)22時頃に予定しております。


(追記)

 申し訳ありません。

 急用が入ってしまったため、次の更新は8月21日(水)22時頃に更新します。

 告知通り更新できなくて、本当に申し訳ありません。

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厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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