表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/119

『いつか』と水の跳ねる音と『私以上』

◆side:一〇四〇号


「ごめん、私、ここまでみたい」


 王都から少し離れた所にある薄暗い森の中。

 

 右脚を失った一〇三九号──私の友達が引き攣った笑みを浮かべながら、謝罪の言葉を口にする。

 魔法の矢によって焼き潰されたらしく、右太腿から下の部分が焼き千切れていた。


「一〇四〇号、私を置いて逃げて。貴女だけでも逃げて」


 私は反対した。

 友人(あんた)を置いて逃げられないって言った。

 でも、一〇三九号は自分の意思を曲げなかった。

 ……曲げてくれなかった。


「国王陛下、一〇三九号を見つけました」


 結局、私は逃げた。

 一人で逃げた。

 一緒に脱走した仲間を、大切に思っていた友人を、置いて一人で逃げた。


「一〇四〇号は見当たりません。どうします? 探しますか?」


「いい。それよりも早くそれを使って、『青い石』を完成させろ」


 木の陰に隠れながら、一〇三九号を連れ去ろうとする鎧を着た男達を、──高そうな衣服に身を包んだオッサンを睨みつける。

 老人は高価な宝石を沢山身につけている上、金ピカに輝く王冠を頭に乗せていた。

 その所為で、気づいてしまう。

 あの王冠を着けた男こそが、国王(げんきょう)である事を。

 一〇三八号を、脱出しようとした他の被験体(なかま)を、そして、一〇三九号の脚を焼き千切った原因が、あの国王(おとこ)である事を。


(いつか、……きっと、いつか……!)


 木の陰に隠れながら、遠下がる国王達を、国王達に連れて行かれる一〇三九号を見つめながら、私は(おも)う。

 いつか、あの国王(おとこ)を死地に追いやってやる、と。

 いつか、一〇三九号達の仇を討つ、と。

 あの日、私は決意した。



 

「どうやら見つかったようですね」


 右耳から黒い水を垂れ流しながら、老人──サンタに似て非なる男は微笑を浮かべる。

 何かするつもりだ。

 身構えようと──した時には、既に手遅れだった。

 ぴちょん。

 水の跳ねる音が聞こえてくる。

 ぴちょん。

 地面から湧き出た黒い水が私と老人の身体を呑み込む。

 ぴちょん。

 たった数秒。

 たったそれだけの時間で、私は神殿ではない『何処か』に連れ去られた。

 『何処か』は真っ暗な場所だった。

 光が何処にもないため、自分の身体さえ視認できない。

 砂の上に立っているらしく、ちょっと動いただけでジャリって音が足下から聞こえて来た。


「──僕が今まで動かなかったのは、……国王を含む王族貴族を殺さなかったのは、浮島(だいち)(コア)の在処を特定するためです」


 何処からともなく、老人の嗄れた声が聞こえてくる。

 彼の口から紅茶の匂いが醸し出ていた。

 その匂いを感知して、私は察する。

 あの老人……いや、『彼』が感情的になっているのを。


「浮島の(コア)が王族貴族の下にあったら、何されるか分かりませんからね。最悪、『審判』中に核を破壊されるかもしれない」


「『審判』……?」


「ミスター・サンタクロースのお陰で助かりましたよ。彼が動いてくれたお陰で、(コア)の在処を知る事ができ、多くの咎人を生きたまま、確保する事ができた」


 ぴちょん。

 水の跳ねる音と共に眩い光が現れる。

 真っ暗な場所から明るい所に引っ張り出された所為で、私の目は眩んでしまった。



◆side:一〇四〇号


 いつか国王を死地に追いやってやる。

 いつか一〇三九号達の仇を討つ。

 そう決意して、そこそこの年月が経過した。

 胸の谷間に挟んでいた『青い宝石』を取り出した後、『みんな』だったモノ──数多の被験体の肉体・精神・魂で構築されたエネルギーの塊を握り締める。

 この『青い宝石』は私の太客であるこの浮島(くに)の国王──一〇三九号の脚を焼き千切った男から貰ったモノだ。

 


(あとちょっとよ)


 国王達に連れて行かれる一〇三九号を見殺しにしたあの日──私が復讐を誓ったあの日、私は夜の街に戻った。

 夜の街に戻った理由は、至って単純。

 私の美点(のうりょく)を一番引き出せるのは、そこだったからだ。

 恐らく城下町や農村といった普通の場所で生活を営んだとしても、国王に復讐するどころか、会う事さえできないだろう。

 でも、夜の街は違う。

 夜の街は王族も貴族も偶に脚を踏み入れる魔窟だ。

 城下町や農村で生活するよりも、夜の街で生活した方が国王と遭遇(エンカウント)する可能性が高い。

 そう判断した私は、迷う事なく、夜の街に戻り、売女として生き続けた。

 夜の街という特殊な環境に適応し続け、売女として活動し続ける事で、私は機会を待ち続けた。

 夜の街に脚を伸ばす貴族達から国王の性癖(じょうほう)を聞き出した。

 掻き集めた情報と夜の街で磨いた技術を組み合わせる事で、私は国王にとって最悪(さいこう)売女(おんな)に成り果てた。

 国王にとって必要な売女(じんざい)になる事で、私は国王(あのおとこ)を私の下まで引き摺り込んだ。


(あとちょっとで、被験体(みんな)の仇を取る事ができる)

 

 一〇三九号達の仇を討つため、自分の人生を費やした。

 復讐を果たすため、国王を虜にした。

 国王を私の虜にした。

 この浮島(くに)の国王であり、復讐相手である男を私という売女(おんな)に溺れさせた。

 そして、国王の子を孕み、私は子供(エレナ)を産んだ。

 計画は順調だった。

 あとは子供(エレナ)を育て上げ、エレナを国王好みの女に仕立て上げ、育て仕立て上げた彼女(エレナ)を王都に送り込めば、私の復讐(けいかく)は最終段階に突入する。

 夜の街で形成したコネを使い、エレナを聖女に仕立て上げれば、私の復讐(けいかく)は完遂──


『お母さん』


 ──できなかった。

 私の復讐(つごう)で、エレナの人生を捻じ曲げる事ができなかった。

 

(……間違っていた)


 エレナを産んだ瞬間、私は気づいた。

 (エレナ)を復讐の道具として使おうとしていた事実に気づいてしまった。

 無意識のうちに国王達と同じ事──自分の欲望(もくてき)を果たすため、人間を道具のように使い潰そうとしていた事─他人をに気づかされてしまった。

 被験体(みんな)の仇を取りたい。

 見殺しにしてしまった一〇三九号達の仇を取りたい。

 でも、被験体(みんな)の仇を取るため、エレナを使い潰すのは絶対に間違っている。

 私の過去も、『青い宝石』の秘密も、エレナにとって不要なもの。

 私達の事情は『青い宝石』と一緒に墓まで持っていくべきモノだ。

 エレナが背負うべきものじゃない。

 私の復讐(つごう)で、この子の人生を捻じ曲げたらいけない。

 

『エレナ、美しく(つよく)なりなさい。私以上に美しい人間を見つけなさい。私以上に美しい人間から美しさを学びなさい。そうすれば、貴女は私以上に自由に生きられるわ』


 復讐を諦めた訳じゃない。

 今も一〇三九号達を大切に思っている。

 けど、彼等と同じくらい、私はエレナを大切だと思ってしまった。

 エレナに幸せになって欲しいと思ってしまった。


(わたし)から盗めるものは全て盗みなさい。貴女が私から盗めるものがなくなるまで、私が貴女を守ってあげる。だから、貴女は遠慮なく挑戦し続けなさい好きに生きなさい。貴女は生まれた時から自由よ』


 別のやり方で復讐しよう。

 そう思った私は、所有者としてではなく、親としてエレナに語りかける。

 エレナの意思を尊重する。

 (エレナ)と正面から向き合う。

 ──その結果、私は理解した。

 私にその気がなくても、私の過去や『みんな』の事を敢えて伝えなくても、この娘は国王(あいつ)の人生をめちゃくちゃにしてくれるだろう、と。

 この娘が自由に生きているだけで、国王(あいつ!は自滅してしまうだろう、と。

 国王(あいつ)は私の虜だ。  

 だから、国王(あいつ)は近い将来私の娘を、私以上に美しくなったエレナを欲してしまうだろう。

 私以上に美しくなったエレナを手に入れるため、自滅してくれるだろう。

 エレナは、私の娘は、きっと誰よりも美し(つよ)くなれる。

 夜の街でしか生きられない私とは違い、どんな所でも生きていけるような美し(つよ)さを身につける事ができる。

 この娘はきっと国王の人生だけでなく、沢山の人の人生を狂わせる。

 だって、彼女(エレナ)は私以上に──


 目蓋を開ける。

 気がつくと、私──エレナは広い空間の中心で立ち尽くしていた。

 周囲を見渡す。

 岩でできた天井。

 岩で構成された壁。

 そして、砂に覆われた地面。

 洞窟の中……だろうか。

 光源は何処にもないというのに、何故か明るい。

 何処からともなく灯りが差し込んでいるお陰で、広い空間の端から端まで見る事ができた。

 ……ゆっくり周囲を見渡す。

 私の周囲を取り囲むように聳え立つ数多の十字架を視認する。


「……っ!」


 十字架に架けられた数多の肉塊を見て、思わず言葉を詰まらせてしまう。

 十字架に架けられた肉塊は、見覚えのある王族貴族達だった。

 言葉を交わした事は、殆どない。

 でも、彼等の匂いは知っている。

 だって、彼等はこの浮島(くに)のトップ層に位置する人達だから。


(ま、まだ生きている……?)


 辛うじて息をする人型の肉塊を見た途端、脈が早くなる。

 何度も刃物で斬りつけられたかのか、彼等の顔面はズタズタになっていた。

 手の指は全部切り落とされていて、耳だったものが地面の上に落ちている。

 なんかよく分からない感情が、私の胸を埋め尽くした。

 状況を把握するよりも、胸中にて蠢く感情の正体を知るよりも先に、事態が進展する。


「やっと役者は揃いました」


 老人──サンタに似て非なる男の声が隣から聞こえてくる。

 口から紅茶の匂いを漂わせる『彼』の方を見ると、見慣れない姿が私の視界に映り込んだ。


「死んでしまったので第二王子や聖女モドキ等は回収できませんでしたが、まあ、よしとしましょう。第二王子以外の王族(とがびと)は捕える事ができましたし」


 そう言って、『彼』は憤怒によって彩られた笑みを浮かべる。

 その笑みを見て──正確に言えば、人の形を失った『彼』を見て──私は言葉を失う。

 私の視界に映る『彼』の姿。

 それは見慣れた『彼』の姿ではなく、黒くて大きな蛇のような形をしていた。


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方、新しく評価ポイントを送ってくださった方に感謝の言葉を申し上げます。

 私事の所為で、来週は更新できそうにありません。

 次の更新は再来週7月24日(水)22時頃に予定しております。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ