妊娠と夢の続きと在り処
◆side:現国王
求めていたものを手に入れた。
王としての職務の合間に私は売女の下に通うようになった。
執務があるため、毎晩は無理だったが、週に二〜三度のペースで私は売女と戯れた。
売女は私の要望に応えてくれた。
私がどんな醜態を晒そうが、売女は受け入れてくれた。
国王であるにも関わらず、私は売女に身体と心を委ねた。
売女如きに私は自らの尊厳を差し出してしまった。
「ねぇ、国王様。私、子どもを授かったみたい」
だが、私達の関係は売女の妊娠によって唐突に終わりを告げた。
「誰の子どもを孕んだのか分からないけど、……もしかしたら国王の子かもしれないわね」
「……何が言いたい?」
「『貴様が私の子を孕んだら、子ども諸共殺す』。そう言ったのは、国王じゃなくて?」
クスクス笑いながら、売女は私に短剣を差し出す。
『有言実行しろ』、『私と腹の中にいる子どもを殺せ』と暗に告げる。
「夢の時間は終わりよ、国王様。もう貴方は私から離れなきゃいけないの」
売女は私に残された最後の尊厳を守ろうとした。
私がこれからも国王としての責務を果たせるよう、自らの命を差し出した。
にも関わらず、私が選んだのは──
「そう。貴方はそれを選ぶのね」
「…………ああ、それが私の子である可能性は低い」
短剣を握る事なく、私はこの場から立ち去ろうとする。
そんな私の選択を売女はいつものように受け入れた。
……売女は最後の最期まで私に夢を見せてくれた。
◆side:現国王
売女に別れを告げて、そこそこの月日が経過した。
売女と会えなくなってからも、私は夢の続きを──売女の存在を求め続けた。
(……星のように煌めくあの眼を、もう一度この眼で視たい)
国王としての役目を果たさなければならない。
国王としての役割を全て投げ捨て、売女の胸に顔を埋めたい。
そんな葛藤を毎日のように行なっていたある日、『それ』は現れた。
「初めまして、国王様。聖女見習いになったエレナです」
『それ』は星のように煌めく瞳を持っていた。
手入れすれば艶が出そうな傷んでいる金髪。
そして、肖像画に描かれた初代聖女と酷似している容姿。
それらの要素が私に確信を抱かせる。
このエレナを自称する少女が、売女の娘である事を。
そして、この少女の父親が国王である事を。
「聖女になれるかどうか分かりませんが、最善を尽くすつもりです。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる少女を見て、私は動揺を表に出さないように努める。
少女を殺そうという考えは脳裏に過らなかった。
むしろ『どうやったら、国王としての立場を保ちつつ、この少女を手に入れる事ができるのか』と考えてしまった。
(国王である以上、聖女見習いと結婚する事はできない。仮に少女が聖女になったとしても、慣習的に結婚するのは私ではなく、王子だ。王子が婚約破棄でもしない限り、少女は手に入らない)
あの少女を手に入れたら、また夢の続きが見られるかもしれない。
あの少女も母である売女と同じように、私の要望に応えてくれるかもしれない。
私のママになってくれるかもしれない。
そんな事を思いながら、私は考える。
確実に夢の続きが見られる方法を。
考えて、考えて、考えた結果。
私は第一王子にエレナを差し出す事を選択した。
(アルベルト…….第一王子は私以上の面食いだ。少女の火傷痕を理由に結婚したがらないと思われる。恐らく近い将来、少女に婚約破棄を突きつけるだろう。そうしたら、国王の体面を保ったまま、私は少女を手に入れる事ができるかもしれない。いや、アレだけじゃなくて、アレの売女も……)
売女に植えつけられた毒が私の脳を焼き焦がす。
正気じゃない事を自覚しても尚、私は夢の続きを心の底から求め続けた。
◇side:現国王
「国王様、本当に脱出しなくていいのですか」
「よい。外にいるよりも此処でお前らに守って貰った方が安全だ」
神殿の中にある隠し通路。
何とか魔王達の手から逃れる事ができた国王は、一部の者以外名前どころか存在さえ知らない特殊部隊──『影の騎士団』団長の言葉に応える。
「で、国王の影武者は?」
「先代聖女の容姿と酷似している異形に連れて行かれました」
「では、数日以内に新しい影武者を用意しろ」
『はっ』と呟く影の騎士団団長を一瞥した後、私は近くにいた影の騎士団団員に命じる。
「魔王らが神殿から出ていくまで、此処で待機する。とりあえず、貴様は椅子と食事を持って来い」
「──いや、今国王に待機されたら困る。あんたが動いてくれねぇと、何もかも手遅れになっちまうんだよ」
一瞬だった。
重力が私の身体を引っ張ったかと思いきや、私の視界が一瞬だけ真っ黒に染まる。
視界が元の状態に戻ったかと思いきや、私の眼前に星空を映し出す湖面が現れた。
「国王に言いてぇ事は山程ある。が、それを言っている時間も余裕もねぇ」
さっきまで私の周りにいた影の騎士団は何処かに行ってしまった。
代わりに私の前に金髪の青年が現れる。
赤いナイトキャップ。
私と同じ金髪。
私の若い頃と少し酷似している顔。
爬虫類を想起させる真紅の瞳。
防寒具と思わしき赤い服。
白い手袋を身につけている両手。
赤い服に巻きついた黒いベルト。
黒い長靴。
そして、身体から放たれる独特な雰囲気。
断言はできないが、察する事ができる。
彼が聖クラウスである事を。
「答えろ。あんた、浮島の核を何処に運んだ?」
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次の更新は6月9日(日)20時頃に予定しております。




