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笑えないと売女と堕ちた王


 何処かで見た事のある柔らかい笑みを浮かべながら、老男は声を発する。

 そして、私の姿をじっと見つめると、老男は自らの名前を口にした。


「はじめまして、聖女の責務を担う者。僕の名前はクラウス。セント・A・クラウス。──貴女の味方です」


「いや、貴方はサンタじゃない」


 老男の言葉を即座に否定する。

 彼は私の答えが分かっていたのか、柔らかい笑みを浮かべたまま、『どうして』と尋ねた。


「私が知っているサンタよりも年老いているけど、容貌、所作(どうさ)、雰囲気、態度、そして、匂い。全部サンタと一緒だ。けど、貴方は私が知っているサンタじゃない」


「僕はセント・A・クラウスですよ。証拠なら幾らでも用意……」


「──サンタはそんな風に笑わない。いや、笑えない」


 目の前にいる老男──自称サンタは言葉を詰まらせる。

 そんな彼に構う事なく、私は思った事をそのまま口にする。


「……笑えない? それはどういう意味ですか?」


「私はサンタの事を知らない。でも、サンタはそんな柔らかい笑みを浮かべられない事だけは知っている」


「どうして?」


「彼は自分の事を善だと思っていないから」


 私と自称サンタ──否、サンタに似て非なる老男との間に静寂が訪れる。

 多分、私の予想は当たっているのだろう。

 老男は口を閉じてしまった。


「まあ、貴方がサンタでもサンタじゃなくても、どうでもいい。そんな事よりも、貴方が私を此処に呼び寄せた理由が知りたい」


 溜息混じりに私が言葉を吐き捨てた瞬間、自称サンタは目を少しだけ大きく見開く。

 そして、含みのある笑みを浮かべると、身体の正面を明後日の方に向けた。


「ならば、教えましょう。……と、その前に聖女エレナ。貴女に一つだけ疑問を投げかけます」


「回りくどい事を言ってないで、単刀直入に教えて欲しい」


「何事も順序というものがあります。先ず貴女が現状をどの程度知っているのか把握しないと、貴女の疑問に答えられません」


「なら、ゼロから教えて欲しい」


 自称サンタの言葉を軽く聞き流しながら、私は注意深く目の前にいる老男(そんざい)を観察し始める。

 パッと見、目の前の男はサンタと同等……いや、それ以上の素質を持っていた。

 多分、……いや、絶対私よりも格上だろう。

 もし殺し合いになっても、私じゃ彼に勝てない。

 目の前の老男(かべ)がかなり高い事を感覚的に感じ取る。


(もし老男(コレ)に勝つ事ができたら、……もっと生きているって実感を得られるかもしれない)


 そう考えた瞬間、腹が減り始める。

 敵か味方か分からない目の前の老男──自称サンタと闘いたいと思い始める。

 目の前にある挑戦(かべ)を乗り越えたいと願い始める。

 今はそれどころじゃないというのに、身体の奥から湧き上がる欲求を満たしたいと思ってしまう。


(……ああ、グチャグチャにしたい)


 そんな事を思いながら、咳払いする老男に熱い視線を送る。

 彼は気まずそうに目を細めると、『なら、ゼロから教えましょう』と言って、私に背を向けた。



◆side:???


 そいつは夜の街でしか生きられない売女だった。

 娼婦の巣窟に生息する寄生虫のような女。

 肉欲に溺れ、男と交わるだけの日々を過ごす淫売。

 金と肉棒に目が眩み、男を誑かしては、自分の肉体を消耗していくだけの刹那的な女。

 それが『彼女』だった。


「あら、こんな所に王様(かみさま)が墜ちてくるとはね。貴重な種を私なんかに振り撒いても問題ないのかしら?」


「もし貴様が私の子を孕んだら、子ども諸共殺す。それなら問題ない筈だ」


「ふふ。なら、孕まないように頑張らないとね」


 そう言って、売女は笑みを浮かべる。

 売女が笑みを浮かべただけで、私の雄が刺激された。


「さあ、素敵な夜を過ごしましょう国王(かみ)様──今晩は貴方の全てをしゃぶり尽くしてあげる」


 売女の一挙手一投足が私の股間に熱を帯びさせた。

 夜の町でしか生きられない哀れで弱々しい売女の身体が、私の身体を引き寄せる。

 星のように煌めく瞳が私を深みに誘う。

 これまでの人生、沢山の女を抱いた。

 先代国王(ちちうえ)が用意した女を抱いた。

 自分が選んだ貴族の女を抱いた。

 でも、用意された女を抱いても、貴族階級の女を貪っても、私は満たされなかった。

 幾ら女を抱いても、身体の奥にある空洞は埋まらなかった。

 生まれた時から全てが手に入った。

 けど、女を抱く度に感じる空洞が私に苛立ちを抱かせた。

 だから、私は苛立ちを解消するため、空洞を埋めようとした。

 空洞を埋めるため、未婚の貴族だけでなく既婚の貴族も抱いた。

 男も抱いた。

 貴族学院トップの成績で卒業した奴等も抱いたし、聖職者も抱いた。 

 でも、満たされなかった。

 だから、私は平民も抱く事を選択した。

 抱いて、抱いて、抱き続けて。

 身体の中にある空洞を埋めるため、国中から人をかき集め。

 とうとう私は貴族どころか殆どの平民さえ訪れない王都の隅──夜の町に足を運んだ。 


「なるほど。国王様は子供の時から、ずーっと、誰かに甘えたかったのね」


 雌の臭いを漂わせる豊満な乳房を揺らしながら、売女は私の中に入り込む。

 まるで『私にしか貴方の空洞を埋められない』と言わんばかりの態度で、彼女は私が求めている箇所に指を絡ませる。


「いいよ。赤ちゃんみたいに『ばぶぅ』って言って。私を殺せば、貴方の過ちは泡沫の幻となって、溶けて消える。だから、たっくさん甘えていいのよ」


「……わたしは、(かみ)だ。王族としてのプライドが、……そもそも私には息子がいる。アルベルト……いや、第一王子達に顔向けできなく、……そんな真似、できる訳な……」


「できるわよ。だって、そのために此処まで堕ちてきたんでしょ?」


 口から肉棒の臭いを漂わせながら、鼻腔を貫く程濃い雌の臭いを垂れ流しながら、売女は瞳を煌めかせる。


「なら、お願いしてあげる。ねぇ、国王(ボク)くん。──私の事、ママって呼んでくれるぅ?」


 クスクスと国王(わたし)を小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、売女は私の唇を奪う。

 唇を奪われる瞬間、私は国王(かみ)であるにも関わらず、売女の言葉に従い、『ママァ……』と呟いてしまった。

 

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は6月2日(日)20時頃に予定しております。


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厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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