星のような目と現聖女と美しい鼻
◆ジェリカside
音楽と共にワタシは星屑の聖女──エレナさんとダンスを踊る。
踊り慣れているのか、エレナさんのリードは素晴らしく、ワタシの動きに合わせてくれた。
全身で音を奏でながら、身体全体で感情を表現する。そんなエレナを見て、ワタシは──
くすくす。
醜女であるワタシと傷だらけのエレナさんを見て、他の貴族達が嘲笑う。
貴族達の嘲笑が楽器の音と重なり合い、会場全体に響き渡る。
醜い、気持ち悪い、不気味、おぞましい。
美しいメロディと共に心無い言葉がワタシ達を襲う。
……今すぐここから逃げ出したかった。
どうして、ワタシは笑われないといけないのだろう。
身体が重く、心臓が張り裂けそうな程痛い。
息を吸う度に、吐き気が込み上げて──
「顔を上げて」
いつの間にか俯いていたワタシにエレナさんが声を掛ける。
エレナさんと目が合った。
夜空を彩る星のような目がワタシの視線を引き寄せる。
綺麗だと思った。
エレナさんの目はワタシの心を惹き寄せる『何か』を秘めていた。
ワタシの身体を纏っていた周囲の視線が剥がれ落ち、音楽が骨の芯まで染み渡っていく。
聖女はワタシの事をちゃんと見てくれていた。
ワタシを見下す訳でもなく、嫌悪する訳でもなく。
彼女はただ真っ直ぐワタシの瞳を見つめてくれた。
──彼女と踊り続けたい。
この人と踊っている間は、辛い現実がどうでもよくなってしまう。
この人の前では醜いワタシのままでもいいんだって思える。
無言でワタシを肯定してくれるこの人が愛おしくて堪らなかった。
嬉しかった。
醜いワタシをちゃんと見てくれる彼女が好きになった。
たとえ聖女の愛が平等だったとしても。
分け隔てなく、ワタシも愛してくれる優しい彼女に目を奪われた。
「何かあったら声を掛けてください」
舞踏会が終わった後、エレナさんはワタシの手を離しながら、こう言った。
「私にできる事は限られているけど、私にできる事なら何でもやります。だから、小石なんかに躓かないでください」
聖女の優しさがワタシの心を満たしていく。
心の底から『聖女とまた踊りたい』と思った。
今回は人の目があった所為で、楽しい気持ちを維持できなかった。
次は楽しい気持ちのまま、聖女と踊りたい。
「……ワタシ、頑張りますから」
聖女みたいな強くて優しい人間になりたい。
他人から後ろ指を差されても、毅然とした態度でいられるような。
そうしたら、今回以上に楽しい時間を過ごす事ができるかもしれない。
「だから、またワタシと踊ってくれませんか?」
「勿論です」
聖女は即答してくれた。
嫌な顔一つせず、ワタシの誘いに乗ってくれた。
「次こそは最初から最後まで楽しみましょう」
そう言って、聖女はワタシに笑いかけ─
◇
「わたくしの言う事を聞け! 肥えた化け物共っ! わたくしは聖女でしてよ!? こんな扱いをして唯で済む訳が……!」
現聖女──アリなんちゃらがオーガ達に怒声を浴びせる。
現聖女の事を好ましく思っていないのか、オーガ達の身体から敵意と殺意の匂いが放たれた。
が、現聖女に危害を加える事も反論する事なく、ワインと食物を貪る。
聖女という単語に反応したサンタは、コソコソ声で私に疑問を繰り出した。
(嬢ちゃん、アレはお前の知り合いか?)
(うん。アレはアリ……アリ……アリ……うん、現聖女だよ)
(名前、忘れしてんじゃねぇよ)
呆れたような視線を浴びせつつ、サンタは溜息を吐き出す。
(にしても、あの胸でけえ姉ちゃんは何がしてぇんだ? オーガ達の気まぐれで生かして貰っている事に気づいてねぇのか?)
サンタが発した『姉ちゃん』という単語につい反応してしまう。
(……ねえ、何で現聖女を姉ちゃん扱いしているの? 私の方が歳上なんだけど)
(あん? あの胸でけえ姉ちゃんを歳上扱いしているだぁ? んな訳ねぇだろ)
(だったら、何で私は嬢ちゃん呼びで、現聖女は姉ちゃん呼びなの? エッチだからか? あっちの方がエッチな身体しているからか?)
(嬢ちゃんを嬢ちゃん呼びしてんのは、嬢ちゃんがまだ半人前だからだ)
(私が半人前だって事は分かった。けど、なんで現聖女を姉ちゃん呼ばわりしてんの? あれか? 現聖女の身体は一人前と物申すか?)
(嬢ちゃんと違って、深い意味はねぇよ。つーか、俺を何歳だと思ってんだ。今の形は若えが、中身はヨボヨボの爺ちゃんだぞ。昔はともかく、今はエッチな姉ちゃん見たところで、何とも思わないっての)
(あ、乳首ポロリした)
(おいおい、マジかよ)
自称枯れた男を白い目で見る。
現聖女の乳首ポロリに反応した自称枯れた男は、罰の悪そうな表情を浮かべると、気まずそうに空を仰いだ。
(…………まあ、男ってのは何歳になっても男の子って事で)
白い目で見続ける。
まあ、なんだ。
これでも私は元聖女だ。
サンタが乳房大好き人間だったとしても、軽蔑したりしない。
ただ興味あるのに興味ないフリした事と彼が男の子である事だけは絶対に忘れない。
(おい、白い目で見るな。嬢ちゃんだって、エッチい事に興味あんだろ)
(ごめん。聖女だったから、そういうの分からない。というか、仮に興味あったとしても、今はそんな話している場合じゃないと思う)
(あ、逃げやがった)
閑話休題。
再び意識をオーガ達の方に向ける。
食事の手を止める事なく、オーガ達は現聖女の罵倒を聞き続けた。
変わり映えのない光景を延々と見続ける。
オーガ達が口を開かない所為で、現状を全く把握できなかった。
(ああ、もう洒落臭ぇ。こんまま待ってても時間の無駄だ。俺がキッカケを作って……)
痺れを切らしたサンタが動き出そうしたその時だった。
何処からともなく、サンタと似て非なる『危険な匂い』が私の鼻腔を貫く。
その匂いを嗅いだ途端、私は反射的に全身を物陰に押し込んでしまった。
(この気配……!? まさか『虐者』か!?)
匂いの主と知り合いなのだろうか。
サンタの口から聞き慣れない単語が飛び出る。
物陰に虐者について尋ねようとしたその時だった。
「これを十字架にかけてください」
聞き覚えのある声が私達の鼓膜を揺るがす。
声が響き渡った瞬間、食事をしていたオーガ達の手が一斉に止まった。
意識を尖らせ、匂いを嗅ごうとする。
が、匂いに意識を傾けた途端、サンタが私の集中を阻害した。
(──嬢ちゃん、止めろ。今の嬢ちゃんの力量じゃ、虐者に気づかれる)
緊張感に満ち溢れたサンタの声が私に危機感を抱かせる。
もしかして、私が思っている危険な匂いの主はヤバいのでは……?
「久しぶりですね」
聞き覚えのある声が私の鼓膜を微かに揺さぶる。
「久しぶり!? 貴方のような化物の知り合いなんていませんわ!!」
「あら。化物呼ばわりしても、醜いとは言わないんですね」
現聖女の声と聞き覚えのある声が私の鼓膜を微かに揺さぶる。
(どうやら現聖女と言い争っているヤツが『虐者』みたいだな)
聞き覚えのある声、サンタの指摘が私に焦燥感を与える。
もしサンタの言っている事が本当だったら。
今、現聖女と言い争っている声の主は。
危険な匂いの源の正体は。
「まあ、今のワタシを醜女呼ばわりはできないでしょう。だって、今のワタシは沢山美しいものを食べたのですから」
隣にいるサンタの身体が硬直する。
匂いがなくても理解できた。
現聖女と言い争っている人の目的が。
「……貴女、一体何者でしての?」
「あら? 分からないのですか」
現聖女は意図と目的に気づいていないのか、間抜けな質問を繰り出している。
反射的にサンタの方に視線を向けた。
サンタは『言わなくても分かってら』みたいな目で私の瞳を一瞥した。
「まあ、分からないならいいです。貴女が分からないのなら、ワタシは過去の自分と完全に訣別できたのでしょう。嬉しいです。ワタシの顔を見る度に『醜い』と言っていた貴女が、今のワタシに嘘でも『醜い』と言わないんですから」
「あなた、さっきから何を言っていますの……!?」
現聖女と言い争っている『彼女』の瞳から悪意と愉悦の匂いが立ち込める。
その瞬間、私の背筋に悪寒が走った。
「よく分からないですけど、私の知り合いなら、私を助けてくださいまし! さっさと助けないと、あなたも私の婚約者である第一王子に……」
「ごちゃごちゃ五月蝿いですね。ワタシに命令しないでください、食材風情が」
サンタと一緒に瓦礫の陰から飛び出す。
瓦礫の陰から飛び出した私が先ず目にしたのは、
──現聖女の高い鼻を齧ろうとする友人の姿だった。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は7月22日(土)20時頃に予定しております。
 




