絶対性と完全敗北と無邪気な笑み
◇
「──無駄だ、サンタ」
光り輝く吹雪の中から銀髪の青年──魔王が出てくる。
彼の身体には傷らしいものが一つも見当たらなかった。
魔法は使っていない。
魔術どころか魔力さえ使っていない。
にも関わらず、魔王はサンタの繰り出した攻撃を、今まで数多の強敵を退けてきた必殺を、棒立ちの状態で防いだ。
防ぎ切ってしまった。
「今のオレは絶対性がある。お前の火力じゃ、傷一つつけられねぇ」
誇る事なく、見下す事なく、淡々とした様子で魔王は言葉を連ねる。
まるで、……いや、魔王は事実を言っているのだろう。
無感情に声を発する敵を見て、冷や汗を額に滲ませるサンタを見て、私は高揚してしまう。
多分、危機的状況で頭がおかしくなってしまったんだろう。
頭は驚く程に冷たいのに、身体は熱を帯び始めた。
「ちっ……!」
サンタの姿が消える。
多分、心器の力を使ったんだろう。
心器の中──あの湖の中に戻ったんだろう。
私の推測を肯定するかのように、煙のように現れたサンタが魔王の背後を取る。
魔王の後頭部目掛けて拳を振るう。
「無駄だって言ってるだろ」
振り返るどころか、指一本動かす事なく、魔王は攻撃を繰り出す。
熱風が私の皮膚を舐めた瞬間、不可視の力がサンタの身体を弾き飛ばす。
「もうお前じゃオレには敵わねぇ」
床の上を転がっていたサンタが体勢を整えようとする。
が、彼の態勢が整うよりも先に何処からともなく現れた藍色の炎が貫いた。
「ぐっ……!」
──サンタの左脇腹を。
「サンタっ……!」
サンタが私達の前に現れて、まだ一分も経っていない。
魔王もその場から一歩も動いていない。
にも関わらず、サンタは重傷を負ってしまった。
必殺の攻撃を呆気なく防がれてしまった。
サンタは油断も慢心もしていなかったにも関わらず、あっという間に窮地に陥ってしまった。
絶体絶命の状況下に追い込まれてしまった。
「おい、サンタ……いや、人類の集合無意識体に選ばれし者」
息を荒上げるサンタを睨みながら、魔王は疑問の言葉を口にする。
「お前は何故ここにいる?」
「そりゃ、……お前を、……絶対悪を倒すためだよ」
「浮島にいるヤツらは本当に魔王の死を望んでいるのか?」
「あん? どういう意味だ?」
「もし浮島にいるヤツらが生を望んでいたら、必要悪は存在しない筈だ」
「…………」
「お前、本当にオレを倒すつもりがあるのか?」
「…………」
「お前の本当の目的は何だ? なぜ聖女と手を組んだ? なぜ手遅れになった段階で、オレの前に現れた? お前は本当に人類の集合無意識体に選ばれたのか?」
サンタは魔王の疑問に答えなかった。
私は思い出す。
以前、サンタと交わした言葉を。
『俺は『ティアナ』──人類の集合無意識体ってヤツに雇われてんだよ』
『ティアナってのは『集合無意識体』──人類が先天的に共有している無意識を一塊にしたものだ。人類が獲得した超越的防衛機能。人類の生存欲求を満たすために存在している安全装置……って言ったら、ピンと来るか?』
『えー、えーと、要するに、私達人類が無意識のうちに生きたいって望んでいるから、安全装置ティアナの一部分である貴方は、私達の生命を脅かす魔王を倒しに来た……って事?』
『ああ、そんな感じだ。その解釈で大体合ってる』
サンタは私に言った。
自分がティアナと呼ばれる人類の集合無意識の一部である事を。
この浮島にいる人達の生存欲求を満たすため、魔王を倒しに来た事を。
そして、
『ただな、……なんか今回はいつもと違うんだよ』
『なんか無理矢理呼び出されたというか。ティアナから魔力を殆ど与えられない事なんて初めてというか。上手く言葉にできねぇが、いつもと違うんだよ』
この状況にサンタが違和感を抱いていた事を。
(もしかして、サンタも現状を正確に把握できていないんじゃ……)
「おい、答えろ、サン……」
「──心器」
サンタの呟きが地面に穴を開ける。
サンタと魔王の身体が穴の中に誘われる。
重力がサンタ達の身体を引き摺り下ろす。
私の視界からサンタ達の姿が消える。
「──『恵まれぬ者に金塊を』」
何処からともなくサンタの心器の銘が聞こえてくる。
彼の声は今まで聞いた事がない程、張り詰めていた。
それを聞いて、私は確信する。
──此処が彼の限界である事を。
「幾ら心器を使おうが、神造兵器を使おうが、良質な策を何個用意しようが、関係ねぇ」
私の目の前に現れる。
魔王とサンタが現れる。
無傷の魔王と酷い火傷を負ったサンタが現れる。
「力の差があり過ぎる。お前じゃ完全に力を取り戻した今のオレを倒せねぇよ」
気絶したサンタを見下ろしながら、魔王は額に汗を滲ませる。
サンタの身体はボロボロだった。
右腕は黒く焦げているし、いつも着ている赤い衣服は殆ど炭になっている。
左脇腹からは血が噴き出しているし、右脚は焼け爛れていた。
「サ、サンタっ……!」
意識を保てていないんだろう。
サンタは私の声に応えなかった。
(サンタから匂いを感じない……! という事は、アレは演技じゃ……!)
サンタは気を失っていた。
アレが演技でも何でもない事を匂いで気づく。
匂いで気づかされる。
焦げた肉のような臭いが鼻腔を突く度、気絶するサンタを認知する度、気づく。
いや、気づかされる。
今が絶体絶命である事を。
「………おい、聖女」
魔王の方に視線を向ける。
敵の瞳に映っている自分の姿を目視する。
「……お前、何で笑っている?」
魔王の瞳に映っている私は、楽しそうに笑っていた。
まるで新しい玩具を見つけた子どものような笑みを浮かべていた。
それを見て、危機的状況であるのに笑っている自分の姿を見て、私は気づく。
否、気づかされる。
理性と本能が一致していない事を。
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次の更新は4月20日(土)22時頃に予定しております。




