炎の檻と今の私と過去の貴方
◇
繭の中から出てきた藍色の炎が会釈する。
私は指先を微かに揺らすと、藍色の炎──銀髪の青年を睨みつけた。
「……よお、久しぶりだな聖女様」
銀髪の青年──魔王の容姿も雰囲気も変わっていた。
以前見た時よりも大人びているような気がする。
匂いは全く変わってないけれど、細かい所が少しだけ変わっているような気がした。
「……サンタの野郎はどこにいる?」
魔王の疑問を敢えて無視する。
彼の隙を見つけ出そうと、身体全体を強張らせる。
だが、幾ら身構えても、鼻を鳴らしても、魔王の隙どころか、突破口さえ見えなかった。
「答えない、か。なら、オレが探す」
魔王から放たれる匂いが僅かに淡くなる。
それを感知した瞬間、私は聖女の証に魔力を注ぎ込んだ。
「──神威」
「無駄だ」
サンタから受け取った聖女の証を使おうとする。
が、私が動き出すよりも先に魔王の方が圧倒的に早かった。
あっという間に、私の身体は藍色の炎でできた檻の中に閉じ込められる。
それに構う事なく、聖女の証の力を使おうとする。
しかし、突如現れた藍色の炎が私の四肢に巻き付いた所為で疎外されてしまった。
「力を全て取り戻した。今のオレはサンタでも止められねぇ」
繭の中から出てきた魔王と出会って、十数秒。
一瞬で檻の中に閉じ込められた上、四肢の自由を奪われてしまった。
いや、力の差、あり過ぎる。
あっという間に、勝負が着いてしまったんだけど。
心の中にいるサンタに呼びかける。
心の中のサンタは『これが一番勝算高かったんだけどなー』みたいな事を呟くと、明後日の方向を見始めた。
いや、こっち見ろや。
「大人しくそこで待ってろ。オレは今からサンタ達を殺してくる。
身に纏っている子供用ドレスのお陰なのか、それとも魔王が手を抜いているのか、藍色の炎で四肢を縛られているにも関わらず、痛みは全く感じなかった。
「……魔王、貴方の目的は一体なんなの? この浮島をいる人達を滅ぼす事なの?」
「………」
「前に言ってたよね、『聖女を救うのはオレだ』って。あれは一体どういう意味なの?」
「……」
時間稼ぎを行う。
幾らサンタでも、今の魔王と先代聖女相手に勝つ事なんてできないだろう。
だから、私は時間を稼ぐ。
サンタが先代聖女を何とかするまでの間、時間稼ぎに徹する。
それしか今の私にできそうにない。
「私の洗脳を解くため、この浮島を壊すって言ってたよね? あれは一体どういう意味なの? 貴方は私のために動いているの? 私のために浮島を壊そうとしているの?」
「………」
魔王は私の疑問に答えなかった。
気まずそうに私を見ているだけで、口を閉じ続けた。
「貴方は言ったよね? 私が『聖女としての役目を果たすためだけに加工された操り人形』だって。あの時は何を言っているのか分からなかったけど、先代聖女の記憶を見た今なら理解できる。先代聖女から施された私の洗脳を解くため、貴方は私を救おうとしていた。そうでしょ?」
「……そうだと言ったら?」
「魔王、今の私は聖女に見える?」
疑問を疑問で返す。
魔王は私の疑問に答えなかった。
魔王の瞳に映った自分の姿を見つめる。
縮んだ身体。
サンタから与えられた煌びやかな衣装。
そして、自嘲沁みた笑みを浮かべる幼い顔。
今の私の姿は金持ちの娘にしか見えなかった。
とてもじゃないが、聖女……いや、聖職者であるようには見えない。
「もう聖女である事は辞めた。先代聖女から思想を誘導されていた事も自覚した。もう貴方がこの浮島を滅ぼす理由なんてない筈だ」
「なら、何でお前はここにいる?」
「自分のためだよ。浮島が滅亡したら、自給自足の生活を送らざる得ない状況に陥る。もし貴方が私以外の国民を殺すつもりだったら、私一人で衣食住を確保しなきゃいけない。文明によって得られた恩恵を全て投げ捨て、原始的な生活を送らなきゃいけなくなる」
「オレがお前を別世界に連れて行く。ここは世界の、……」
「魔王、それは本当に私のためなの?」
魔王がなぜ私を救おうとしているのか。
その理由は分からない。
けど、これだけは分かる。
「魔王、貴方の人助けは独り善がりだ。私の気持ちを一切考慮できていない」
何を言われているのか理解できていないんだろう。
私の言葉を受けて、魔王はほんの少しだけ表情を崩した。
ショックを受けている……というより、困惑しているみたいだ。
口をほんの少しだけ開きながら、魔王は息を短く吐き出す。
幼子のように困惑している顔を見て、私はようやく気づいた。
魔王の情緒が未発達である事を。
「貴方が本当にやりたい事は一体なんなの?」
魔王は沈黙を選択する。
沈黙を選択し続ける。
そんな魔王に構う事なく、私は淡々と疑問を繰り出し続ける。
「貴方にとって私を救う事は手段であって、目的じゃない筈。なら、貴方が本当にやりたい事は一体なんなの?」
「………」
「以前、貴方は私の事を、『聖女としての役目を果たすためだけに加工された操り人形』って言ったよね?」
「………」
「私の事を、『聖女としての役目を果たす以外の機能も感情も排除された、使い手にとって都合の良い道具』って言ってたよね?」
「……」
「…………もしかして、貴方は私を使って否定しようとしているだけじゃないの? 過去の自分……操り人形だった自分を。使い手にとって都合の良い道具である自分を」
「違う」
魔王が口を開く。
理性によって押さえつけられていた感情が、ほんの少しだけ表出する。
表情は変わらなかった。
けど、彼の身体から漂う匂いは変貌した。
その匂いを見逃す程、私の鼻は鈍くなかった。
「違う。そんな訳あるか。確かにオレは証明するために聖女を救おうとした。けど、……オレはお前を使おうとしていた訳じゃない。オレは本当にお前を、……」
「なら、今の私は……聖女を辞めた私は救わなきゃいけない対象なの?」
魔王は言葉を詰まらせる。
子ども沁みた表情を浮かべる。
大人びた容姿に似合わない表情を浮かべ、私から目を逸らす。
「……貴方は私を救おうとしているんじゃない。私を使おうとしている」
拗ねた子どものように、そっぽを向く魔王に私は声を掛ける。
穏やかで優しい匂いを発しながら、私は魔王に身体の正面を向ける。
「目的を果たすための道具として使い潰そうとしている」
「違う」
「なら、……どうしてヴァシリオスを殺したの……? 私は、……そんな事、望んでいなかったのに……」
魔王に踏み殺されたヴァシリオスを思い出す。
思い出しながら、私は負の感情を表情に滲ませる。
「……魔王。私は貴方の事をよく知らない。貴方が何を考えて動いているのか理解できていない。もしかしたら、私が理解できていないだけで、貴方の行為は最善かもしれない。正解かもしれない。この浮島を滅ぼした方が、私のためになるかもしれない」
魔王の背景に何があったのか、私は知らない。
当然だ。
だって、知る機会がなかったから。
でも、分かっている事が一つだけある。
言わなきゃいけない事が一つだけある。
でも、それを言ったら、魔王は傷ついてしまう。
だから、私は言葉を選んだ。
言葉を選びながら、魔王に自らの気持ちを伝えようとする。
彼を傷つけないよう、慎重に言葉を選びながら、言わなきゃいけない言葉を告げようとする。
「……でも、貴方は考慮できていない。私の気持ちを考慮しようとしていない。自分の善意を私に押しつけている」
「だから、どうした」
ダメだ。
選んだ言葉程度じゃ、彼に伝わらない。
伝えなきゃいけない言葉が伝わらない。
そう判断した私は言った。
言ってしまった。
「…………私は道具じゃない。今の私を救っても、過去の貴方は救われない」
最も彼が傷つくであろう言葉を。
私は自分の意思で口にした。
「……っ!」
魔王の身体から攻撃的で過激な匂いが放たれる。
その時だった。
私の五感がサンタの匂いを捉えたのは。
何処からともなく現れたサンタが、魔王の背後に移動する。
「………」
サンタの存在に気づいた魔王は視線だけを背後に向ける。
彼が視線を向けた途端、サンタはハンドベルを天に掲げた。
「────奇跡謳いし聖夜の恩寵っ!
鐘の音が響き渡る。
その瞬間、光り輝く吹雪が魔王の身体に致命傷を与え──られなかった。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
先週は更新お休みして申し訳ありません。
もしかしたら、これからも度々急遽お休みを貰うかもしれませんが、ちゃんと完結させるので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。
次の更新は4月13日(土)22時頃に予定しております。




