差し出した手と握られた手と傲慢な手
◆ジェリカsidb
「遅かったじゃないか、エレナ!」
再び舞踏会会場に足を踏み入れた途端、第一王子がワタシの隣にいる星屑の聖女──エレナさんに話しかけた。
アリレルの姿を探す。
席を外しているのか、彼女の姿は見当たらなかった。
「すみません。仕事が終わらなくて、少し遅れました」
先程の不服そうな表情が嘘だったかのように、第一王子は愉しそうにエレナさんを睨みつける。
第一王子は残念そうな顔を作ると、舞踏会にいる人達に聞こえる声量で、こんな事を言い出したら。
「お前が遅かった所為で、オレは別の相手とダンスを踊る事になった! 俺は婚約者であるお前と踊りたいと思っていたが、お前が遅れた所為で他のヤツと組まざるを得ない状況に陥ったのだ! 第一王子が一人寂しく踊るなんて、他の貴族に示しがつかないからなぁ!」
「はあ、そうですか」
第一王子の言う事を屁でも思っていないのか、エレナさんは無表情のまま、相槌を打つ。
第一王子の反応を見て、ワタシは『第一王子が最初からエレナさんを踊るつもりがなかった事』に勘づいた。
貴族だけでなく、王族も自らの名誉と体裁を気にする生き物だ。
だから、ワタシみたいな醜女やエレナさんみたいに醜い傷痕が残る女とは絶対に踊らない。
だって、他の貴族達に見下されるから。
「でも、まあ、ちょうど良かったです」
「はあ? ちょうどいい?」
「どうやらジェリカさんと踊ってくれる方がいないらしくて。だから、王子がダンスの相手を見つけてくださって助かりました。これなら心置きなく、ジェリカさんとダンスが楽しめます」
ちょっとだけ意地の悪い顔をしながら、エレナさんは淡々と言葉を紡ぎ出す。
第一王子はエレナさんの言動に苛立った様子を見せた。
「は? そいつと踊る? どうして? お前は俺の婚約者なんだろう?」
「王子のダンスの相手は既にいらっしゃるでしょう? 今夜は王子とのダンスを楽しみにしていましたが、お相手がいるのなら仕方ありません。私はジェリカさんと踊ります」
エレナさんは笑顔を浮かべながら、第一王子の問い掛けに答える。
その答えを聞いた第一王子は悔しそうに歯を食い縛った。
「……なんで、いつも他のヤツを……もっと、もっと俺を……!俺の事を……!」
王子の方から小さな声が漏れる。
エレナさんは王子の声が聞こえていないのか、丁寧で上品なお辞儀を披露すると、ワタシを連れて会場の隅へと歩み始めた。
「あ、あの、……いいんですか? ワタシなんかと踊っても……」
誰にも聞こえないような小声で尋ねる。
すると、エレナさんは穏やかな笑みを湛えながら、こう呟き返した。
「何か問題があるのでしょうか?」
「い、いや、貴女は聖女で第一王子の婚約者なんでしょう……? 第一王子も貴女と踊るために、貴女をここに呼……」
「最初から踊るつもりはなかったと思いますよ。多分、私をここに呼んだのは嫌がらせするためだと思います」
エレナさんは小声で囁くと、優雅に右手を差し出してくる。
彼女が差し出した醜い右手を見て、ワタシは彼女の手を握る事に躊躇いを覚える。
私の躊躇いを見抜いたのか、エレナさんはすぐに火傷の痕が目立つ右手を下げると、左手をワタシに差し伸べた。
恐る恐る彼女の左手に触れる。
そして、エレナさんの手の感触を確かめると、ワタシはゆっくりと彼女の手を握り締めた。
◇
「うげ、こりゃあ厄介だな」
茂みの裏に隠れながら、私とサンタはオーガ達が集う村を遠目で見つめる。
村は酷い有様だった。
建物という建物は破壊され、地面は血の色に染まっている。
村の中心にはボロボロになった高級品に身を包んだ男女十数人が十字架にかけられていた。
「……サンタ」
十字架周りに集っているオーガ百数人を見ながら、右隣にいるサンタに声を掛ける。
「落ち着け、嬢ちゃん。嬢ちゃんの言いてぇ事はちゃんと分かってる」
十字架にかけられた貴族達に悪意を向けるオーガ達を見ながら、サンタは私の口にクッキーを詰め込む。
「だが、迂闊に首突っ込むのだけは反対だな。どういう訳なのか知らねぇが、あのオーガ達は十字架にかけられた人達を今すぐどうこうするつもりはねぇらしい」
聞き分けのない子どもを諭すような優しい口調で、サンタはオーガ達を指差す。
「動き出すのは、大体の事情が分かった後、……或いは事態が急転してからだ。十字架にかけられたと言って、あいつらが善人とは限らねぇ。嬢ちゃん、もっと見ろ。表面だけ見て動いたら、本当に助けなきゃいけねぇ奴らを見落としてしまうぞ」
サンタの言葉から湿っぽい匂いが漂う。
妙に重みと厚みのある湿っぽい匂いを嗅いで、私は言葉を詰まらせてしまった。
「うし、言いたい事全部言っちまったし、ちょっと移動するか。ここじゃ遠過ぎて、あいつらの声聞こえねぇし」
そう言って、サンタは躊躇う事なく、私の右手を握る。
火傷の痕が残った私の右手を平然と握る彼を見て、思わず目を見開いてしまった。
「あん? どうしたよ? 鳩が矢に当たったみてぇな顔しやがって」
「え、あ、……いや、別に」
今まで私の右手を好き好んで握る人がいなかったので、ちょっと面食らってしまう。
多分、サンタは私の傷に関して何も思っていないんだろう。
名誉とか体面とか気にする第一王子達とは違うタイプの人間かもしれない。
「はっはー、もしかして、嬢ちゃん、初心なのか? 俺に手を握られて、ドキドキしちまう程初心なのか? 意外と可愛い所あるじゃねぇか」
「勘違いしないで欲しい。命の危機を感じているだけだから」
「安心しろ、嬢ちゃん。俺が守ってやるから」
そう言って、私の右手を握ったまま、サンタは移動を始める。
右手が引っ張られる。
『そういや、誰かと手を繋いで歩いた事なかったなー』みたいな事を考えながら、私はサンタの手を握り返した。
◇
歩いて、隠れて、歩いて、隠れてを繰り返して十数分。
オーガ達の声が聞こえる位置まで移動した私とサンタは家屋だった瓦礫の陰に隠れる。
そして、息を潜めると、オーガ達の声を盗み聞きした。
(なるほど。十字架にかけられたヤツに手を出さねぇのは、『親分』を待っているからか)
私にしか聞こえない小声を発しながら、サンタは盗み聞きした内容を要約する。
どうやらオーガ達の親分は逃げた貴族達を追っているらしい。
(んじゃ、嬢ちゃん。ここで待っていてもアレだし、オーガ達の親分に会いに行こうか)
貴族達から強奪したワインや食料を貪るオーガ達を注視しつつ、サンタは提案を投げかける。
特に反対する理由もなかったので、彼の提案に乗っ──
「こんな事をして、ただで済むと思いましての!?」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
オーガ達に見つからないよう、細心の注意を払いながら、瓦礫の陰から顔を出し、声の主に視線を向ける。
「さっさと、わたくし達を解放しなさい! じゃないと、魔力が回復次第、あなた達に生き地獄をお見舞いしてあげますわ!」
絹のように滑らかで艶のある金の髪。
高そうな宝石のように美しい瞳。
男受けしそうな子どもっぽい顔。
大人の色気を感じさせる肢体。
所々破けたドレスを内側から押し上げる大きく豊満な胸。
くびれた腰回りが何とも言えない雰囲気を漂わせている。
あの美女は確か見覚えがある。
確か彼女は──
「わたくしの言う事を聞け! 肥えた化け物共っ! わたくしは聖女でしてよ!?」
間違いない。
アレは現第一王子の婚約者であり現聖女の………現聖女の………ア……ア……アリ……アリ……ぐふん! ぐふん! だ。
「嬢ちゃん、誤魔化し切れてねぇぞ」
「勝手に私の心を読まないでくれる?」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は7月21日(金)20時頃に予定しております。