理想の聖女と婚約破棄と老男
◇
見た。
先代聖女の記憶を。
私を立派な聖女にするため、私の記憶を弄り続ける先代聖女の姿を。
全部、見た。
「なるほど。こうやって、嬢ちゃんの在り方を歪めたのか」
先代聖女のものと思わしき記憶を眺めながら、サンタは大きい独り言を呟く。
私はというと、どう反応したら良いのか分からず、口を閉じ続けた。
「ようやく理解できた。つまり、先代聖女──嬢ちゃんの義理の親は、自らの魔法を悪用し続ける事で、嬢ちゃんを立派な聖女に仕立て上げた。嬢ちゃんが聖女になる上で不必要な記憶は逐一排除する事で、先代聖女は嬢ちゃんを理想の聖女に加工した……って、解釈で合っているか?」
目の前の光景がガラリと変わる。
狭い個室で泣き続ける幼い私の姿が目に入った。
第一王子に虐められた事を先代聖女に言いつける私の姿が目に入った。
……穏やかな笑みを浮かべながら、幼い私の頭を撫でる──ついでに、私の記憶を弄る先代聖女の姿が目に入った。
そして、
「いい加減出てきたら、どうだ? ここはあんたの心象世界。俺の所為で制御できなくても、顔を出す事くらいならできる筈だ」
異形と化した先代聖女が私達の前に現れた。
「あんたが聖女を辞めたがっていた事、聖女を辞めるために嬢ちゃんを聖女に仕立て上げようとした事、嬢ちゃんの記憶を弄り続けた事。あんたが記憶を見せてくれたお陰で、何となく分かった」
「……わたしが記憶を見せたのではありません。貴方が暴いたのです。私が墓まで持っていく筈だった秘密を」
親の仇を見るような目でサンタを睨みつける先代聖女。
異形と化した彼女の身体は憎悪と憤怒の匂いが放たれていた。
顔を歪ませる先代聖女を見て、私は少しだけ眉間に皺を寄せてしまう。
悪魔のような形相でサンタを睨みつける義母は、私にとって見慣れないものだった。
「だが、これだけは分からねぇ。先代聖女、何であんたは魔王なんかと手を組んだんだ?」
脱力したまま、サンタは疑問の言葉を連ねる。
「あんたが聖女を嫌々やり続けていたのも、嬢ちゃんを聖女に仕立て上げたのも、全部聖女としての役目を全うするためだったんだろ? 理由はどうであれ、あんたは聖女としての役目を果たそうとしていたんだろ? ……この浮島を守るのが聖女の役目なんだろ?」
「………」
先代聖女はサンタの言葉に答えなかった。
サンタも先代聖女の言葉に反応する事なく、自分の話をし続けた。
「何で魔王と手を組んだ? 魔王の目的はこの浮島にいる人達の殲滅だ。それを知った上で、お前は此処にいるのか?」
「………」
「やっぱ、そうか。──あんた、聖女としての役目を全うするために魔王と手を組んだのか」
案の定、先代聖女はサンタの問いに答えなかった。
口を閉じ続ける。
眉間に皺を寄せたまま、口を、閉じ続ける。
暴いて欲しいと言わんばかりの態度で、先代聖女は口を閉じ続ける。
「……分かったよ。お前の望み通り、続きを見てやるよ」
そう言って、サンタは指を鳴らす。
パチンという音が鳴り響いたかと思いきや、景色が一変してしまった。
景色が、変わる。
私の気持ちを置き去りにしたまま、事態だけが進展する。
私はそれをぼんやり見続ける事しかできなかった。
◆side:イザベラ
「……それ、本当ですか?」
私は、聞いた。
聞いてしまった。
第一王子が現聖女エレナに婚約破棄を言い渡した事を。
私は聞いてしまった。
第一王子達の父であり、この国を治める国王の口から出てきた衝撃的な言葉を。
私は、聞いてしまった。
「ああ。息子は聖女エレナを捨てた。だから、私が聖女……いや、元聖女エレナを嫁にもらう」
「……どう、してですか?」
「国王は神だ。民とは神のために己の全てを捧げる存在。元聖女も民だ。故に、元聖女も私のものと言える。──民は王に尽くすためにあるのだ」
国王は私の質問に答えてくれなかった。
なぜ第一王子の選択を受け入れたのか。
なぜエレナを嫁に貰おうとしているのか。
エレナが聖女を辞めた場合、彼女が行なっている慈善活動はどうなってしまうのか。
それらの疑問に答える事なく、『私は神だから』という横暴な理屈で国王は全てを捩じ伏せてしまった。
訳が分からなかった。
わたしの人生が否定されたような気がしました。
頭の中がごちゃ混ぜになる。
でも、わたしは国王に対して何も言えなかった。
何も言わないまま、わたしは国王の前から立ち去ってしまった。
(エレナが、聖女じゃなくなる……?)
ボーッとしたまま、わたしは歩き続けます。
頭を動かし続けても、考えは纏まりませんでした。
ボーッとしたまま、長い廊下を歩き続けます。
人生を賭けて、非道な行いをしてまで、エレナを理想の聖女に仕立て上げたというのに、第一王子の気まぐれの所為で、全部水の泡になってしまいました。
次の聖女はアリレルという名の才女みたいです。
わたしは会った事がありませんが、アリレルの評判はあまりよろしくありません。
恐らく、わたしと同じクソ女でしょう。
能力があるだけのクソ女でしょう。
わたしと同じように、弱き人のために自分を犠牲にできないクソ女でしょう。
この浮島を揺るがす危機が起きたとしても、いの一番に逃げ出すクソ女でしょう。
きっと、そうに決まっている。
そんな事を考えながら、歩き続けていると、わたしの背後から声が聞こえてきました。
「……え?」
振り返ります。
誰もいませんでした。
周囲を見渡します。
わたしの周りには誰もいませんでした。
長い廊下、わたし以外、誰もいない空間。
にも関わらず、声が聞こえてきます。
男の人の声でした、
「……こっちに、来い……?」
深く考える事なく、わたしは声の主の下に向かいます。
声の主は廊下──ではなく、庭園にいました。
頭の中響き渡る声に従い、わたしは庭園の隅の方に向かいます。
庭園の隅には白い机と白い椅子が置いていました。
白い椅子の上に座った老男が、わたしの視線を引き寄せます。
深く考える事なく、わたしは白い椅子に座る老男の下に向かいました。
「……貴方がわたしを呼んだんですか?」
「ああ、そうだ」
優雅にお茶を啜りながら、老男は声を発します。
そして、わたしの姿を一瞥する事なく、老男は自らの名前を口にしました。
「はじめまして、かつて聖女の責務を担った者。俺の名前はクラウス。セント・A・クラウス。君と同じく、この浮島の行く末を憂う者だ」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉と新年のご挨拶を申し上げます。
次の更新は1月13日(土)20時頃に予定しております。
完結目指して更新していきますので、今年もよろしくお願いいたします。
 




