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王の間と宝箱と真実


 時は少しだけ遡る。



 神殿の中。

 私をお姫様抱っこしながら、サンタは大理石でできた廊下の上を駆け抜ける。

 その動きに躊躇いというものは一才存在しない。

 自信に満ち溢れた動きだ。

 まるでこの神殿の中を把握しているような走りだった。

 多分、サンタは知っているのだろう。

 この神殿の中身を。

 そうじゃなきゃ、この速度で走る事なんてできない。


「ねえ、サンタ」


 そんな『ここは俺の庭だぜ』と言わんばかりの速さで廊下を駆け抜けるサンタを見ながら、私は問いかける。


「本当にこの道で合っているの?」


「ああ、合っている。ここを道なりに進めば、神殿の隠し部屋──王の間に辿り着く」


 そう言って、サンタは迷う事なく、突き進む。

 走って、走って、走り続ける事、数分。

 私をお姫様抱っこしたサンタは、行き止まりに辿り着く。

 行き止まりには扉らしいものは何一つ見当たらなかった。

 大理石でできた壁と床しか見当たらない。


「こっちだ」


 そう言って、サンタは私から見て左側にある壁に突進を仕掛ける。

 サンタの身体が大理石でできた壁に触れた瞬間、私の視界は一瞬だけ真っ白に染まった。


「ここが王の間……初代国王の先祖が秘密の会議を行うために使っていた部屋だ」


 目を見開く。

 大理石でできた壁の向こう側にあったのは、無駄に広い部屋だった。

 天井が仄かに発光した部屋。

 窓も家具も見当たらない。

 でも、部屋の中は全然埃っぽくなかった。

 誰かが定期的に掃除しているのだろうか。

 窓がないにも関わらず、人が使っている痕跡が一切見当たらないにも関わらず、埃どころか汚れ一つ見当たらなかった。

 そんな部屋を前にして、私はつい戸惑ってしまう。


「ここは神代の神々が使っていた部屋だ。初代聖女曰く、神々が付与した神性によって、この部屋は常に綺麗な状態で保たれている……らしい」


 そう言って、サンタはお姫様抱っこしていた私を床に下ろすと、部屋の中心に向かう。

 そして、部屋の中心にある床を睨みつけると、何処からともなくハンドベルを取り出した。


「ここ、きな臭ぇな」


「きな臭……?」


 疑問の言葉を口にする。

 それと殆ど同じタイミングで、サンタはハンドベルを振り下ろした。

 ハンドベルから氷の刃が放たれる。

 サンタが繰り出した氷の刃は、部屋の中心の床を砕──けなかった。


「なるほど。この中に『いる』のか」


 そう言って、サンタは床の上に現れた『何か』を睨みつける。

 サンタの放った氷の刃を退けたのは、床ではなく、宝箱のようなものだった。

 煌びやかな装飾が施された綺麗な箱。

 箱からは密度の高い魔力と禍々しい匂いが放たれており、見ているだけで吐き気を催してしまった。

 


「透明になっていたのは、恐らく箱の上にあった布……神造兵器の所為だな」

 

 宙に散らばった布の破片を一瞥しながら、サンタは大きな独り言を呟く。

 私は小走りでサンタの下に近寄ると、禍々しい光を放つ箱を睨みつけた。


「サンタ、この箱って……」


 思い出す。

 虐者となったジェリカが使っていた鏡を。

 思い出す。

 虐者となった元騎士が使っていた杖のようなものを。

 多分、私の感覚が正しければ、この箱は──


「嬢ちゃんの思っている通りだ。この箱は心器(アニマ)。多分、魔王と組んでいる虐者が展開したものだろう」


 吐き捨てるように呟いた後、サンタは箱の中身を開ける。

 その瞬間、真っ黒な闇が私とサンタの身体を覆い尽くした。


「なるほど。この心器(アニマ)は心象世界に閉じ込めるタイプのヤツか」


 どぼん。

 水の跳ねる音。

 闇の底に向かって沈み始める私とサンタの身体。

 地に足がつかない感覚が私に不安を与える。


「でも、いいのか? 嬢ちゃんはともかく、俺を閉じ込めて」


 落下しながら、サンタは誰かに問いかける。

 何故か知らないが、真っ暗闇にも関わらず、私とサンタの姿だけはハッキリ見る事ができた。


「こうなった時点で手遅れだが、一応、言っておく。──俺相手にコレは、悪手だ」


 『誰か』──この心器(アニマ)の所有者を鼻で笑いながら、サンタはゆっくり右腕を前に突き出す。

 そして、頬の筋肉を緩めると、同情するような声色で、こう言った。


「まあ、今更何やった所で手遅れだ。お前の全て、暴かせてもらう」


 サンタの右指が音を鳴らす。

 渇いた音が鳴り響く。

 周囲の闇が文字通り割れ、宙に浮いていた筈の私の身体は、突如現れた地面の上に立つ。


「……ここは?」


 周囲を見渡す。

 何処かの路地裏の姿が、私の視界に映し出された。

 泥がこびりついた煉瓦の地面。

 落書きだらけの壁。

 椅子だったものかもしれない残骸ゴミが支配する劣悪で、人通りが一切ない裏通り。

 見覚えのない景色だ。

 さっきまで見えていた闇は何処に行ったのだろう。

 首を傾げる。

 すると、いつの間にか私の隣に立っていたサンタが唐突に口を開いた。

 

「なるほど。だから、神殿の結界を解く事ができたのか」


 サンタの声が雨音によって掻き消される。

 疑問の言葉を発そうとしたその時だった。

 僧侶服を着た女性が路地裏に現れる。

 その女性には見覚えがあった。


「先代……、聖女?」


 僧侶服を着た女性──先代聖女が私とサンタの前に現れる。

 私達の前に現れた先代聖女は、私が知っている彼女よりも若々しかった。

 

『………大丈夫、ですか?』


 先代聖女と思わしき若い女性が声をかける。

 泥だらけの壁に身体を預ける少女に、声をかける。

 その少女には見覚えがあった。

 

『……何で此処にいるのですか? 貴女の親は一体何処にいるのですか?』


 少女の瞳は星のように煌めいていた。

 その瞳を見て、私は既視感を覚える。

 いや、瞳だけじゃない。

 この光景を、私は何処かで見たような──


『私も先代聖女に拾われる前は、雑草と泥水啜ってましたから』


 ──いつか、誰かに言った私の言葉が脳裏を過ぎる。

 雑草の味と泥水の味を、思い出してしまう。

 先代聖女から聞いた事がある。

 『先代聖女に拾われる前の私は、雑草と泥水を啜っていた』、と。

 その話を聞いた時、私は今と同じように雑草と泥水の味を思い出した。

 でも、先代聖女に拾われる前の記憶は思い出せなかった。

 ──なぜ?

 先代聖女に拾われる前の事を覚えていない。

 ──なぜ?

 覚えていない事実に疑問を抱いた事はない。

 ──なぜ?

 数多の疑問が私の頭の中で蠢く。

 今まで封じられていた『何か』が、目の前の光景によって呼び起こされる。

 口を開こうとしたその時だった。

 壁に寄りかかっていた女の子が立ち上がる。

 持っていた短剣で先代聖女の腹を刺そうとする。 

 けれど、短剣は真っ二つに折れていた。

 躊躇う事なく、先代聖女と思わしき女性は魔法を繰り出す。

 矢を象った雷で女の子を害する。

 雷の矢は女の子の顔面に傷をつけた。

 その光景を見て、私の頭が熱を帯び始める。

 

『ちがう……ちがうんです……わたしは、傷つけるつもりなんてなかったのです……』


 先代聖女と思わしき女性が頭を抱える。

 情けない声を発しつつ、女性は情けなく顔を歪ませる。

 そして、情けない顔のまま、女の子の下に近寄ると、治療──する事なく、女の子の頭に雷を流し込んだ。


「………」


 目の前の光景を見るや否や、熱を帯びた私の頭が狂ったように叫び始める。

 ──目の前の光景こそが真実だ、と。

 雨音が私とサンタの鼓膜を微かに揺らす。

 想定しなかった事態に遭遇した所為なのか、私の身体は石のように固まって動かなくなった。

 

 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 今年の更新は今回のお話で終了です。

 

 次の更新は1月6日(土)20時頃に予定しております。


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厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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