王の間と宝箱と真実
時は少しだけ遡る。
◇
神殿の中。
私をお姫様抱っこしながら、サンタは大理石でできた廊下の上を駆け抜ける。
その動きに躊躇いというものは一才存在しない。
自信に満ち溢れた動きだ。
まるでこの神殿の中を把握しているような走りだった。
多分、サンタは知っているのだろう。
この神殿の中身を。
そうじゃなきゃ、この速度で走る事なんてできない。
「ねえ、サンタ」
そんな『ここは俺の庭だぜ』と言わんばかりの速さで廊下を駆け抜けるサンタを見ながら、私は問いかける。
「本当にこの道で合っているの?」
「ああ、合っている。ここを道なりに進めば、神殿の隠し部屋──王の間に辿り着く」
そう言って、サンタは迷う事なく、突き進む。
走って、走って、走り続ける事、数分。
私をお姫様抱っこしたサンタは、行き止まりに辿り着く。
行き止まりには扉らしいものは何一つ見当たらなかった。
大理石でできた壁と床しか見当たらない。
「こっちだ」
そう言って、サンタは私から見て左側にある壁に突進を仕掛ける。
サンタの身体が大理石でできた壁に触れた瞬間、私の視界は一瞬だけ真っ白に染まった。
「ここが王の間……初代国王の先祖が秘密の会議を行うために使っていた部屋だ」
目を見開く。
大理石でできた壁の向こう側にあったのは、無駄に広い部屋だった。
天井が仄かに発光した部屋。
窓も家具も見当たらない。
でも、部屋の中は全然埃っぽくなかった。
誰かが定期的に掃除しているのだろうか。
窓がないにも関わらず、人が使っている痕跡が一切見当たらないにも関わらず、埃どころか汚れ一つ見当たらなかった。
そんな部屋を前にして、私はつい戸惑ってしまう。
「ここは神代の神々が使っていた部屋だ。初代聖女曰く、神々が付与した神性によって、この部屋は常に綺麗な状態で保たれている……らしい」
そう言って、サンタはお姫様抱っこしていた私を床に下ろすと、部屋の中心に向かう。
そして、部屋の中心にある床を睨みつけると、何処からともなくハンドベルを取り出した。
「ここ、きな臭ぇな」
「きな臭……?」
疑問の言葉を口にする。
それと殆ど同じタイミングで、サンタはハンドベルを振り下ろした。
ハンドベルから氷の刃が放たれる。
サンタが繰り出した氷の刃は、部屋の中心の床を砕──けなかった。
「なるほど。この中に『いる』のか」
そう言って、サンタは床の上に現れた『何か』を睨みつける。
サンタの放った氷の刃を退けたのは、床ではなく、宝箱のようなものだった。
煌びやかな装飾が施された綺麗な箱。
箱からは密度の高い魔力と禍々しい匂いが放たれており、見ているだけで吐き気を催してしまった。
「透明になっていたのは、恐らく箱の上にあった布……神造兵器の所為だな」
宙に散らばった布の破片を一瞥しながら、サンタは大きな独り言を呟く。
私は小走りでサンタの下に近寄ると、禍々しい光を放つ箱を睨みつけた。
「サンタ、この箱って……」
思い出す。
虐者となったジェリカが使っていた鏡を。
思い出す。
虐者となった元騎士が使っていた杖のようなものを。
多分、私の感覚が正しければ、この箱は──
「嬢ちゃんの思っている通りだ。この箱は心器。多分、魔王と組んでいる虐者が展開したものだろう」
吐き捨てるように呟いた後、サンタは箱の中身を開ける。
その瞬間、真っ黒な闇が私とサンタの身体を覆い尽くした。
「なるほど。この心器は心象世界に閉じ込めるタイプのヤツか」
どぼん。
水の跳ねる音。
闇の底に向かって沈み始める私とサンタの身体。
地に足がつかない感覚が私に不安を与える。
「でも、いいのか? 嬢ちゃんはともかく、俺を閉じ込めて」
落下しながら、サンタは誰かに問いかける。
何故か知らないが、真っ暗闇にも関わらず、私とサンタの姿だけはハッキリ見る事ができた。
「こうなった時点で手遅れだが、一応、言っておく。──俺相手にコレは、悪手だ」
『誰か』──この心器の所有者を鼻で笑いながら、サンタはゆっくり右腕を前に突き出す。
そして、頬の筋肉を緩めると、同情するような声色で、こう言った。
「まあ、今更何やった所で手遅れだ。お前の全て、暴かせてもらう」
サンタの右指が音を鳴らす。
渇いた音が鳴り響く。
周囲の闇が文字通り割れ、宙に浮いていた筈の私の身体は、突如現れた地面の上に立つ。
「……ここは?」
周囲を見渡す。
何処かの路地裏の姿が、私の視界に映し出された。
泥がこびりついた煉瓦の地面。
落書きだらけの壁。
椅子だったものかもしれない残骸ゴミが支配する劣悪で、人通りが一切ない裏通り。
見覚えのない景色だ。
さっきまで見えていた闇は何処に行ったのだろう。
首を傾げる。
すると、いつの間にか私の隣に立っていたサンタが唐突に口を開いた。
「なるほど。だから、神殿の結界を解く事ができたのか」
サンタの声が雨音によって掻き消される。
疑問の言葉を発そうとしたその時だった。
僧侶服を着た女性が路地裏に現れる。
その女性には見覚えがあった。
「先代……、聖女?」
僧侶服を着た女性──先代聖女が私とサンタの前に現れる。
私達の前に現れた先代聖女は、私が知っている彼女よりも若々しかった。
『………大丈夫、ですか?』
先代聖女と思わしき若い女性が声をかける。
泥だらけの壁に身体を預ける少女に、声をかける。
その少女には見覚えがあった。
『……何で此処にいるのですか? 貴女の親は一体何処にいるのですか?』
少女の瞳は星のように煌めいていた。
その瞳を見て、私は既視感を覚える。
いや、瞳だけじゃない。
この光景を、私は何処かで見たような──
『私も先代聖女に拾われる前は、雑草と泥水啜ってましたから』
──いつか、誰かに言った私の言葉が脳裏を過ぎる。
雑草の味と泥水の味を、思い出してしまう。
先代聖女から聞いた事がある。
『先代聖女に拾われる前の私は、雑草と泥水を啜っていた』、と。
その話を聞いた時、私は今と同じように雑草と泥水の味を思い出した。
でも、先代聖女に拾われる前の記憶は思い出せなかった。
──なぜ?
先代聖女に拾われる前の事を覚えていない。
──なぜ?
覚えていない事実に疑問を抱いた事はない。
──なぜ?
数多の疑問が私の頭の中で蠢く。
今まで封じられていた『何か』が、目の前の光景によって呼び起こされる。
口を開こうとしたその時だった。
壁に寄りかかっていた女の子が立ち上がる。
持っていた短剣で先代聖女の腹を刺そうとする。
けれど、短剣は真っ二つに折れていた。
躊躇う事なく、先代聖女と思わしき女性は魔法を繰り出す。
矢を象った雷で女の子を害する。
雷の矢は女の子の顔面に傷をつけた。
その光景を見て、私の頭が熱を帯び始める。
『ちがう……ちがうんです……わたしは、傷つけるつもりなんてなかったのです……』
先代聖女と思わしき女性が頭を抱える。
情けない声を発しつつ、女性は情けなく顔を歪ませる。
そして、情けない顔のまま、女の子の下に近寄ると、治療──する事なく、女の子の頭に雷を流し込んだ。
「………」
目の前の光景を見るや否や、熱を帯びた私の頭が狂ったように叫び始める。
──目の前の光景こそが真実だ、と。
雨音が私とサンタの鼓膜を微かに揺らす。
想定しなかった事態に遭遇した所為なのか、私の身体は石のように固まって動かなくなった。
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今年の更新は今回のお話で終了です。
次の更新は1月6日(土)20時頃に予定しております。




