聖人とAとクラウス
◇
「ねえ、サンタ」
洞窟から出た私は、茜色に染まった空を仰ぐ。
ちょっと休んだお陰で、身体はめちゃくちゃ元気になっていた。
私は背伸びした後、サンタと一緒に魔王達がいるであろう神殿に向かって歩き始める。
近くに敵がいないんだろう。
サンタはリラックスした様子で周囲をぼんやり観察していた。
「ん? どうした?」
さっきまで洞窟にいた子ども達と遊びつつ、洞窟にいた大人達にご飯を提供していたサンタは、私の方に視線を向ける。
疲れていないのだろうか、サンタはピンピンしていた。
「さっき、洞窟にいた人達が言ってたんだけど」
第三王子と別れた後、洞窟の奥の奥に行った私は生存者達から教えてもらった。
『クラウス生誕祭』と呼ばれる一部地域で行われるお祭りの名を。
「初代聖女から『A』の文字を与えられた最初の聖人──A・クラウスを称えるお祭りが、毎年冬に行われているんだって」
「……へえ、そうか」
「私は王都で生まれ育ったから知らないんだけど、一部農村では毎年行われているんだって」
「……へえ、そうなのか」
「毎年、A・クラウスに扮した大人が子ども達にプレゼントを配っているんだって。赤い洋服と赤いナイトキャップを身につけて」
「……へえ、そうなのか」
「で、そのクラウス生誕祭の由来なんだけど……」
「そーいや、嬢ちゃんは元婚約者である第一王子──アルベルドの事をどう想っているんだ?」
「おい、話逸らすな。私の話を聞け」
赤いナイトキャップ、防寒具と思わしき赤い服を見に纏うサンタをジト目で睨みつける。
どうやら『クラウス生誕祭』とやらは、サンタにとって都合の悪いお話らしい。
気まずそうに視線を逸らすサンタを見て、私は思い出す。
唐突に恋バナを開始するサンタの姿を。
◆
『A・クラウスっていう名の義賊が盗んだらしくて。王族が持っている巨人の名を冠している神造兵器と、聖女の証である神造兵器以外、王族が持っていた神造兵器は今も所在地不明なんだとか』
『そういや、嬢ちゃんはどんな人が好みなんだ?』
『興味ないからって急に脈絡のない質問するのやめてくれる? 高低差激しくてびっくりしちゃうから』
◆
(そういや、前も今と同じような感じで話を逸らしたっけ)
『A・クラウス』の話を途中で遮って、恋バナを開始するサンタの姿を思い出す。
その姿を思い出したお陰で、私は確信した。
サンタの本当の名前を。
「もう面倒臭いから単刀直入に聞かせてもらうけど、サンタの本名って、……」
「嬢ちゃん、あれ、見ろよ。デッカいう○こ落ちているぞ」
「サンタは私の事を何だと思っているの?」
デッカいうん○に反応する女と思っているのだろうか。
木の下に居座るデッカい○んこを指差すサンタを白い目で見つめる。
サンタは悔しそうに『ちっ、ダメだったか』と呟くと、無防備に両手を挙げながら、真実を自白した。
「あー、分かったよ。正直に言うよ。嬢ちゃんの思っている通りだ。サンタ……サンタクロースってのは、俺の本名じゃねぇ。初代聖女がつけた渾名だ」
「じゃあ、サンタの本当の名前は、『A・クラウス』……『セント(Sant)・A・クラウス(Claus)』なの?」
「……いや、ただのクラウスだ」
そう言って、サンタは明後日の方向に視線を向ける。
一瞬、ほんの一瞬だけ、サンタは自嘲した。
ほんの一瞬だけ、大人のフリを辞めたサンタの姿に、私は親近感を抱いてしまう。
何故か知らないけど、『サンタも私と同じ人間なんだ』と思ってしまった。
「聖人の銘も、サンタクロースって渾名も、初代聖女がくれたもんだ。俺が元々持っていたものじゃねぇ」
「……ねえ、サンタ」
「なんだよ」
「……何でサンタクロースを名乗ったの?」
「……似てたんだよ」
「……? 似てた?」
「…………嬢ちゃんが初代聖女……エミリーと似たような容姿をしていたんだよ。だから、つい名乗ってしまった。盗人としての名前じゃなくて、あいつから貰った渾名を。ま、遊び心ってやつだ」
「……ふーん、そうなんだ」
胸がモヤモヤする。
初代聖女を思い出しているであろうサンタを見て、胸の中がモヤモヤする。
別にサンタが好きって訳じゃない。
人間としては好きだけど、異性として見ていないというか。
サンタに手を握って貰いたいとは思っているけど、サンタとキッスしたり、○○○したり、○○○したり、○○○したり、したいなんて思ってないし?
サンタと恋人関係になりたいだなんて思った事、一度もないし?
ま、まあ、サンタがケツ振りながら、『俺の恋人になってください!』みたいな事を言ったら、ちょっとは考えてやるかもしれないけど、現時点でサンタと恋人関係になるつもりはないし?
別にサンタが初代聖女に想いを寄せても、私には関係ない事だし?
ああ、なんか胸だけじゃなくて、頭の中もごちゃごちゃしてきた。
「……ねえ、サンタ」
「ん? どうした?」
「……クラウスって呼んでいい?」
「嬢ちゃんが一人前になったら、な」
「……どうやったら一人前になれるの?」
「嬢ちゃんが自分の罪を自覚した時、……かな?」
陽が沈む。
森が闇に沈み、夜が始まる。
後戻りできない夜が始まる。
この浮島にとって、致命的な夜が始まる。
── 魔王が完全に力を取り戻すまで、残り三時間。
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次の更新は12月23日(土)20時頃に予定しております。




