利用と変わる必要とお茶会の続き
◇
「──ミスター・サンタクロースと縁を切ってください」
第三王子の身体から怒気と殺意の匂いが放たれる。
その匂いを嗅いだ瞬間、私は目を大きく見開いてしまった。
「彼は危険です。善人ではありません」
やっぱりサンタと何かあったのだろう。
いつもとは違う第三王子の姿を見て、私は少しだけ身構える。
目の前にいる私が見えていないのか、第三王子は此処にはいないサンタに矛先を向けながら、言葉を紡ぎ続けた。
「貴女が虐者──元騎士と夢の中で闘っている間、ミスター・サンタクロースは言っていました。『自分はミス・エレナを利用している』、と」
感情的になっている第三王子を見て、身体中の筋肉が強張ってしまう。
嘘……を述べているのだろうか。
ほんの少しだけ、第三王子の身体から罪悪感のような匂いが漏れ出ていた。
「彼は自分の目的を果たすため、貴女を利用しているそうです。何で魔王を倒そうとしているのか知りませんが、恐らく魔王の持っている力を奪うためでしょう」
自らの感情を曝け出す第三王子を見て、自らの感情を必死に抑えようとする第三王子を見て、私は生まれて初めて彼に親近感を抱いてしまう。
「ミスター・サンタクロースの目的が何なのか、現時点では分かりません。ですが、これだけは断言できます。彼は自分の目的を果たす道具として、ミス・エレナを利用している。……ミス・エレナに悪影響を与え続けている」
「あ、あの、第三王子」
「目を覚ましてください、ミス・エレナ。今の貴女は異常です」
何故か知らないけど、『第三王子も私と同じ人間なんだ』と思ってしまった。
「ミスター・サンタクロースと巡り会う前の貴女は、そんな格好を……破廉恥な格好をしなかった筈です。そんなフリフリしたドレスっぽい服を絶対に着なかった筈です」
「ま、まあ、今の身体の大きさで着れるものはコレしかありませんから……」
「そもそも、その姿になった事自体、論外です。ミスター・サンタクロースは童女趣味なのでしょうか。古傷を治すためとはいえ、ミス・エレナの身体を童女同然に変えてしまうなんて……本当、ありえません。気色悪い」
表情だけでなく、言葉にも感情が滲み始める。
言葉を選びつつ、自らの感情を露わにする第三王子の姿を見て、私は──
「きっとミスター・サンタクロースは、貴女を利用するついでに、貴女の内面も外面も自分好みに仕立て上げているのでしょう。自分好みの女にするため、巧みな話術でミス・エレナを洗脳しているのでしょう。……本当、卑劣な男です。ミス・エレナの事を何も見ていない」
「あの、第三王子。私の話を……」
「ミス・エレナ。貴女は変わる必要なんて無いんです」
今まで言葉を選びつつ、サンタを貶していた第三王子が、言葉の切先を私の喉元に突きつける。
第三王子の瞳は目の前にいる私ではなく、聖女の皮を被った私を見つめていた。
「僕は知っています。聖女として、多くの人を救ってきた貴女の姿を。孤児園の増設。浮浪者を対象にした炊き出し。災害に見舞われた城下町の復旧作業。全て貴女がいなければ、成し遂げる事はできませんでした」
私──聖女としての皮を被っていた私の事を過大評価してくれる第三王子に苦手意識を抱いてしまう。
『第三王子、私はそんなできた人間じゃない』、その一言が口から飛び出そうになる。
「自覚していないでしょうけど、貴女は既に素晴らしい人間なのです。こんな状況にも関わらず、人を救おうとしている時点で、貴女は褒められる人間なのです。ミスター・サンタクロースに何を言われたのか分かりませんが、貴女は既に称賛に値する人間なのです。だから、これ以上、自分を卑下しないでください」
多分、彼は私の事を聖人君子だと思っているんだろう。
第三王子の瞳を覗き込む。
案の定、彼は私という人間の善性を疑っていなかった。
「ミスター・サンタクロースがどういう人間なのか。僕は完璧に理解していません。ですが、これだけは断言できます。彼は真の意味で人間を愛せていません。ミスター・サンタクロースが愛しているのは、人間の表面だけです」
そう言って、第三王子は右手を私の方に伸ばす。
だが、彼の右手は宙で静止してしまうと、私の腕ではなく、空気を掴んでしまった。
「…………ミスター・サンタクロースより僕の方がミス・エレナとの付き合いが長い。僕の方がミスター・サンタクロースよりもミス・エレナの事をよく見ています」
第三王子の視線が重力に引っ張られる。
小さくなった私の身体から目を逸らした彼は、自らの足下をじっと見つめ始める。
悔しそうに右拳を握り締める彼を見て、私は言葉を詰まらせてしまう。
……今の彼に何て声を掛けたら良いのか分からず、沈黙を選んでしまった。
「……ミス・エレナ。僕はミスター・サンタクロースよりも劣っているかもしれません。僕にできる事は、たかが知れているかもしれません……ですが、これだけは約束します」
足下に向けられていた第三王子の視線が、再び私の瞳に向けられる。
彼の瞳は花のような香りを放っていた。
ゆっくり息を吐き出した後、私は彼の瞳を見つめ返す。
敢えて言葉を口にしなかった。
彼の話を最後までちゃんと聞くために。
「──ミス・エレナ、僕を選んでください。僕にできる範囲でありますが、貴女の願いを叶えます。だから、……だから、兄さんやサンタクロースではなく、僕を……僕を、」
最後まで言い切る事なく、第三王子──アルフォンスは言葉を濁らせる。
彼が何を言いたいのか、全く理解できなかった。
いや、理解できないのは当然だろう。
だって、いつも通り、彼は『本当に言いたい事』を伏せているのだから。
「……いえ、何でもありません」
結局、第三王子は『本当に私に伝えたい一言』を呑み込んでしまった。
その姿を見て、私は敢えて沈黙を選択する。
敢えて沈黙を選ぶ事で、第三王子に私の本心を伝えようとする。
私の本心を理解したのだろう。
第三王子は私の瞳から目を逸らすと、再び自らの足下を見つめ始めた。
「ミス・エレナ。最後に一つ聞かせてください………貴女は何故人を助けるのですか?」
紅茶の香りが鼻腔を擽る。
あの時──お茶会の時と同じ問いが、私の鼓膜に突き刺さる。
「自分のためですよ」
敢えてあの時と同じ答えを口にする。
そして、小さくなった身体の正面を第三王子の方に向けると、本音を口にし始めた。
「美し(つよ)くなりたい。だから、私は人助けという名の挑戦を求め続けているんだと思います。人助け以上に生き(やり)甲斐のある挑戦なんてありませんから」
思っている事をそのまま口にする。
口にし終えた後、改めて実感した。
私という人間は、性格が悪い、と。
というか、性格が悪い云々のレベルじゃない。
誰かの不幸で成り立っているものを生き甲斐にしている時点で、性格が終わっている。
今の私を一言で言い表すと、『偽善者』という言葉が相応しいだろう。
……やはり、私という人間は聖女に相応しくない。
そう思いながら、私は小さくなった頭を下げ、身体の正面を洞窟の奥の奥にいるサンタの方に向ける。
「では、そろそろサンタの下に行かせて貰います。第三王子は、此処でお休みになられてください。この状況は、私とサンタで何とかします」
本音を告げた後、私はサンタの下に向かって歩き始める。
そして、躊躇いなく、この場を後にしようとした瞬間、湿った声が背中に突き刺さった。
「エレナさん」
いつもと違う第三王子──アルフォンスの声が私の視線を惹きつける。
反射的に第三王子の方に身体の正面を向けてしまった。
「…………いってらっしゃい」
洞窟の出入り口から吹き抜けた風が、ドレスっぽい服を着た私の身体を微かに揺らす。
何か言いたい事があるのだろうか。
第三王子──アルフォンスは湿っぽい笑みを溢していた。
▪️▪️▪️降臨まで、残り──
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次の更新は12月16日(土)22時頃に予定しております。
 




