施しと仮眠と縁
◇
「って事は、……王子達が持っていた神造兵器は、全部奪わられちまったって事っすか?」
「ああ、その通りだ」
「いや、あんたら何しに行ったっすか」
朝。
洞窟に辿り着いた私達は、出迎えに来てくれたレベッカに全ての経緯──洞窟を発ってから帰ってくるまでの間に起きた出来事──を伝える。
全ての経緯を伝え終わった途端、レベッカは萎れた夏野菜のような表情を浮かべると、控えめに頭を抱え込んだ。
「聖女はちっこくなっているわ、第三王子はボロボロだわ、魔王はパワーアップしちゃったわ、第二王子アンド騎士団全滅しているわで、状況悪化しているじゃないっすか」
……私もサンタも視線を明後日の方に向けてしまう。
言われてみれば、レベッカの言う通り、状況を悪化させただけだった。
「まあ、アレだ。俺や嬢ちゃんよりも、アルベルトの方が優秀だって訳だ」
頭を抱え込むレベッカと気まずそうに目線を逸らし続けるサンタを交互に見る。
多分、本当にヤバイ状況なんだろう。
サンタは『大丈夫』や『何とかなる』の一言を口にしなかった。
「……すみません、ミス・エレナ。先に休ませて貰います」
私の隣にいた第三王子が、両手で腹部を押さえながら、洞窟の奥に向かって歩き始める。
昨日の傷がまだ癒えていないのか、或いは持病が再発したのか、第三王子の顔色はあまり良くなかった。
「おい、第三王子。具合悪いんだったら、薬やるぞ」
「いいです。貴方の施し(ちから)は死んでも借りたくない」
そう言って、第三王子はサンタを睨みつける。
怒っているのだろうか。
サンタを睨みつける第三王子の表情は、見慣れているものではなかった。
「……あ、あの、第三王子」
この場から立ち去ろうとする第三王子に声を掛ける。
彼は申し訳なさそうな表情で、私の方に視線を向けると、苦しそうに目を細めてしまった。
「…………すみません、ミス・エレナ。今は話しかけないでください」
そう言って、第三王子は私に背を向ける。
……一体何を考えているのだろうか。
幾ら感覚を研ぎ澄ませても、第三王子の身体からは何の匂いも感じ取れなかった。
「ほっとけ、嬢ちゃん。第三王子は理想と現実のギャップに苦しんでいるだけだ」
「は? どういう意味っすか?」
「言葉通りの意味だ」
面倒臭そうに呟きながら、サンタは欠伸を浮かべる。
サンタの様子と第三王子の態度から察するに、ちょっとした衝突が起きたんだろう。
面倒臭そうに頭を掻くサンタと立ち去る第三王子を交互に見た後、私は心の中で溜息を吐き出す。
(後で第三王子に何があったのか聞こう)
そんな事を心の中で思っていると、背後から弱々しい足音が聞こえてきた。
「……エレ、ナ?」
振り返る。
包帯塗れに覆われた第一王子── アルベルト・エリュシオンの痛々しい姿が、私の視線を引き寄せた。
「バ、バカ王子っ……! 何無理して起き上がっているんですか……!?」
「寝ている場合じゃないだろ……今、俺が寝たら……」
「いや、あんたが起きていようが、起きていまいが、何も状況は変わらないっす!」
「いや、でも……」
「でも、じゃねぇっす!」
壁に寄りかかる第一王子を怒鳴りつけるレベッカ。
指一本動かしただけで激痛が走る状態だというのに、第一王子は泣き言どころか弱音さえ吐かなかった。
「……サンタクロース、……、教えてくれ……俺は、一体何をすればいい? どうしたら、洞窟にいる人達は、……救われる?」
余裕なんてないというのに、第一王子は自分よりも洞窟にいる人達を優先する。
そんな第一王子の言動を見て、サンタは背筋をピンと張り詰めた。
「とりあえず、今は寝ろ」
気まずそうに第一王子から視線を逸らしながら、サンタは右手で後頭部を掻き始める。
「今、お前らがやれる事は何もない。とりあえず、今は次の次の危機に備えて、英気を養ってろ。目の前の脅威と次の危機は、俺と嬢ちゃんで何とかするから」
「………」
第一王子の身体から困惑の匂いが放たれる。
私はサンタに視線を送ると、首を少しだけ横に傾けた。
── 魔王が完全に力を取り戻すまで、残り十二時間。
◇
「ほーら、たかいたかーい!」
「きゃきゃきゃ!」
洞窟の奥の奥。
痩せ細った子ども達と遊ぶサンタを眺めながら、私はクッキーを齧る。
サンタから手渡されたチョコチップクッキーとやらは、私好みの味だった。
「あ、ずるい!僕も僕も!」
「私もやってほしいー」
「はいはい。ちゃんとやるから、順番な」
子ども達に懐かれるサンタを眺めながら、クッキーを黙々と齧り続ける。
洞窟の土壁に体重を預けながら、サンタを眺めていると、レベッカが私に声をかけた。
「いいんすか? こんな所で時間潰しちゃって。魔王は神殿……国王の下に向かっているんですよね? さっさと行かねえと、国王が持っている神造兵器を魔王に奪われちまうのでは?」
「サンタ曰く、休める時は休んだ方がいいって。あと、神殿の結界は今の魔王でも簡単に打ち破れるものじゃないらしい。だから、半日程度休憩しても問題ないって」
レベッカの質問に答えながら、欠伸を浮かべる。
疲れが溜まっているのか、或いは劣化エリクサーの副作用なのか、頭の動きがいつもよりも鈍かった。
というか、めちゃくちゃ眠い。
何でか知らないけど、洞窟に辿り着いた瞬間、眠気が私の身体を蝕み続けている。
「夕方になったら、神殿に向かうみたい。だから、それまで此処で休ませて欲しい」
「んじゃあ、休める所に案内するっすよ。此処じゃ、煩くて休めないでしょうし」
そう言って、レベッカは私を休める場所に案内する。
レベッカが仮眠室と呼ぶ洞穴は、洞窟の奥の奥の広間から徒歩二分の所にあった。
蟻の巣みたいな洞窟の中をちょっとだけ歩いた私とレベッカは、仮眠室とやらに置いてある草木のマットの上に寝転ぶ。
そして、私もレベッカも目を瞑ると、ちょっとだけ仮眠を摂った。
◇
仮眠を摂り終えた私は、目を擦りながら、上半身を起き上がらせる。
身体が幼くなった影響なのか、ちょっと寝ただけだというのに、身体はいつもよりも元気になっていた。
「むにゃむにゃ、もう食べられないっす〜」
隣で仮眠を摂るレベッカに視線を傾ける。
いい夢を見ているのだろうか、彼女はベタな寝言を口にしていた。
彼女を起こさないように起き上がった私は、サンタの下に向かって歩き始める。
多分、まだ夕方になっていないのだろう。
洞窟の奥の奥の部屋から聞こえるサンタと子ども達の声を聞きながら、私は欠伸を浮かべる。
(とりあえず、サンタに会って、第三王子の下に行って……第一王子の傷の様子を見て、……)
まだ寝ぼけている頭をフルに使って、これからの予定を組み立てる。
右手で目を擦りながら歩いていると、背後から声をかけられた。
「……ミス・エレナ」
振り返る。
咳き込む第三王子と目が合った。
持病が再発したのだろう。
眉間に皺を寄せている第三王子を見て、具合悪そうに顔を青く染める第三王子を見て、私の眠気は遥か彼方に吹き飛んでしまう。
「だ、第三王子……! もしかして、持病が、……」
「──単刀直入に言います」
いつも以上に真剣な眼差しで第三王子は、私の言葉を遮る。
そして、身体から怒気と殺意の匂いを放つと、こんな事を言い始めた。
「──ミスター・サンタクロースと縁を切ってください」
── 魔王が完全に力を取り戻すまで、残り八時間。
▪️▪️▪️降臨まで、残り──
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次の更新は12月9日(土)20時頃に予定しております。




