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『何か』と視線誘導と神殿の結界


 夜。

 サンタが何処からともなく取り出した鍋を突きながら、私は思った。


(『甘い匂い』を上手く活用する事ができたら、サンタから子ども扱いされずに済むのでは?)


 サンタは私の事をアイツ、完全に私の事を愛玩動物か何かと思ってやがる。

 きっと私が変わらなければ、永遠にサンタは私の事を愛玩動物或いは子ども扱いし続けるだろう。


(サ、サンタが私に惚れたら、私の事を子ども扱いしなくなる……?)


 『甘い匂い』を嗅がせる事ができたら、魔王の時と同じように、サンタを魅了できるかもしれない。

 私の事を女扱いしてくれるかもしれない。


(べ、……別にサンタの事が好きって訳じゃない……まあ、サンタの手を握りたいって思いはあるけど。時々、サンタにドキってする事はあるっちゃあるけど。それは、私の男に対する免疫がないってだけで、別にサンタだからドキってする訳じゃないんだからね。サンタを魅了しようとしているのも、愛玩動物扱いが気に食わないだけだし。別にサンタと恋人関係になりたいだなんて微塵に思っていないんだからね)


「ん? 嬢ちゃん、どうした? 鉄板の上でポールダンスしている仔犬みてぇな顔しているぞ」


 鍋の中に入っていたシチューを器に注ぎながら、サンタは首を傾げる。

 サンタの身体から大人の余裕というものが滲み出ていた。

 その態度を見て、私の中にある『何か』が刺激される。

 余裕の笑みを浮かべるサンタに『ぎゃふん!』と言わせたいと思い始めてしまう。 

 目の前にいるサンタに私が『女』である事実を突きつけたいと思ってしまう。

 

「──別に」


 『甘い匂い』を放つため、私は『恋』をする。

 サンタと手を繋いだ時の事を思い出す。

 私の手を握るサンタを思い浮かべて、心臓を高鳴らせる。

 そして、またサンタと手を繋ぎたいと思い始める。


「ちょっとサンタの事を考えていただけ」


 頬の筋肉が緩む。

 私の掌が熱を求める。

 私の身体から甘ったるい匂いが放たれる。

 身体から放たれた『甘い匂い』をサンタに嗅がせ──


(あ、ダメだ)


 甘い匂いを放った途端、私は気づかされる。

 サンタの視野が、広大である事を。


「確かに嬢ちゃんの視線誘導技術は凄え」


 私だけでなく、私の周囲を見つめながら、サンタは言葉を紡ぐ。

 

「だが、その視線誘導が通じるのは、余裕がない相手だけだ。自分の事で精一杯なヤツや、危機的状況に陥っているヤツ、あと、極限にまで追い詰められたヤツには効果的だろう」


 所作でサンタの視線を惹きつけようと試みる。

 だが、幾ら甘い匂いを放っても、サンタは見て欲しい所に視線を傾けてくれなかった。


「『ほんの一秒の隙が命取りになる場面』なら、俺もさっきの魔王みたいになっちまうだろう。まあ、なんだ。要するに、アレだ。俺に効いていねぇのは、使うタイミングが悪かったって訳だ」


「ふーん」


 サンタの身体の匂いが薄れる。 

 多分、サンタは意図的に自らの感情を抑え込んでいるんだろう。

 きっと私の『甘い匂い』が少なからず効いているから、自らの感情を抑え込んだんだろう。

 その事実を悟った途端、私の中にある『何か』が刺激される。


(今は無理だけど、……もし私が美し(つよ)くなったら、……自分から出る匂いをコントロールできるようになったら、サンタの視線を……)


 サンタの視線を引き寄せたい。

 余裕の笑みを浮かべるサンタに『ぎゃふん!』と言わせたい。

 今の自分の力量じゃできない事を、できるようになりたい。

 そんな事を考えた瞬間、私は心の中で涎を垂らしてしまう。

 挑戦したいという思いが、抑えられなくなってしまう。

 サンタを私に惚れさせるという挑戦(もくひょう)を達成したいと思い始める。


「ねえ、サンタ」


「ん? どうした?」


「……これからも試して、いい?」


「ん、いいぞ」


 深堀りする事も聞き返す事もなく、サンタは私の提案を速攻で飲み込む。

 きっとサンタは私の企みを見抜いているのだろう。

 見抜いた上で、肯定の言葉を吐き出したんだろう。

 今までの私を、聖女の皮を脱ぎ去った今の私を、そして、これからの私を、サンタは平然と受け入れる。

 そんなサンタの態度を見た途端、私の胸の中にある『何か』が熱を帯び始め──


「嬢ちゃん、見ろよあの雲。おっぱいそっくりだ」


「サンタ、空気ぶち壊さないで」


 夜空を彩る黒い雲を指差しながら、のほほんとした表情を浮かべるサンタ。

 私は軽く溜息を吐き出すと、熱を帯びた右手を少しだけ握り締めた。



◇side:イザベラ


「で、クソ女。どうやって神殿を攻め落とす?」


 翌昼。

 国王や上級貴族が集う神殿に辿り着いた私は、隣にいる魔王の疑問に答える。


「半日待ってください。私が神殿に仕掛けられている結界を破壊します」


「じゃあ、結界が壊れ次第、オレは国王が持っている神造兵器を奪えばいいんだな」


「いえ、それだけでは不十分です」


 神話の時代から存在する石作の建物を見つめながら、私は隣にいる魔王──原初神(おや)から名前さえ与えられなかった巨人(どうぐ)に声を掛ける。

 巨人(どうぐ)は苦しそうに呼吸を繰り返すと、眉間に皺を寄せながら、私の方に視線だけを向けた。


「もし結界が破壊されてしまったら、神殿の中にいる貴族達はこの神殿から逃げ出そうとするでしょう。彼等が逃げれないような状況を作っておいてください」


「……ここで王族貴族を処分するつもりか?」


「そっちの方が効率的でしょう」


 そう言って、私は人間だった時の姿に戻ると、神殿の方に向かって歩き始める。

 魔王は不機嫌そうに舌打ちをすると、私の背中に殺意と敵意を浴びせ続けた。


「………」


 神殿を取り囲む結界の中に足を踏み入れる。

 私は眉間に皺を寄せると、冷め切った右手をギュッと握り締めた。


 魔王が完全に力を取り戻すまで、残り十二時間。

 ▪️▪️▪️降臨まで、残り──


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方、新しく評価ポイントを送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 今回のお話で11月の更新はお終いです。

 次の更新は12月2日(土)12時頃に予定しております。


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厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
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