持っていない側と初めてのクッキーと十字架
◆side:ジェリカ
産まれた時からワタシは『持っていない側』の人間だった。
丁寧に手入れしてもまとまらない髪の毛。
糸のように細い目。
潰れた玉みたいな鼻。
分厚いだけで色気もクソもない唇。
そして、無駄にでかいだけの顔面。
きっと神様はワタシを嫌っているのだろう。
そんな馬鹿げた事を確信させる程、ワタシの顔は醜かった。
「あら? ジェリカさん、まだダンスの相手を見つけられていないのですか?」
舞踏会会場。
参加者から避けられているワタシに声を掛けたのは、アリレル──貴族学院トップの成績を保持する美女だった。
「まあ、そうですわよね。貴女みたいな醜い人と踊るような物好き、この世にいる訳ありませんものね」
嘲笑うように微笑むアリレルを見て、ワタシの頭に血が上る。
……悔しくて涙が出そうになった。
しかし、それは許されない事だ。
ここで泣いてしまえば、余計に惨めになるだけなのだから。
『ん? わたくしのダンス相手ですか? えぇ、もちろんいますよ』
聞いてもいないにも関わらず、アリレルは隣にいる男性──第一王子を指差す。
すると、アリレルと目が合った彼はムスッとした表情を浮かべると、明後日の方向に視線を向けた。
「どうやら王子の婚約者である「星屑の聖女」は舞踏会に参加していないらしくて……だから、わたくしが婚約者の代わりに踊って差し上げようと思ったのですけど……ねぇ、王子様?」
そして、踊る相手のいないワタシを嘲笑すると、アリレルは彼の手を引いてその場から離れていった。
一人取り残されたワタシは俯きながら思う。
──この世は不公平だと。
もしワタシの容姿がそこそこだったら。
踊る相手の名誉を傷つけないような容姿だったら、こんな惨めな思いをせずに済んだだろう。
アリレル並みに顔が良ければ、ワタシも第一王子と踊る事ができたかもしれない。
だって、ワタシの学校の成績はアリレルと殆ど同じだから。
能力は殆ど変わらない筈なのだから。
そんな事を考えながら、ワタシは舞踏会会場に背を向ける。
そして、会場の裏に辿り着くと、ワタシはそこで涙を流し始めた。
嗚咽混じりの声を押し殺しながら、ひたすら泣き続ける。
しかし、それでも涙は止まらなかった。
やがて、ワタシは声を抑える事もできなくなり、大声で泣くようになる。……その時だ。
背後にある茂みの方からガサガサという音が聞こえてきたのは。
「──どうしたのですか?」
ワタシを心配してくれたのか、僧侶服を着た少女が現れる。
癖が少しある金の髪。
左目に刻まれた一文字の古傷。
そして、夜空の星々のように輝く青い瞳。
「大丈夫ですか? 私で良ければ手を貸しますよ」
火傷の痕が刻み込まれた右手を差し出しながら、古傷だらけの少女は優しい笑みを浮かべる。
それがワタシと星屑の聖女──エレナさんとの出会いだった。
◇
サンタクロースを名乗る青年と出会って早1週間。
私とサンタクロース(以下サンタ)は王都から数キロ離れた所にある森の中で狩りを行っていた。
「おーい、嬢ちゃん。あのキラキラしているキノコはどなんだ? 食べられるキノコなのか?」
「キラキラしたキノコは毒だから。触れた瞬間、手かぶれるよ」
「え」
私の忠告を聞くよりも先にサンタは毒キノコを採取してしまう。
案の定、彼の手はかぶれ──なかった。
「……やっぱ、貴方、人間じゃないよね」
「安全装置の一部って、前言っただろ?」
毒キノコを捨てた後、サンタは歩きながら、食べられそうなものを探し始める。
「大雑把に言っちまうと、今の俺は人の形をした魔力の塊だ。魔力でできた肉体に俺の魂が詰め込まれているって表現でピンと来るか?」
歩きながら、サンタは言った。
今の自分の身体は魔力のみで構築されている、と。
今の自分の身体を作ったのは、この世界の人類の集合無意識体である事を。
「ん? だったら、貴方の元の肉体はどうなったの?」
「とっくの昔に天寿全うしちまったよ。多分、今頃土の中でおねんねしていると思うわ」
「……じゃあ、貴方は実体化した幽霊……みたいなもの?」
「ああ、大体そんな感じだ」
足下にいた蜘蛛から距離を取りつつ、サンタは説明を続ける。
「なんか死んだ後、俺の魂が神性を帯びちまったらしくてよ。『精霊』って呼ばれる人間以上神未満の存在になっちまった訳。んで、『うわー、精霊になっちまったよ。これからどうしようかなー?』みたいな事を酒場で考えていたらさ」
「酒場」
「酒場にいたティアナに捕まっちまって。『やる事ないんだったら、私の下で働きませんか?』って声掛けられたから、ティアナの所に就職したんだよ。報酬もいい感じだったし、ならやってやろうかなーって」
…….サンタの話は私の理解を超えていた。
死後、魂が神性を帯びる?
精霊になる?
私達の集合無意識って喋るの?
というか、精霊と集合無意識体が集う酒場ってなに?
そもそも、私達の集合無意識は雇った精霊にお賃金払うの?
……私の知らない世界過ぎて、話についていけない。
というか、結構な期間聖女をやっていたが、そんな話今まで聞いた事がない。
「……もしかして、私を騙している訳じゃないよね?」
「あん? 騙して何のメリットがあるんだよ。俺ァ、人騙して悦に浸るタイプの人間じゃねぇぜ」
そう言って、サンタは何か思いついたような表情を浮かべると、干し肉──昨日狩りで獲った獣の肉で作ったもの──を口に含む。
彼が持っている干し肉には見覚えがあった。
私のだ。
慌てて懐を確認する。
案の定、私の懐に入っていた筈の干し肉は無くなっていた。
こいつ、いつの間に私の干し肉を……!
「まあ、嘘はなるべく吐かねぇようにしているだけで、別に聖人君子って訳じゃねぇ。だから、こうやって人の物を奪っても全然心は痛まねぇんだよ」
私の干し肉を奪ったサンタの脇腹を軽く殴る。
彼は意地の悪い笑みを浮かべた後、何処からともなく甘い香りを放つ茶色の物体を取り出した。
「嬢ちゃん、非常時だけじゃなく、知覚を常に尖らせな。じゃねぇと、今度は食べ物じゃなくて命奪われちまうぞ」
忠告を述べた後、サンタは取り出した甘い香りを放つ茶色の物体を私に投げ渡す。
受け取った茶色の物体を注意深く観察する。
脆い岩みたいな感触と甘い臭いが私の知覚を刺激した。
「コレは、……食べ、もの?」
「ああ、食べ物だ」
意地の悪い笑みを浮かべながら、サンタは私を試す。
その姿を見て、この茶色の物体が食べ物じゃない可能性を考慮してしまった。
「……」
茶色の物体の正体を確かめるため、鼻を鳴らす。
その瞬間、色んな匂いが頭の中に雪崩れ込んだ。
萎れた草木の匂いに痩せ細った大地の香り。
栄養不足でのたうち回る周囲の木々の匂いに、食べれる物を探し続ける獣達の匂い。
私の隣を歩くサンタからも匂いが放たれていた。
彼の匂いを注意深く観察する。
嘘や悪意といった負の匂いは感じ取れなかった。
…….多分、これは食べ物だろう。
ちょっとだけ躊躇いを抱きつつ、茶色の物体を口の中に放り込む。
サクッとした食感と甘い味が口の中を満たした。
「……めちゃくちゃ美味しい」
貴族達が好んで食べる果実よりも甘かった。
こんな甘くて美味しいものを食べた事がない。
私好みの味だ。
「大体予想はついていたが、やっぱ、この浮島には『クッキー』がなかったのか」
私の反応が新鮮なのか、サンタは達成感に満ちた笑みを浮かべながら、何処からともなく新しいクッキーを取り出す。
彼がクッキーを取り出した途端、色んな匂いが再び私の鼻腔を刺激した。
「で、嬢ちゃん。お前はどうやってそのクッキーが食べ物であると確信した?」
「ん……? それは貴方から嘘や悪意の匂いを感じ取れなかったから……」
「あー、やっぱな。初めて会った時から薄々気づいちゃいたが、嬢ちゃんは人よりも『鼻』が良いみたいだな。いや、鼻が良いってより五感で得た情報を無意識のうちに『匂い』として処理してんのか」
新しいクッキーを私に差し出しながら、首を傾げる。
私は少しだけ頭を下げると、彼からクッキーを受け取った。
「まあ、どっちにしろ、いい武器を持っている事だけは確かだ。嬢ちゃん、その武器、ちゃんと使いこなせるようになれよ。そしたら、今まで以上にできる事が増える筈だから」
クッキーとやらを齧りながら、首を捻る。
私の鼻が良い?
五感で得た情報を匂いとして処理している?
人より秀でている武器と言われても、あんまりピンとこない。
他の人は私が感じ取っている匂いを感じたりしないのだろうか。
そんなことを考えていると、私は唐突に何の前触れもなく違和感を抱いてしまう。
その違和感を言語化するため、私は鼻を鳴らした。
「ただ、まあ、今の嬢ちゃんの鼻は非常時にしか機能しねぇみたいだな。だが、生前に会った仙人曰く、嬢ちゃんみてぇな超感覚の持ち主は訓練次第で……」
「……サンタ」
「おい、嬢ちゃん。まだ俺が話している最中だぞ」
「……西の方に何かいる」
西の方から『嫌な匂い』を感じ取る。
『嫌な匂い』は一言で言い表せない程、色んな匂いが入り混じっていた。
恐怖、妬み、怒り、憎悪、愉悦、悲しみ。
嗅いでいて嫌な気持ちになる匂いが私の脳を激しく揺さぶる。
「……みたい、だな。こっから二キロ離れた先にオーガ達が集ってやがる。嬢ちゃんに言われるまで気づかなかったぜ」
ちょっとだけ頬を強張らせながら、サンタは西の方を睨みつける。
動揺を表に出さない彼を見て、『只事じゃなさそうだ』と思った。
「行こう。なんか嫌な感じがする」
「へいへい。でも、慎重にな」
サンタの目を見ながら、私は首を縦に振る。
サンタはちょっとだけ溜め息を吐き出すと、私と一緒に西の方に向かい始めた。
◇
歩いて、歩いて、歩き続けて。
私達は匂いの源である場所に辿り着く。
「うげ、こりゃあ厄介だな」
茂みの裏に隠れながら、私とサンタは匂いの源である村を遠目で見つめる。
村は酷い有様だった。
建物という建物は破壊され、地面は赤く染まっている。
血の臭いだ。
廃村と言っても過言じゃない程、村は荒れに荒れていた。
(やっぱり、匂いの源は彼等だったのか)
村を占拠していたのは、亡くなった商人と同じ容姿をした異形だった。
私の拳よりも大きい瞳。
豚のような耳。
団子のような鼻に大きな口。
贅肉をこれでもかと蓄えた身体。
緑色に染まった肌。
装飾品はボロ布しか身につけていない。
(……)
知覚を尖らせる。
異形達の身体から人の匂いが微かに漂っていた。
多分、商人と同じように、元々人間だったけど、何やかんやあって、異形になったんだろう。
村の中心の方に視線を向ける。
中心にいる人達を見た途端、私は目を大きく見開いた。
(………っ!?)
村の中心。
そこにいたのは。
──十字架に架けられた、貴族と思わしき、男女十数人の姿だった。
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次の更新は7月20日(木)20時頃に予定しております。