表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/119

路地裏と半分に折れた刀身とクソ女

◆side:イザベラ


「……あ、」


 人気のない路地裏。

 浮浪者でさえ近づかない、雨音が絶え間なく木霊する侘しくて不潔な空間。

 何もかも捨て去った人でも訪れない最低最悪の場所で、私はまた罪を犯した。

 襲いかかってきた金髪の童女を撃退する私は、口から情けない音を出してしまいました。


「あ、……あ、あ」

 私が放った魔法の矢。

 矢を象った雷は、少女の顔面── 左目に刻まれた一文字の傷を刻み込んでしまいました。

 『どくどく』と血を流す女の子を見て、私は傘を手放します。

 傘が薄汚れた煉瓦の上に落ちた瞬間、矢のように降り注ぐ雨粒が私の身体を『ふつふつ』と濡らし始めました。

 

「あ、……ああ」

  

 女の子が手放した短剣が、私の脳を非物理的に殴りつけます。

 薄汚れた煉瓦の上に転がったのは、刀身が折れた探検でした。

 なんと、女の子が持っていた短剣の刀身は半分に折れていたのです。

 きっと、この半分に折れた短剣では、人を刺す事なんてできないでしょう。

 私の腹を少しだけ傷つける事はできると思いますが、致命傷を与えられないと思います。

 何で折れた短剣で私を刺そうとしたのだろう? 

 何で女の子は私を襲おうとしたのだろう?

 そんな疑問を抱えていたら、女の子のお腹から『ぐぅー』という可愛らしい声が聞こえてきました。

 女の子の方を見ます。

 私の目に女の子の姿が映し出されます。

 女の子の手と足は痩せ細ってました。

 着ている服もボロボロで、泥だらけです。

 まともな栄養を摂れていないのでしょう。

 女の子の顔は、陸に上がった魚のように見えました。

 きっとこの女の子は、陸に上がってしまった魚のように、息ができない状況なんでしょう。

 この女の子は、手段なんて選べない程、追い詰められているでしょう。

 この女の子は、他者から何かを奪わなければならない程、余裕がないのでしょう。

 今にも餓死してしまいそうな女の子を見て、聖女だったら救わなければならない女の子を目の当たりにして、私は頭を抱えてしまいます。


「ちがう……ちがうんです……わたしは、傷つけるつもりなんてなかったのです……」


 私は、聖女。

 初代聖女や歴代聖女のように、困っている人々を救わなきゃいけない存在。

 なのに、私は極限にまで追い詰められた女の子を、我が傷つけてしまいました。

 我が身を守るという理由だけで、女の子の顔に傷を与えてしまいました。


「あ、ああ……」


 私の目から生暖かい雨粒が、漏れ出してしまいます。

 雨が降っている所為なのでしょうか。

 口から出た言葉も湿っています。


 わたしは、聖女。

 聖女は、弱い人を守らなきゃいけない存在。

 でも、わたしは、女の子を傷つけてしまいました。

 極限にまで追い詰められた女の子の顔面に、傷を与えてしまいました。

 ──聖女として、あるまじき行為をしてしまいました。


「あ、ああ……」


 この裏路地に逃げ込むまでの事が、雪崩のように頭の中でぐるんぐるんし始めます。


『五年前、貴族学院の中で一番成績が良かったという理由だけで、聖女になってしまった』

 

 『でも、聖女の器じゃなかったから、』


     『聖女としての責務を何一つ果たせなかった』


『聖女を辞めようとした』


     『けど、辞められなかった』


『私が辞めたら、』


 『下級貴族である父に迷惑をかけてしまう』


   『母にとって自慢の娘じゃなくなる』


『今、聖女を辞めてしまったら、』


 『後任がいないまま聖女を辞めてしまったら、』


『周りの人に叩かれてしまう』


   『無責任であるとみんなから思われてしまう』


『聖女を辞めたかった』


     『辞められなかった』


 『何もかも嫌になった』

 

    『何もかも終わらせたかった』


        『でも、終わらせる術を知らなかった』


『気がついたら、私は逃げていた』


 『逃げて、』


       『逃げて、』


            『逃げ続けて、』


 『気がついたら』


 『人気のない薄汚れた裏路地に辿り着いていた』


 『餓死寸前の金髪の女の子と出会った』


『我が身を宝石のように可愛がった結果、』


 『女の子を傷つけてしまった』


  『守る対象である弱い人を、』


      『傷つけてしまった』


 ──聖女トシテ、アルマジキ行為ヲ、シテシマッタ。


「ああああああああ!!」


 圧死寸前の鼠みたいな『なき声』が、私の口から漏れ出します。

 雨粒で汚れた頬を生暖かい涙で更に汚します。

 聖女としての責務から逃げた自分に、聖女としてあるまじき行為をやってしまった自分に、殺意を抱いてしまった。

 やだ。

 認めたくない。

 目の前の現実を否定したい。

 そう思った私は口から情けない音を漏らしながら、女の子の下に近づきます。

 そして、女の子の頭に触れると、傷を治す──事よりも先に、やったらいけない事をやり始めました。

 雷の魔法を応用して、女の子の頭を弄り始めました。

 私は、またもや自分の身を守るため、女の子の記憶を封印してしまったのです。

 女の子の傷を治すよりも先に、女の子の記憶を弄り始めてしまったのです。

 多分、あの日、あの選択をしてしまった時点で、私の末路は決まってしまったのでしょう。

 金髪の女の子──エレナと出会ったあの日、私は聖女からクソ女になってしまいました。

 

 



 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方、評価ポイント・いいねを送ってくださった方、誤字脱字報告してくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は11月26日(日)12時頃に予定しております。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ