路地裏と半分に折れた刀身とクソ女
◆side:イザベラ
「……あ、」
人気のない路地裏。
浮浪者でさえ近づかない、雨音が絶え間なく木霊する侘しくて不潔な空間。
何もかも捨て去った人でも訪れない最低最悪の場所で、私はまた罪を犯した。
襲いかかってきた金髪の童女を撃退する私は、口から情けない音を出してしまいました。
「あ、……あ、あ」
私が放った魔法の矢。
矢を象った雷は、少女の顔面── 左目に刻まれた一文字の傷を刻み込んでしまいました。
『どくどく』と血を流す女の子を見て、私は傘を手放します。
傘が薄汚れた煉瓦の上に落ちた瞬間、矢のように降り注ぐ雨粒が私の身体を『ふつふつ』と濡らし始めました。
「あ、……ああ」
女の子が手放した短剣が、私の脳を非物理的に殴りつけます。
薄汚れた煉瓦の上に転がったのは、刀身が折れた探検でした。
なんと、女の子が持っていた短剣の刀身は半分に折れていたのです。
きっと、この半分に折れた短剣では、人を刺す事なんてできないでしょう。
私の腹を少しだけ傷つける事はできると思いますが、致命傷を与えられないと思います。
何で折れた短剣で私を刺そうとしたのだろう?
何で女の子は私を襲おうとしたのだろう?
そんな疑問を抱えていたら、女の子のお腹から『ぐぅー』という可愛らしい声が聞こえてきました。
女の子の方を見ます。
私の目に女の子の姿が映し出されます。
女の子の手と足は痩せ細ってました。
着ている服もボロボロで、泥だらけです。
まともな栄養を摂れていないのでしょう。
女の子の顔は、陸に上がった魚のように見えました。
きっとこの女の子は、陸に上がってしまった魚のように、息ができない状況なんでしょう。
この女の子は、手段なんて選べない程、追い詰められているでしょう。
この女の子は、他者から何かを奪わなければならない程、余裕がないのでしょう。
今にも餓死してしまいそうな女の子を見て、聖女だったら救わなければならない女の子を目の当たりにして、私は頭を抱えてしまいます。
「ちがう……ちがうんです……わたしは、傷つけるつもりなんてなかったのです……」
私は、聖女。
初代聖女や歴代聖女のように、困っている人々を救わなきゃいけない存在。
なのに、私は極限にまで追い詰められた女の子を、我が傷つけてしまいました。
我が身を守るという理由だけで、女の子の顔に傷を与えてしまいました。
「あ、ああ……」
私の目から生暖かい雨粒が、漏れ出してしまいます。
雨が降っている所為なのでしょうか。
口から出た言葉も湿っています。
わたしは、聖女。
聖女は、弱い人を守らなきゃいけない存在。
でも、わたしは、女の子を傷つけてしまいました。
極限にまで追い詰められた女の子の顔面に、傷を与えてしまいました。
──聖女として、あるまじき行為をしてしまいました。
「あ、ああ……」
この裏路地に逃げ込むまでの事が、雪崩のように頭の中でぐるんぐるんし始めます。
『五年前、貴族学院の中で一番成績が良かったという理由だけで、聖女になってしまった』
『でも、聖女の器じゃなかったから、』
『聖女としての責務を何一つ果たせなかった』
『聖女を辞めようとした』
『けど、辞められなかった』
『私が辞めたら、』
『下級貴族である父に迷惑をかけてしまう』
『母にとって自慢の娘じゃなくなる』
『今、聖女を辞めてしまったら、』
『後任がいないまま聖女を辞めてしまったら、』
『周りの人に叩かれてしまう』
『無責任であるとみんなから思われてしまう』
『聖女を辞めたかった』
『辞められなかった』
『何もかも嫌になった』
『何もかも終わらせたかった』
『でも、終わらせる術を知らなかった』
『気がついたら、私は逃げていた』
『逃げて、』
『逃げて、』
『逃げ続けて、』
『気がついたら』
『人気のない薄汚れた裏路地に辿り着いていた』
『餓死寸前の金髪の女の子と出会った』
『我が身を宝石のように可愛がった結果、』
『女の子を傷つけてしまった』
『守る対象である弱い人を、』
『傷つけてしまった』
──聖女トシテ、アルマジキ行為ヲ、シテシマッタ。
「ああああああああ!!」
圧死寸前の鼠みたいな『なき声』が、私の口から漏れ出します。
雨粒で汚れた頬を生暖かい涙で更に汚します。
聖女としての責務から逃げた自分に、聖女としてあるまじき行為をやってしまった自分に、殺意を抱いてしまった。
やだ。
認めたくない。
目の前の現実を否定したい。
そう思った私は口から情けない音を漏らしながら、女の子の下に近づきます。
そして、女の子の頭に触れると、傷を治す──事よりも先に、やったらいけない事をやり始めました。
雷の魔法を応用して、女の子の頭を弄り始めました。
私は、またもや自分の身を守るため、女の子の記憶を封印してしまったのです。
女の子の傷を治すよりも先に、女の子の記憶を弄り始めてしまったのです。
多分、あの日、あの選択をしてしまった時点で、私の末路は決まってしまったのでしょう。
金髪の女の子──エレナと出会ったあの日、私は聖女からクソ女になってしまいました。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方、評価ポイント・いいねを送ってくださった方、誤字脱字報告してくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は11月26日(日)12時頃に予定しております。
 




