奥の手と幻覚の世界と沈黙
◇
「──奇跡謳いし聖夜の恩寵っ!」
白銀の光に覆われた吹雪が、遺跡の奥の奥の部屋を満たす。
白銀の光に包まれた吹雪の所為で、ほんの一瞬だけ私は目を閉じてしまった。
「悪い、嬢ちゃん」
瞼を開ける。
蹲る魔王を睨みながら、魔王の前に現れた黒ずくめの衣装を着込んだ『何か』を警戒しながら、謝罪の言葉を口にするサンタに視線を向ける。
「嬢ちゃんが作ったチャンスを無駄にしてしまった」
黒い衣装と無地の仮面を着けている『何か』を睨みながら、サンタは息を短く吐き出す。
『何か』と魔王は、黒い光に覆われていた。
多分、あの黒い光がサンタの攻撃を退けたのだろう。
苦しそうに呼吸を繰り返す魔王を睨みながら、呆然と立ち尽くす『何か』を警戒しながら、私は身体中の筋肉を強張らせる。
『闘いはまだ終わっていない』と自分の身体に言い聞かせる。
「おい、そこの虐者。なぜお前は魔王を助けている? 黒い龍──『必要悪』から魔王を守るよう命令されてんのか?」
魔王を守った『何か』を注意深く観察し始める。
背に生えた翼、フードを押し上げる角、そして、全身から放たれる禍々しい匂い。
ジェリカとヴァシリオス、そして、騎士と同じ匂いを放っていた。
「レベール街でも魔王を助けていただろ? あの時と同じように、今回もボロボロになった魔王を連れて逃げるつもりか?」
サンタの質問に答えるつもりがないのか、禍々しい匂いを放っている『何か』は、口を開こうとしなかった。
「前回と違い、今回は逃す理由がねぇ。魔王もお前も此処で仕留……」
『マダ第三王子ガ、生キテイル』
男なのか女なのか分からない濁った声が、私とサンタに静止を呼びかける。
『コノママ此処デ闘ッタラ、第三王子ガ、死ンデシマウ。貴方ハ、イヤ、貴方達ハ、第三王子ヲ見殺シニスルツモリデスカ?』
「………」
私もサンタも周囲を見渡す。
遺跡の奥の奥は、地獄みたいな光景だった。
浅い呼吸を繰り返す元騎士、気絶した第三王子、そして、第二王子と騎士団長達の死体。
もし此処で闘いを行ったら、第三王子達を巻き込んでしまうだろう。
第二王子と騎士団長達の死体は、今以上にグチャグチャになってしまうだろう。
『神殿デ、待ッテイル。ソコデ決着ヲ着ケマショウ』
そう言って、虐者と呼ばれる黒ずくめの衣装を着た『何か』と傷を負った魔王の身体が、煙のように消えてしまう。
私とサンタは撤退する敵の姿を見送る事しかできなかった。
◇
「嬢ちゃん、悪い」
魔王と黒い衣を纏った『何か』が撤退した後、サンタは改めて謝罪の言葉を口にする。
「魔王を倒せなかった。折角、嬢ちゃんが隙を作ってくれたって言うのに、俺はそのチャンスを活かせなかった」
青い液体を飲んだ影響なのか、いつもよりもサンタが大きく見えた。
私の身体、結構縮んでいるなーと思いながら、サンタの言葉に耳を傾ける。
「最善は尽くしたつもりだ。油断も慢心もしていなかった。無駄口叩く事なく、最大火力で魔王を倒そうと試みた。勿論、魔王と組んでいる虐者の乱入も想定していた。にも関わらず、俺は魔王を倒せなかった」
舌打ちしながら、サンタは眉間に皺を寄せる。
多分、サンタは殺すつもりで動いていたのだろう。
黒い衣を纏った『何か』──虐者とやらの乱入を想定して、最高最善の攻撃を繰り出したのだろう。
けど、魔王を倒せなかった。
いや、正確に言えば、虐者とやらに阻まれた。
「あの魔王と組んでいる虐者、心器を完璧に使いこなしてやがる。本当、厄介だ。まさか俺の最大火力を無傷で防ぎ切るとは……」
そう言って、サンタは気絶している第三王子の方に視線を向ける。
第三王子の呼吸は安定していた。
多分、そこまでダメージを負っていないんだろう。
第三王子の無事を確認するや否や、私は安堵の溜息を少しだけ吐き出す。
「第三王子の神造兵器は……やっぱ見当たらねぇな。あの虐者とやらに奪われてしまったみてぇだ」
そう言って、サンタは渋い表情を浮かべると、巨大なワンちゃん……否、元騎士の方に視線を向ける。
元騎士は苦しそうに呼吸を繰り返していた。
彼の身体から放たれる『死』の匂いを嗅ぎ取る。
元騎士の余命が残り僅かである事を悟った瞬間、私の眉間に皺が寄ってしまった。
「嬢ちゃん、」
「分かっている」
大きくなった衣服が私の身体から剥がれ落ちそうになる。
私は脱げ落ちそうになった衣服を綺麗になった腕で押さえつけると、元騎士の下に向かって歩き始めた。
「せ……ょ、」
元騎士の下に辿り着く。
私が彼の辿り着いた途端、異形と化した元騎士の口から掠れた声が、私の鼓膜を微かに揺らす。
私は床に膝を着くと、死の匂いを放ち続ける元騎士に視線を傾けた。
声を掛けようとする。
が、私よりも先に元騎士が口を開いた。
「わたしは、……あ……な、たを、守れ……、ましたか?」
虚空を見つめながら、元騎士は世迷言を口にする。
彼の言っている事が理解できず、私はつい言葉を詰まらせてしまった。
「……わた、し……は、なりたい……、じぶんに、な…………れ、た……しょ……か」
虚空を見つめる元騎士の瞳を覗き込む。
彼の瞳には私の姿だけでなく、目の前の現実も映し出されていなかった。
(……ああ、そうか)
一瞬、ほんの一瞬だけ、幻覚の世界で剣を振り回す元騎士の姿を幻視する。
幻覚の世界で私を守る元騎士の背後姿を錯視する。
幻覚に浸る彼を見て、私は理解した。
現実を突きつけても、虚構を述べても、私の言葉では彼の幻覚を壊せない事を。
私の言葉は幻覚に浸る彼に届かない事を。
「わたしは、……ひとの、ためになれた、で、……しょうか」
目に映る幻覚を振り払った後、改めて周囲を見渡す。
真っ赤に染まった空間が、私の視界に映し出された。
騎士団長だった肉塊。
騎士だった肉片。
真っ赤に染まった床。
返り血を浴びた壁。
そして、私の鼻腔を擽る血の臭い。
「………」
元騎士の暴走によって傷を負い、息を引き取ってしまった死骸の山を見て、私は息を短く吐き出す。
そして、私は目蓋を閉じると、沈黙する事を選択した。
「……せ、……じょ……?」
沈黙を選ぶ事で、彼の幻覚にトドメを刺す。
沈黙を選ぶ事で、彼に命と向き合わせる。
沈黙を選ぶ事で、彼が奪っ(おかし)た命を直視させる。
「………あ、」
一瞬、ほんの一瞬だけ、元騎士の身体から罪悪感の匂いが放たれる。
元騎士の口から情けない一言が漏れ出た途端、彼の身体は死の匂いに包まれてしまった。
「……ねえ、サンタ」
元騎士の身体から心音が聞こえなくなる。
彼が息を引き取った途端、彼の身体は黒い水に成り果ててしまった。
「……これで、良かったのかな?」
ゆっくり私の下に歩み寄っているのだろう。
背後からサンタの足音が聞こえてくる。
私はそれを聞きながら、黒い水と化した元騎士だったものを見つめ続けた。
「私が、……今やった事は……最善、……だったのかな」
サンタは私の疑問に答える事なく、私の頭を撫で始める。
敢えて沈黙を選んでいるサンタを見た途端、私は安堵の溜息を吐き出してしまった。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は11月13日(月)12時頃に予定しております。
明後日投稿する予定のお話で4章を終わらせて、来週土曜日から5章(=最終章前編)を始める予定です。
今年中に完結は難しいと思いますが、ちゃんと完結させるので、最後までお付き合いよろしくお願い致します。
 




