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ほんの一瞬と死角と『アレ』


 先ず動いたのは、元騎士だった。

 デカいワンちゃんと化した元騎士が幻覚を行使する。

 狂気に身を委ねた彼の身体から甘い匂いが放たれる。

 遺跡の奥の奥が甘い匂いに満たされた途端、私達の視界は摩訶不思議な世界に連れて行かれた。


「──神威(アスター)


 神造兵器を放とうとするサンタ。

 第三王子が動き出したのを見て、静止するサンタ。

 そして、幻覚の陰に隠れようとする元騎士の姿を捉えようとする私。


「ぐおおお!」


 先手を打ったのは、案の定、元騎士だった。

 理性を手放した元騎士が黒い霧に包まれる。

 ──来る。

 元騎士の身体から放たれる言語化不可能な匂い。

 甘くて苦い匂いが私の鼻腔を擽る。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、元騎士の姿を見失ってしまった。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、私の足が止まる。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、サンタの視線がブレる。

 本当に、ほんの一瞬だった。

 だが、その一瞬で、状況が一変してしまう。


「◾️◾️(アニマ)ぁ!」


 元騎士が切り札を切ろうとする。

 私とサンタは一瞬で幻覚を振り切る。

 サンタが元騎士の姿を視認した瞬間、私が元騎士の匂いを捉えた瞬間、元騎士の腹に『大きな穴』が空いた。


「オレ達に幻覚は、一瞬しか通用しない」


 元騎士の腹を突き破った藍色の炎が咀嚼し始める。

 藍色の炎の中から第一王子と第二王子の匂いを感じ取った。


「だが、裏を返せば、オレ達でさえも幻覚は一瞬だけ通用する」


 デカい犬と化した元騎士の身体が地に伏せる。

 それと同時に、元騎士の背後にいた『魔王』が私達の視界に映し出された。

 

「その一瞬さえあれば、お前らの知覚を一瞬だけオレから逸らす事ができる。ほんの一瞬だけ、オレはお前らの死角に入る事ができる」


 元騎士の腹を突き破った藍色の炎が、魔王の身体の中に取り込まれる。

 藍色の炎が魔王の身体の中に還った瞬間、不可視の圧力が私の身体を圧迫し始めた。

 瞬時に理解する。

 本能で理解する。

 魔王の力が増した事を。

 本能で、理性で、身体で、理解する。


「……っ!」


 魔王の身体から放たれる匂いが、より濃密で、より苛烈で、より危険なものに成り果てる。

 ヤバイ。

 本当に、ヤバイ。

 私の感覚が正しければ、今の魔王はサンタよりも──


「さ、…….サンタっ!」


 いつの間にか足を止めていた私は、サンタの名を呼ぶ。

 余裕がないのか、サンタは私の声に応えてくれなかった。

 

「サンタ、テメェなら分かっている筈だ」


 鼻血を垂れ流しているサンタを睨みつけながら、魔王は険しい表情を浮かべる。

 

「テメェじゃ、今のオレでさえも勝てねぇ。大人しく降伏して、聖女をオレに渡せ。そうしたら、お前を見逃してやるよ」


 魔王の身体から尋常じゃない量の魔力が噴き出る。

 魔王の身体から放たれる熱くて冷たい魔力を浴びた途端、私の身体は小刻みに震えてしまった。


「──ミス・エレナ、そこから動かないでください」


 第三王子の声が聞こえて来る。

 第三王子の身体から敵意と殺意、そして、焼け焦げた魔力の匂いが放たれる。


「ま、待ってください、第三王……」


 第三王子の意図を把握する。

 魔王に攻撃するつもりだ。

 反射的に第三王子を止めようと、声を荒上げる。

 だが、私の声は魔王が鳴らした指の音によって阻まれた。


「……ぁっ!?」


 第三王子の短い断末魔が、私の視線を引き寄せる。

 気がつくと、第三王子の身体は遺跡の壁に叩きつけられていた。

 口から血を吐き出しながら、地面に身を委ねる第三王子を見て、私は言葉を失う。

 知覚できなかった。

 第三王子に仕掛けた魔王の攻撃を。

 いつ攻撃したのか、どういう方法で攻撃したのか、何一つ理解できなかった。


(超高速の一撃……!? それとも、不可視の攻撃……!? いや、魔力を使った攻撃じゃない可能性も……)


「落ち着け、嬢ちゃん。ワンちゃん相手に使う予定だった策が残っている」


 鼻から垂れた血を掌で拭い落としながら、浅い呼吸を繰り返す第三王子と元騎士から目を背けながら、恐怖のあまり意識を失った第二王子を敢えて無視しながら、サンタは言葉を発する。

 そんなサンタの反応を想定したのか、魔王は特に動じる事なく、表情を強張らせていた。


「……やっぱりな。さっきの攻撃は敢えて喰らったのか」


 先程、元騎士の攻撃を喰らったサンタを見たのだろう。

 顔面にそこそこの傷を負ったサンタを見ながら、魔王は警戒心を強める。

 サンタは『まぁな』と呟くと、口を閉じてしまった。

 無表情を貫くサンタと警戒し続ける魔王を交互に見る。

 駆け引きが高度過ぎて、私には水面下で何が行われているのか、一切理解できなかった。

 

「ま、何を企んでいようが関係ねぇ。もうお前如きじゃ、」


 轟音が鳴り響き、サンタの身体が後方に吹き飛ぶ。


「──オレは止められねぇ」


 サンタの方に視線を向ける。

 サンタの左腕は黒焦げになっていた。

 多分、魔王の攻撃を喰らったのだろう。

 苦しそうに顔を歪めるサンタを見て、危機感を抱く。

 それと同時に、サンタと魔王の闘いが数秒程度で終わる事を理解した。


(ああ、……この状況は本当に、ヤバイ)


 圧倒的な力を獲得した魔王と左腕に火傷を負ったサンタ。

 彼等を交互に見つめながら、私は額に汗を滲ませる。


(サンタの力じゃ、魔王の猛攻を数秒程度しか止められない。かといって、私の力じゃ魔王とサンタの闘いに割り込む事なんてできない。多分、無理に加勢したとしても、サンタの脚を引っ張ってしまうだろう)


「サンタ、大人しく聖女を手放せ。聖女を救うのは、このオレだ」


 勝ち誇った表情を浮かべながら、魔王は痛みを堪えるサンタに最後通牒を突きつける。

 絶体絶命の危機に陥っているにも関わらず、サンタは呆れた笑みを浮かべると、溜息を吐き出しながら、こう言った。


「お前じゃ誰も救えねぇよ」


 その一言が開戦の狼煙だった。

 煙のように消える魔王の姿。

 何処からともなく槍を取り出すサンタ。

 サンタが後方目掛けて槍を振るう。

 一瞬でサンタの背後を取った魔王が拳を振るう。

 藍色の炎を纏った魔王の拳が、サンタの振るう槍を弾き飛ばす。

 サンタの口から吐息が漏れる。 

 魔王の眉間に皺が寄る。

 この間、僅かレイコンマ三秒程度の出来事。

 辛うじて知覚できた。

 けれど、知覚するのが精一杯だった。


(やっぱり、今の私じゃ加勢する事ができない……!)

 

 魔王の猛攻が始まる。

 サンタは槍一本で魔王の猛攻を捌き始める。

 たった一秒で、サンタの身体に無数の擦り傷が刻まれてしまう。

 きっと魔王の猛攻を完璧に捌けていないのだろう。

 サンタの身体から放たれる『苦』の匂いが、私を更に焦らせる。


(どうしよう、どうしよう……!?)


 考える。

 浅い呼吸を繰り返す第三王子を無視して、致命傷を負った元騎士を無視して、考える。


(考えろ……! 何か私にもできる事がある筈……!)


 考えろ。

 何かある筈だ。

 考えろ。

 考えろ。

 考え──

 

『私は、何もできない今の自分と決別したい』


 先程、サンタに告げた私の言葉が脳裏を過ぎる。


『できる事を増やしたい。聖女のままだと、ダメだ。聖女のままだと、この状況を何とかできない。だから、聖女じゃない自分を見つけ出したい』


 思い出す。

 あの時、自分が吐いた本音(ことば)を。


『あー、ややこしい。一言でまとめろ』


 思い出す、私の頭を撫でるサンタの顔を。

 

『──美し(つよ)くなりたい』


 思い出す。

 今の自分の願望(ほんね)を。

 聖女の皮を脱ぎ捨てたい事を。

 そして、──


『……おい、聖女。お前、何している?』


 瓦礫を踏んだ魔王の姿を。


「……っ!」


 ──掴んだ。

 この状況を打破するための鍵を。

 確実に結果を出すための方法を。


(今の私にできる事はない……!)


 ポケットに手を突っ込む。    

 三秒もの間、魔王の猛攻を防ぎ続けるサンタに視線を送る。


(だから、私は──)


 魔王の攻撃によって、腹部や左肩に重い傷を負ったサンタを見つめながら、私はポケットから『アレ』を取り出す。

 そして、サンタから手渡された『アレ』の封を開けた。




 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は10月30日(月)12時頃に予定しております。

 今回更新したお話は執筆時間を確保できなかったので、もしかしたら後日書き直すかもしれませんが、書き直した時は旧Twitterや前書き等で告知致しますので、恐れ入りますがご理解のほどよろしくお願いいたします。

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