時計塔と安全装置と銀髪の少年
◇
「一応、嬢ちゃんに俺の目的を伝えておく」
十字架に吊るされた貴族達の死体を埋葬した後、私はサンタクロースを自称する青年と共に王都の時計塔の上から王都を見渡す。
時計塔の最上階から王都を一望する。
最上階から見える王都は荒れに荒れていた。
燃え尽きた教会、破壊された民家。
黒焦げになった街路樹に黒焦げになった往路。
城があった場所を見つめる。
地割れでも起きたのだろうか。
城があった場所の大地には亀裂が生じており、城の残骸が亀裂の周りで屯していた。
亀裂の中を遠目で見つめる。
亀裂の中には『茜色に染まった空』と『オレンジに染まった雲海』が鎮座していた。
「俺はこの浮島に現れた『絶対悪』──お前らの言う魔王ってヤツを倒しに来た」
亀裂の中から垣間見える雲海と茜色の空を見て、再度痛感させられる。
この国が『空』の上にある事を。
「魔王を倒しに来たって、……えと、どういう意味ですか?」
「無理に敬語使わなくていいぜ。俺と嬢ちゃんの仲だろ?」
「いや、そんな仲良くなった覚えないんですが、……」
「敬語使われると背中が痒くなるんだよ。だから、お願いだ嬢ちゃん。タメ口で話してくれないか?」
……何処かの誰かの言葉を思い出す。
確か『彼』も敬語使われると背中がむず痒くなるって言ってたっけ。
聖女になる前の出来事を思い出しながら、目蓋を閉じる。
そして、息を短く吐き出すと、敬語を使う事なく、青年に疑問をぶつけた。
「どうして魔王を倒しに来たの?」
「雇い主に頼まれたんだよ。復活した魔王を倒して欲しいってな」
「雇い、……主?」
「俺は『ティアナ』──人類の集合無意識体ってヤツに雇われてんだよ」
わお、スケールデケェ事を言い出した。
あまり頭がよろしくない私はゆっくり首を傾げる。
「……ティアナってなに?」
「ティアナってのは『集合無意識体』──人類が先天的に共有している無意識を一塊にしたものだ。人類が獲得した超越的防衛機能。人類の生存欲求を満たすために存在している安全装置……って言ったら、ピンと来るか?」
「よく分からない」
何言っているのか、ちょっと分からなかった。
「俺はそのティアナっていう超越的防衛装置の一部分で、お前ら生きたいと願う人間専用の使い魔って訳。大雑把に言っちまうと、お前ら生きた人間が無意識のうちに『魔王を倒して欲しい』って願ったから、俺はお前の前に現れたんだよ」
「えー、えーと、要するに、私達人類が無意識のうちに生きたいって望んでいるから、安全装置の一部分である貴方は、私達の生命を脅かす魔王を倒しに来た……って事?」
青年の話はあんまり頭の中に入ってこなかった。
上手く飲み込めない情報を無理矢理咀嚼しつつ、疑問を繰り出す。
青年は首を縦に振ると、肯定の言葉を繰り出した。
「ああ、そんな感じだ。その解釈で大体合ってる」
そう言って、青年は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、首を横に傾げる。
「ただな、……なんか今回はいつもと違うんだよ」
「違うって、……一体どういう意味?」
「なんか無理矢理呼び出されたというか。ティアナから魔力を殆ど与えられない事なんて初めてというか。上手く言葉にできねぇが、いつもと違うんだよ」
青年の言う『いつも』が分からないから、どう違うのか全く分からなかった。
冷たい風が私達の髪を揺らす。
骨の髄まで染み渡る冷風の所為で、鳥肌が立ってしまった。
「ま、今の俺が言える事は二つ。俺は復活した魔王を倒すという役目を果たさなきゃいけねぇ事と、嬢ちゃんから魔力を貰わねぇと魔王を倒せねぇって事だけだ」
眉間に皺を寄せつつ、サンタを名乗る青年は後頭部を掻き上げる。
そして、私の顔を一瞥すると、こんな事を聞いてきた。
「で、嬢ちゃんはこれからどうするんだ?」
「先ず王都がこの状態になった原因を調べる。商人がオーガって名の化物になった理由を解明する。もしこの惨状を引き起こしたのが復活した魔王だったら、……いや、魔王が現在進行形で民を攻撃しているのなら、魔王を封印或いは討伐する」
「あー、ややこしい。一言でまとめろ」
「困っている人がいたら、手を差し伸べる」
自分のやりたい事を端的に口にする。
青年は息を少しだけ止めると、答えるまでもない疑問を口にした。
「……それは誰のためなんだ?」
「自分のためだよ」
青年の疑問を即答し続ける。
彼は面倒臭そうに顔を歪ませると、重苦しい溜息を吐き出した。
「自分のため、…….ねぇ」
……一体、どういう感情を抱えているのだろうか。
考える。
が、彼の事を何も知らないので、推測さえもできなかった。
どうやら彼の思考を読むって挑戦は高難易度らしい。
なら、挑戦を切り替えよう。
「サンタクロース」
「サンタでいいぜ」
茜色に染まった王都だった土地を視界から除去し、サンタクロースを名乗る青年──サンタの瞳をじっと見つめる。
彼の瞳を覗いても、彼が今抱えている感情は分からなかった。
「困っている人、今苦しんでいる人を全て助けたい。だから、私に力を貸して欲しい」
「そういう取引だっただろ?」
自分の感情を突きつける。
躊躇う事なく、サンタは私の要求を飲み込んだ。
「嬢ちゃんは俺に魔力を分け与える。その代わり、俺の力を嬢ちゃんに使わせる。それでオッケーを出した筈だ」
そう言って、サンタは私のおでこに軽くデコピンをお見舞いする。
全然、痛くなかった。
「あ、一応、先に言っておくけど、嬢ちゃんに俺の力を使わせたくない時は、嬢ちゃんから魔力を貰わねぇからな」
「うん、分かった」
「んじゃあ、交渉成立だな」
息を短く吐き出した後、青年は時計塔の上から見える景色を一望する。
そして、荒れ果てた王都を見ながら、こう言った。
「気引き締めて頑張れよ、嬢ちゃん。俺の予想が正しければ、この案件、かなり厄介だぞ」
一瞬、ほんの一瞬だけ、サンタの顔が険しいものになる。
ちょっとだけ彼という人間と現状の深刻さを理解できた。
「…….ねえ、サンタ」
時計塔の最上階を後にしようとするサンタに声を掛ける。
「──ティアナってのが人類の生きたいって要求に応えるために機能している事は理解した」
冷たい風が私とサンタとの間を通り抜ける。
風の鳴き声と私の心音が、私の聴覚を刺激する。
サンタは指一本動す事なく、私の声に耳を傾けた。
「でも、もし人類が自滅を願ったら……私達が無意識のうちに自滅を願ったら……安全装置はどう動くの?」
◇???side
『で、貴方はどうやってあの子を救うつもりなのですか?』
時計塔から十数キロ離れた廃屋の屋根。
遠目で『サンタクロース』と『星屑の聖女エレナ』を観察しながら、銀髪の少年は古びた煙突に腰がける。
「おいおい、つまらねぇ事聞いてんじゃねぇよ」
自らの周りを浮遊する水晶を睨みつけながら、銀髪の少年は獰猛な笑みを浮かべる。
「先ずはあのサンタクロースってヤツを殺す。その後、聖女以外のヤツを全員ぶっ殺す」
『……野蛮、ですね』
水晶から放たれる女性の声に耳を澄ませながら、銀髪の青年は再び十数キロ先にいるサンタとエレナに視線を移す。
「オレを非難してんじゃねぇよ、クソ女。お前と組んでんのは、あの聖女をこのクソみてぇな浮島から解放するっていう目的が一致したからだ。オレもあの聖女もテメェの道具じゃねぇ」
『………』
水晶の向こう側にいる『 ◾️◾️◾️◾️』は口を閉じてしまう。
『 ◾️◾️◾️◾️』を黙らせた事に達成感のようなものを抱いた銀髪の少年は、頬を歪めると、屋根の上から飛び降りた。
「まあ、テメェが何を考えていようが、サンタってヤツがオレの前に立ちはだかろうが関係ねぇ。邪魔するものは全部ぶっ壊す」
朽ちた骸が横たわる元農村を見渡しながら、銀髪の少年は血走った眼で虚空を睨みつける。
そして、息を短く吸い込むと、銀髪の少年──『魔王』は遥か彼方にいるサンタに戦線布告を突きつけた。
「──さあ、始めようぜ有象無象。生存競争ってヤツをさ」
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次の更新は明日7月19日(水)12時頃に予定しております。