聞きたい事と成長と焼け爛れた手
◇
「おい、ワンちゃん。お前には聞きてぇ事が山程ある。全部、答えてもらうぞ」
「…………ああ、好きに、聞くといい」
デッカいワンちゃんと化した虐者──元騎士は力ない一言を発する。
それを目視するや否や、サンタは溜息を吐き出した。
「第二王子は何処にいる?」
「…….知らない」
「お前に力を与えた必要悪──『黒い龍』は何処にいる?」
「……知らない」
「『黒い龍』の目的は?」
「……知らない。ヤツは私に力を与えるだけで、私と言葉を交わさなかった」
「なるほど。『黒い龍』はお前さんと言葉を交わさなかったのか」
このやり取りだけで何か情報を得たのだろう。
サンタは意味深な表情を浮かべる。
私と同じように話についていけていないのだろう。
ちょっと離れた所にいる第三王子は不機嫌そうに顔を歪ませていた。
「じゃあ、次の質問だが……」
「あんたは、」
サンタの声を遮るように、元騎士が言葉を発する。
サンタは特に驚く事なく、元騎士の言葉を受け入れると、口を閉じてしまった。
「あんたは、知っているのか? 聖女の本質を……」
「お前さんが何を見たのか知らねぇが、俺は嬢ちゃんの本質を知っている」
溜息を吐き出しながら、サンタは呆れたような目で元騎士を睨みつける。
「嬢ちゃんの本質は罪にも問題点にもなり得ねぇよ。本質が罪や問題点になる程、嬢ちゃんは当たり前の事ができていない。お前が考えている最悪の事態は絶対に起きねぇよ」
一体、何の話をしているのだろう。
私の話をしている事だけは理解できる。
けれど、彼等が何を言っているのか理解できなかった。
え? 私の本質?
というか、なんでいきなり私の話になっているの?
前提知識がなさ過ぎて、よく分からないんだけど。
「それよりも、ワンちゃん。お前が取り込んだ神造兵器を吐き出す事は可能か? 可能だったら、今すぐ吐き出してくれ。お前が持っているよりも、俺が持っていた方が……」
サンタの言葉が言い終わるよりも先に、私の本能が『何か』を察知する。
察知した途端、五感が研ぎ澄まされ、強化魔術が五感を強化し始めた。
魔王の匂いを感知──すると同時に、魔王の匂いが遠去かる。
多分、魔王は把握したのだろう。
私が魔王の居場所を特定した事を。
匂いが遠去かる所為で、魔王の正確な場所を把握する事はできなかった。
「………ん?」
魔王とは正反対の方向。
鎧の揺れる匂いと恐怖の匂いが私の鼻腔を僅かに擽る。
鼻腔を僅かに擽る匂いは第一王子の体臭と少しだけ酷似していた。
「嬢ちゃん、もしかして第二王子の居場所を把握できたのか?」
私の異変に気づいたサンタが口を開く。
私は自信なさげに首を縦に振ると、視線だけを匂いの方に向けた。
◇side:魔王
「嘘だろ、あんだけ離れててもオレの存在に気づけるのかよ」
聖女達から距離を取りつつ、オレは驚きの声を発する。
(先日までの聖女だったら、あの距離にいるオレを特定できなかった筈だ……もしかして、オレが想定しているよりも凄まじい速度で成長しているのか?)
多分、サンタが何かやったのだろう。
今の聖女の成長速度は常軌を逸している。
まだオレに敵うレベルではないが、今の聖女とサンタ相手に闘うのは分が悪過ぎる。
(虐者から第一王子の神造兵器を取り返そうと思ってたんだが、……どうやら間違いだったみたいだな。あそこで欲を出してしまったから、聖女に気づかれてしまったんだろう。ちっ、……オレもまだまだって事か)
今の聖女とサンタの不意を突くのは、容易じゃないだろう。
いや、不可能に近いと言っても過言じゃない。
邪心を出した程度で聖女に気づかれてしまうんだから、敵意と殺意を抱いてしまう不意打ちは成功率がめちゃくちゃ低い筈。
(不意打ちは不可能に近い。が、不可能という訳じゃねぇ)
今の聖女とサンタの隙を突くのは、ほぼ不可能。
だが、今の聖女達はお荷物を抱えている。
(勝負は一瞬。優先順位さえ誤らなければ、不意を突く事ができる筈だ)
そう思ったオレは聖女に気配を察知されないよう、息を潜める。
そして、聖女の一挙手一投足を注視すると、オレは好機が来るのをじっと待ち続けた。
◇
「ミスター・サンタクロース、もうちょっとゆっくり歩いてください。ミス・エレナがついていけてません」
「敢えて早歩きしてんだ。別に嬢ちゃんに早歩きを促している訳じゃねぇ」
「後方から魔王が現れた場合は? 後方から現れた魔王がミス・エレナを誘拐したらどうするつもりですか?」
「大丈夫だ。そうなってもいいように、俺が先陣を切っている」
「『そうなってもいい』じゃありません。そうならないように努力してください」
「第三王子は『そうならない』努力をしてんのか?」
「話を逸らさないでください。僕は貴方が『そうならない』努力をしているのか尋ねているんです」
サンタと第三王子との間に冷たい火花が舞い散る。
いや、第三王子がサンタに突っかかっていると表現するのが適切だろう。
私が元騎士とバトっている間に何か起きたのか、第三王子とサンタの関係は最悪と言っても過言じゃないものに成り果てていた。
「あ、あの、喧嘩はやめ……」
「ミス・エレナ、貴方もミスター・サンタクロースに言ってください。『空気を読んでくれ』、と」
私の前を歩く第三王子が不機嫌そうに顔を歪ませる。
サンタは突っかかる第三王子を屁でも思っていないのか、周囲を警戒しつつ、前に向かって歩き続けていた。
「魔王がいつ現れるのか分からない状態で、ミスター・サンタクロースが先陣を切るのは危険です。魔王の不意打ちに対処できないかもしれません」
「俺らが警戒している時に不意打ちする程、魔王は愚かでも自信過剰でもねぇ。魔王は自分の力量を正しく把握しているし、敵である俺達の事を過剰評価している。第三王子が考えている事は、絶対に起きねぇ」
「それが魔王の作戦だったら? 貴方にそう思わせる事こそが、魔王の策だったら?」
「ねぇよ。その程度の策を用意する程、あいつは愚かでも勇敢でもねぇ」
欠伸を浮かべながら、サンタは淡々と歩き続ける。
サンタに煽られたと思ったのだろう。
第三王子の身体から怒気の匂いが放たれていた。
「あ、あの、第三王子、サンタは、その……」
「分かっています。彼が正論を吐いている事を。ただ個人的に気に入らないのです。聖女エレナを危険な目に遭わせているにも関わらず、屁でも思っていない彼の態度が」
敵意を放つ第三王子。
第三王子に気を遣う事なく、淡々と進み続けるサンタ。
そして、狼狽える私。
さっきまで敵だった元騎士が、私の隣にいるというのに、サンタも第三王子も眼中にないと言わんばかりの態度を取り続けていた。
第三王子が早足でサンタの方に向かい始めたので、デカいワンちゃん──元騎士の方に視線を向ける。
彼は複雑そうに地面を見つめたまま、口をモゴモゴさせていた。
「……どうしたんですか?」
「……聖女様、貴女は私を利用しているのですか?」
隣を歩く元騎士の口から想定外の言葉が飛び出る。
何を言っているのか、よく分からなかった。
「貴女は自分の生存を勝ち取るため、私達を騙しているのではないでしょうか?」
「どういう意味ですか?」
元騎士の言葉の意味を理解できなかった。
反射的に聞き返す。
彼は安堵と困惑が入り混じった表情を浮かべると、縋るような目で私を見つめ、こう言った。
「貴女は自分の母に言われた通り、自由に生きるため、美しく(つよく)なるため、聖女のフリをしているのでは……?」
「私の、母……? 先代聖女の事ですか?」
「いいえ、貴女の実の親です」
「実の親……と言われても、私は実の親の名前も顔も声も知りません」
「嘘を吐かないでください。私は知っています。貴女の過去を。貴女は六歳まで実の母と生活していた筈だ」
一体、何を言っているのだろう。
私は本当に実の母の名前も顔も声も知らない。
義理の親である先代聖女曰く、私の父と母は不慮の事故に遭った所為で、私が生まれた直後に亡くなったんだとか。
いや、確か父は私が生まれる数ヶ月前に病気で亡くなって、母は私を出産すると同時に息絶えたんだっけ?
両親の死因を思い出そうとする。
昔の事を思い出そうとした途端、頭の中がぼんやりし始めた。
ああ、頭が上手く回らない。
多分、『嫌な事をすぐ忘れてしまう』悪癖の所為で、上手く思い出せないのだろう。
きっと両親の話は私にとって嫌な事だったのだろ──
「聖女様、少し失礼」
そう言って、元騎士は私の頭に触れる。
彼の魔力が私の頭に流れ込んだ途端、『拒絶反応』が起きた。
「──っ!?」
視界が点滅する。
気がついた時には、元騎士は私から距離を取っていた。
「どうしたんですか!?」
第三王子の怒声が響き渡る。
ふと元騎士の手が目に入った。
私の頭に触れていた筈の元騎士の手。
先程まで私に触れていた筈の彼の手は、ものの見事に焼け爛れていた。
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次の更新は10月13日(金)20時頃に予定しております。




