表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/119

残り僅かと小高い山と主導権

◇サンタside


「ミスター・サンタクロース……! なぜミス・エレナを止めなかったんですか……!?」


 俺の胸倉を掴みながら、第三王子(ぼっちゃん)は声を荒上げる。

 俺は興奮している第三王子(ぼっちゃん)から目を背けると、再び地面に頬を押しつける嬢ちゃんの姿を一瞥した。


「あの虐者(ワンちゃん)、今度は嬢ちゃんの心象世界に入り込んだな」


 虐者(ワンちゃん)の姿は何処にも見当たらなかった。

 その代わり、嬢ちゃんの身体から虐者(ワンちゃん)の魔力と気配を感じ取る。

 多分、心器(アニマ)の能力で嬢ちゃんの心の中に入り込んだのだろう。

 欠伸を浮かべつつ、第三王子(ぼっちゃん)の顔をチラ見する。

 怒りで我を忘れているのか、第三王子(ぼっちゃん)は鼻息を荒上げていた。


「……もういい。貴方に期待した僕がバカでした」


「おい、何するつもりだ?」


「ミス・エレナを助け出します」


「それは嬢ちゃんのためなのか?」


 興奮気味に肩を上下させる第三王子(ぼっちゃん)を見つめる。

 彼は俺の言葉の意味を理解できていないのか、口を閉じてしまった。


「今、嬢ちゃんは経験を積んでいるんだ。邪魔しないでやってくれ」


「必要な経験? 彼女に戦闘の経験は必要ない。彼女は聖女……」


「聖女じゃねぇよ、ただの人間だ」


 目蓋を閉じ、木の葉の揺れる音を聞き流す。

 俺のトーンダウンした声によって、少し落ち着いたのか、第三王子(ぼっちゃん)の興奮は少しだけ収まっていた。


()()である以上、避けられない闘いは誰にだってある。欲と業が深い嬢ちゃんの場合、避けられない闘いはこれから先沢山あるだろう。だから、経験させてんだ。生き残るために必要な経験を」


「……それでミス・エレナが死んだら、どうするつもりですか? 貴方が責任を取るのですか?」


第三王子(ぼっちゃん)、一つ言っておく。お前じゃ嬢ちゃんを落とせねぇよ」


 俺の言葉にカチンと来たのか、第三王子(ぽっちゃん)は顔面に怒りを滲ませる。

 彼の表情が変わる瞬間を見つめながら、俺は事実を淡々と告げた。


「お前は人間を愛し過ぎている。けど、お前は真の意味で人間を愛せていねぇ。お前が愛しているのは、嬢ちゃんの表面(がわ)だけだ」


「自分はミス・エレナの事がよく分かっているような口振りですね。貴方より僕の方がミス・エレナとの付き合いが長い。僕の方が貴方よりも彼女の事をよく見ています」


「だけど、俺よりも人生経験が浅い。その上、嬢ちゃんを盲信している。嬢ちゃんの本質が見えていねぇんだよ、お前は。いや、見ようとしてねぇ。お前さんは理想を押し付けているだけだ」


 俺の言葉が耳に入っていないのだろう。

 歯軋りしながら、第三王子(ぼっちゃん)は俺を睨みつける。

 今にも攻撃してきそうな第三王子(ぼっちゃん)を眺めつつ、俺は溜息を吐き出した。


「まあ、こんな事を言っても無駄なんだけどな。俺が事実を言った所で、お前さんは聞く耳を持たねぇし、嬢ちゃんも俺の言う事を信じねぇ。だから、俺は嬢ちゃんに挑戦を与え続けているんだ」


「挑、……戦?」


「嬢ちゃんが一番欲しているもんだよ」


 ジェリカを、ヴァシリオスを、そして、魔王を、飢えた獣のように見つめる嬢ちゃんの眼を思い出す。

 

『──(つみ)と向き合え、咎人(おろかもの)。たとえ神が赦したとしても、私は許さない』


 初めて嬢ちゃんと出会った時の事を思い出す。

 王国劇場。

 無数の十字架と死体が連ねる舞台の上。

 オーガ達に追い詰められた嬢ちゃんの姿を思い出す。

 多分、あの時のオーガ達は劇場の嬢ちゃんの顔が見えていなかったんだろう。

 得体の知れない感情に、高揚感に似た何かに支配された嬢ちゃんの姿を思い出す。

 

(──魔王を倒すにしろ、倒さないにしろ、俺が嬢ちゃんと居られるのは、残り僅かだ。それまでに何とかしねぇとな)


 敢えて自分から幻覚にかかった嬢ちゃんを見て、溜息を吐き出す。

 第三王子(ぼっちゃん)の視線は敢えて無視して、俺は近くにあった木に寄りかかった。


「……今、確信しました。貴方の事、大嫌いです」


「だろうな」

 

 第三王子(ぼっちゃん)の言葉を一蹴して、目蓋を閉じる。

 そして、木に体重を預けると、何処かにいるであろう魔王の気配を探り始めた。





◇side:???


 騎士団に入団して半年経ったある日。

 私──◾️◾️◾️は星屑の聖女と出会った。


「……私は騎士団長アルフレッド様のような立派な騎士になりたくて、騎士団に入った」


 騎士団本部の裏にある小高い山。

 標高二百メートルしかない山の天辺。

 いつも通り頂上から故郷を眺めていると、薬草採取していた聖女エレナと遭遇してしまった。

 

「でも、私には才能がなかった。アルフレッド様のような騎士になるには、剣の才能も、魅力も、カリスマも持ち合わせていなかった」


 いつも通り頂上で自らの才能を嘆いていると、聖女エレナが私に声を掛けた。

 どうしたのだ、と。

 私でいいなら話を聞きますよ、と。

 だから、話してしまった。

 誰にも話せなかった私の本心を。

 初めて会ったばかりの聖女エレナに全て話してしまった。


「私と騎士団長の間にある差は努力じゃ埋められない。たとえ私がどれだけ剣の修行をしたとしても、騎士団長に追いつけないだろう。どれだけ話術を磨いたとしても、騎士団長のように人に好かれないだろう。仮に私が騎士団長に就任したとしても、私のカリスマ力じゃ誰もついてきてくれないだろう。才能が違い過ぎる。たとえ生涯を費やしても、私は騎士団長アルフレッド様のようになれないだろう」


 左目に刻まれた一文字の古傷。

 右腕に広がった火傷の跡。

 そして、身体中に刻まれた無数の切り傷。

 けれど、醜い傷が帳消しになる程、聖女エレナの瞳は美しかった。

 

「どうしてアルフレッド様のようになりたいと思ったのですか?」


 星のように煌めく聖女の瞳が私の姿を映し出す。

 穏やかな笑みを浮かべながら、優しい視線で私の姿を見つめながら、聖女エレナは私の視線を惹き寄せる。

 太陽のように微笑む彼女を見ているだけで、肩にのしかかっていた重い何かにヒビが入り、暗かった世界に灯りが差し込む。


「……アルフレッド様に助けられたから」


 私は語った。

 数年前、私の故郷がとある盗賊団に支配されていた事を。

 私の親も友人も、盗賊達の横暴によって苦しめられていた事を。

 そんな私達を救ってくれたのが騎士団率いるアルフレッド様だった事を。

 

「盗賊達をやっつけるアルフレッド様を見て、こう思った。『あの人のような騎士になりたい』、と。『あの人のように誰かを救える人間になりたい』、と。でも、私はあの人のような騎士にはなれそうにない。誰かを救える人間になるには、……致命的に才能が、なさ過ぎる」


「私も才能を持ち合わせておりません」


 私の口から漏れ出た情けない言葉が、聖女エレナの声によって包み込まれる。

 彼女の声はとても優しく、胸の中にあった黒いものを溶かす程の力を持ち合わせていた。


「先代聖女と違い、私は魔法を使えませんし、特別な力も魅力も持ち合わせておりません。きっと生涯全て費やしたとしても、私は先代聖女のような立派な聖女になれないでしょう」


 ゆっくり腕を動かす聖女を見ているだけで、背筋をピンと伸ばす聖女を見ているだけで、そして、私の眼をじっと見つめる聖女を見ているだけで、私は安らぎに似た何かを感じてしまった。


「けれど、私は信じています。『才能がなくても、人のためになれる』、と。私には聖女としての資質も才能も持ち合わせていません。ですが、資質や才能がないからと言って、困っている人を助けない理由になり得ません」


 聖女の星のように煌めく瞳が私の中にあるものを射抜く。

 その瞳を見ているだけで、安らぎと充足感に似て非なる気持ちを抱いてしまった。


「私は私ができる事を精一杯やります。たとえ才能がなくても、理想に近づく事ができなかったとしても。私にできる最善をやり続ければ、誰かのためになれると信じています」


 聖女エレナは私が欲していた答えを提示してくれた。

 ああ、そうか。

 騎士団長アルフレッド様のようになれなくても、自分にできる事を精一杯やればいいんだ。

 才能や資質がなくても、人のためになれる人間になれるのか。

 自分にできる事を精一杯やり切れば、なりたい自分になれるのか。

 聖女エレナの言葉が身体の中に染み込んだ途端、私は──


「──やはり貴方でしたか」


 聖女エレナの雰囲気が一変する。

 その姿を認識した途端、景色が一変した。

 唐突に私と聖女エレナの身体が真っ暗な闇の中に放り込まれる。

 気がつくと、私の身体は巨大な犬みたいな姿になっていた。

 理解する。

 幻覚(ゆめ)を見ていた事を。

 全て思い出す。

 魔王が現れた事を。

 聖女エレナが魔王を封印した事を。

 王族貴族が民を見捨てた事を。

 憧れの人──アルフレッド様が民に背を向けた事を。

 黒い龍と契約を交わした事を。

 異形の化物になった事を。

 王族貴族を殺し続けていた事を。

 かつての同じ釜の飯を食べた騎士(なかま)を殺した事を。

 第三王子と謎の男性と行動を共にしていた聖女エレナと再会した事を。

 聖女エレナの記憶の一部を覗いた事を。

 そして、聖女エレナに強めの幻覚をかけた事を。


(幻覚の主導権を奪われた……!? まさか私よりも聖女エレナの精神力の方が強いのか……!?)


 『黒い龍』が言っていた事を思い出す。

 幻覚はリスクが大きい代物である事を。

 幻覚は私よりも精神力が強い人には通用しない事を。

 使用者よりも精神力が強い者に幻覚をかけた場合、幻覚の主導権を奪われてしまう事を。

 

(見誤った……! このままでは、聖女の気が済むまで、この幻覚空間から抜け出す事ができなくなる……!)


 もし弱い幻覚だったら、目を閉じ、耳を塞げば、幻覚の効果をほぼ無効化できただろう。

 だが、今回聖女にかけたのは強めの幻覚。

 相手を強制的に眠らせ、夢の中に入り込む事で、幻覚(ゆめ)を見せ続けるもの。

 私の考えた幻覚を見せるだけだけでなく、相手の中に眠っている記憶を見せる事ができる切札(とっておき)

 その主導権を、聖女エレナに奪われてしまったのだ。


(しまった……!)


 幻覚の主導権を握られてしまった事で、私の敗北が決定してしまう。

 聖女エレナを見る。

 彼女は星のように煌めく瞳で、私の目をじっと見つめていた。


 いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方に感謝の言葉を申し上げます。

 次の更新は10月4日(水)20時頃に予定しております。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
厚かましいと自覚しておりますが、感想、レビュー、ブクマ、評価、お待ちしております。 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ