幻覚と通り過ぎた生涯と幼い頃の記憶
◇side:???
「ごめん、全然ヤバくなかったわ」
鎧を纏ったデカい虐者を踏みつけながら、サンタは右人差し指で頬を掻く。
居心地悪そうに頬を掻く彼を見て、私は思った事をそのまま口にした。
「うん、もうサンタの言う事信じない」
虐者が意識を失うと同時に、周囲の景色が変わり始める。
王都だった場所は、あっという間に元の森の姿に戻ってしまった。
「どうやら、あの王都は幻覚だったみたいですね」
「ああ、そうみたいだな」
周囲を警戒し続ける第三王子に同調するサンタ。
サンタは騎士だった肉塊をチラ見と、目を細めながら、事実を口にし始めた。
「ヤツの実力を見誤っていた。どうやらヤツの心器は俺が思っている程、高性能なものじゃないらしい。つーか、ただの幻覚を見せるだけで心器を使う事自体、想定外だ。この程度の幻覚、心器を使わなくても、見せる事ができる。この前の鏡を使う虐者といい、どうやらヤツらはは心器を使いこなせていないみたいだな」
「心器が何なのかは分かりませんが、あの化物が予想よりも弱かった事に安堵しています。もし予想通り、…….いや、予想以上の強さだったら、大変な事になっていたでしょう」
改めて私の無事を確認した後、第三王子は安堵の溜息を吐き出す。
私は無意識のうちに頭を下げると、私の無事を安堵してくれた彼に感謝の意を示した。
「ところで、ミスター・サンタクロース。魔王は何処に行ったのでしょうか? 化物が破れた途端、魔王の攻撃は飛んで来なくなりましたが……」
「ヤツが何を考えているのか、分からね。ただ用心した方がいい事だけは確かだ」
『さっきので居場所特定されてしまったし』と付け加えつつ、サンタは木の陰に隠れるよう指示を飛ばす。
虐者にトドメを刺す事なく、移動を再開しようとするサンタを見て、私は違和感を抱いた。
「……あ、あの、サンタ、虐者にトドメ刺さなくていいの?」
「ん? ああ、忘れてた」
そう言って、サンタは見た事のない剣を取り出す。
そして、虐者の上から飛び降りると、私の首目掛けて、剣を振るった。
「え」
私の首と胴体が斬り離される。
私の頬が地面に着いた途端、首から鮮血を噴き出す私の身体が目に入った。
私の名前を叫ぶ第三王子の声が木々を駆け抜ける。
その声を聞きながら、私は意識を闇に委ね──
◇side:サンタ
「虐者、一つ言っておく」
嬢ちゃんの首を刎ね飛ばした後、俺は虐者に声を掛ける。
「神域に至ったヤツらに精神干渉系の魔法魔術は通用しねぇ。──お前の幻覚は俺に通じねぇんだよ」
地面に転がった嬢ちゃんの首が氷のように溶け落ちた瞬間、周囲を覆っていた幻覚は砕け、俺は現実世界に舞い戻った。
「つーか、幻覚のレベルが低過ぎる。俺を騙したければ、初代聖女以上の幻覚を持って来い」
砕けた幻覚の中から左手で胸を押さえるデカいワンちゃんが出てくる。
俺達に幻覚をかけた虐者は杖のような形をした剣を持ったまま、眉間に皺を寄せると、殺意と敵意を放ち始めた。
「なるほど、狂った姿も偽りだったのか」
理性的な目で俺を睨みつける虐者を睨み返す。
ヤツは俺との力量の差を痛感したのか、歯を食い縛りながら、撤退する方法を考えていた。
「……お前は何者だ?」
「ただのサンタクロースだよ」
「……お前は何故王族を守ろうとしている?」
現在進行形で幻覚に苛まれている第三王子をチラ見した後、虐者は疑問の言葉を発する。
「嬢ちゃん……いや、元聖女が望んでいるからだ」
「…………そうか、あの人らしい」
そう言って、虐者は熱が籠った目で嬢ちゃんを見つめる。
幻覚にかかったままの嬢ちゃんは地面に寝転びながら、うんうん唸り続けていた。
「で、虐者。お前は何が目的だ? やっぱ、王族貴族の殲滅か?」
「私の目的は悪を討つ事だ」
「悪、……ねぇ」
未だに幻覚にかかったままの嬢ちゃん達に注意を向けながら、虐者の一挙手一投足に注目する。
魔王は近くにいねぇのか、隙を結構見せているというのに、全く攻撃してこなかった。
「先人として言わせてもらうが、正義に酔い過ぎるのはやめておけ。取り返しのつかない事になっちまうぞ」
「知った口を叩くな」
「知っているぜ。それは俺が通り過ぎた生涯だ」
生前の出来事が脳裏を掠める。
全ての人を幸せにしようとして、少数に犠牲を強いた過去の自分を思い出す。
「お前がやろうとしてんのは、富の再分配という名の剥奪だ。お前が救いたい奴らは幸せになるだろう。だが、お前の理想は絶対に叶わない。新たな弱者を作るだけだ」
ヤツの魔力に怯えた周囲の木々が木の葉を散らす。
風に乗った木の葉が舞い落ちる中、虐者は目を細めると、俺という異質を認知した。
「……Santa Claus。いや、Sant・A・Clausか」
嬢ちゃんや第一王子達でさえも辿り着けなかった真実に辿り着く。
「農村にいる村長から教えてもらった事がある。初代聖女から『A』の文字を与えられた最初の聖人の銘を。そうか、……あなたが、うっ……!」
言葉を最後まで言い切る事なく、両手で頭を押さえ始める虐者。
その所為でヤツは気づけなかった。
とうの昔に幻覚から解放された第三王子の動きを。
一瞬の隙を突こうと今まで幻覚にかかったフリをし続けた第三王子の姑息さを。
「──っ!」
第三王子の右掌から放たれた氷柱が虐者の身体に突き刺さる。
致命傷を貰った虐者は口から血を吐きながら、その場に膝を着く。
そして、獣みたいな断末魔を口にすると、黒い水を口から溢した。
◇
幻覚を視た。
幼い頃の記憶。
母が刺殺された時の過去を。
王都の片隅にある夜の街。
暴力と性が入り乱れる卑猥で品のない街の片隅にある小さな家。
私──エレナ・クティーラは生ゴミと埃が散乱した部屋で、見知らぬ男に押し倒される母を見つめていた。
『………』
母は男に押し倒されながら、虚ろな瞳で天井を見つめている。男は血走った目で母の胸にナイフを突き刺した。
何度も何度も、母の胸にナイフを突き立てる。
肉が抉れ、骨が剥き出しになるほどナイフを突き刺した後、男はナイフを母の首に突き立て始めた。
肉を裂き、血管を裂き、気道を裂いて、頸動脈を裂いて、首を裂く。
男は母の首を切り落とし、首だけになった母の身体をゴミのように投げ捨てた。
切り落とされた母の頭部が私の足元に転がってくる。
血塗れの母の顔はいつものように性に溺れ、肉欲に飢えたケダモノの顔をしていた。
『……次は、お前だ。お前の血は、許されない』
今にも泣きそうな顔で男は私を見つめる。
私は血塗れの母の頭部と、男のナイフを交互に見た後、高揚した気分に身を任せながら、母と同じ笑みを浮かべた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方、そして、新しくブクマしてくれた方、そして、感想を送ってくれたネット小説大賞運営チーム様に感謝の言葉を申し上げます。
次の更新は9月20日(水)20時頃に予定しております。
今月末締め切りの公募小説は書き終わりましたが、書き終わった小説の推敲作業+ストックが切れかけているため、今週は1話のみの更新です。
来週再来週以降は更新ペースを上げられるよう頑張りますので、これからもお付き合いよろしくお願い致します。
 




