鍋と約束とラッキー
◇
「……サンタ、これ何処から用意したの?」
「秘密だ」
翌朝──洞窟の中にいるので夜が明けたかどうか分からないんだけど──。
洞窟最深部に辿り着いた私が先ず目にしたのは、大きな鍋を木の棒で掻き回すサンタの姿だった。
美味しそうな臭いを放つ白い液体が独り言を呟いている。
グツグツと呟き続ける白い液体の中には、人参やジャガイモ、キャベツ、切り刻まれた鶏肉等が入っていた。
「んじゃ、レベッカ。このシチューをここにいる人達に振る舞ってくれ。俺と嬢ちゃんはアルベルトの所に向かうから」
「分かりました」
「ちょっと待って」
ナチュラルに第一王子とレベッカを名前呼びするサンタを見て、私は思わずツッコミを入れてしまう。
「あん? どうした、嬢ちゃん」
「どうして第一王子達は名前で呼んでいるの?」
「舐めんな、嬢ちゃん。俺だって敬意を払う時は払う」
そう言って、サンタは洞窟最深部の隅でシチューが入った鍋を見つめる老若男女数十人を一瞥する。
「レベッカ。鍋の横に置いてある袋は小腹が空いた時に開けてくれ。一応、夜までには戻るつもりだが、俺達が戻れなかった時に備えて、一応アルベルトに食糧を渡しておく。あ、何か異常事態が起きたら、この笛を鳴らしてくれ。すぐに戻ってくるから」
淡々とレベッカに指示を出した後、サンタは第一王子がいる洞穴に向かい始める。
私は五感を研ぎ澄ませると、サンタが置いていった袋の匂いに意識を傾けた。
甘い香りがする。
多分、あの袋に入っているのはお菓子なのだろう。
甘い香りの所為で、食欲が刺激される。
いけない。
これは洞窟にいる人達用のお菓子。
これに手を出してしまったら、元聖女の威厳が保たれなくなってしまう……!
「……嬢ちゃん。後で菓子やるから、今は我慢してくれ」
呆れたような目で私を見つめるサンタ。
その視線を喰らって、心にダメージを貰う私。
何の事を言っているのが分からず、ポケーっとした表情を浮かべるレベッカ。
「い、いや、お菓子食べたいなーとか思ってないし。わ、私を卑しい女扱いしないで」
「いや、どっちかと言うと女扱いじゃなくて、子ども……」
「しゃあああ!」
全身の毛を逆撫でた所で閑話休題。
洞窟の人達から『本当にアレは聖女なのか?』、『やはり聖女は死んだのでは……?』、『聖女様ってあんなに子どもっぽかったっけ?』と言われながら、私はサンタと共に洞窟最深部に背を向ける。
「……恥かいたのはサンタの所為だからね」
「俺は済ました顔で偉そうな事を言う嬢ちゃんよりも、今の嬢ちゃんの方が好きだぜ」
「…………そう」
馬鹿にされたというのに、反論の言葉が何も出てこなかった。
深呼吸を繰り返しながら、洞窟の中を歩き続ける。
すると、洞窟最深部に向かう第三王子と遭遇した。
「おはようございます、ミス・エレナにミスター・サンタクロース。昨晩は寝られましたか?」
「おい、第三王子。洞窟最深部に朝飯を置いてある。そこで朝飯食べてくれ。で、朝飯食べた後は洞窟出入り口付近に集合な。第二王子の神造兵器を回収しに行く」
「承知致しました。ですが、一つ聞かせてください。第二王子の居場所を特定しているのですか?」
「いんや、特定できてねぇ。が、近くにいる事だけは間違いねぇ。魔王も第一王子の神造兵器の味を覚えた虐者も、第三王子が持っている神造兵器の在処を探知できる。探知できるにも関わらず、一晩俺達に手出ししなかったって事は、つまりそういう事だろ」
「一晩中、魔王と虐者と呼ばれる者が争っていたという可能性は?」
「いや、それはねぇ。俺達が近くにいる以上、魔王は強引かつ力任せなやり方を絶対選ばねぇ。ヤツは恐ろしい程、慎重かつ臆病だ。恐らく今は漁夫の利を狙っている筈」
「慎重かつ臆病……なるほど、僕が思っている以上に魔王は小物のようですね」
「小物かどうかは分からねぇが、脅威である事には変わりねぇ。戦場で一番恐ろしいのは、慎重かつ臆病なヤツだからな。それに加えて、魔王は強者だ。油断も慢心もしねぇ強者程、恐ろしいものはねぇ」
過去に油断も慢心もしない強者に会ったのだろう。
サンタは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、溜息を吐き出す。
「魔王と虐者が何考えているのか分からねぇが、ここに第三王子を置いていく訳にはいかねぇ。その神造兵器が洞窟にある以上、遅かれ早かれ、ここにいる奴らを巻き込んでしまう」
「ええ。元から貴方達に着いていくつもりです。これ以上、ミス・エレナに重荷を背負わせたくありませんから」
「んじゃあ、朝飯食べたら洞窟前に集合な」
遊びに行く子どものように約束を交わした後、私達は第三王子と別れる。
そして、第一王子がいる洞穴に向かって歩き始めた。
「ねえ、サンタ。そういや、私、朝飯まだなんだけど」
「第一王子と話しながら、食べようぜ。ちゃんと用意しているから」
そう言って、サンタは何処からとも缶詰と呼ばれる鉄箱を取り出す。
平行世界の技術で生み出された鉄箱の表面には、見た事のない文字が描かれていた。
「そういや、いつも思うんだけど、サンタってベル状の神造兵器といい、お菓子といい、気がついたら手に持っているよね? あれ、何処から取り出しているの?」
「何処から取り出していると思う?」
悪戯っ子みたいに笑いながら、サンタは疑問を疑問で返す。
あ、これ、答えるつもりがない時のサンタだ。
「……もしかして、それがサンタの魔法なの?」
「秘密だ。まあ、近い将来その疑問の答えは出ると思うぜ。そろそろガチの切札を切る事になるだろうし」
そう言って、サンタは不敵な笑みを浮かべた後、私の頭を撫で始める。
また子ども扱いされたと思った私は心の底から溜息を吐き出した。
◇side:魔王
「さて、どうしようかね」
大樹の裏に隠れながら、オレを追い続けるデッカいワンちゃん──虐者の様子を伺う。
一晩中、オレを追い続けたにも関わらず、虐者は疲れ一つ見せなかった。
「虐者を殺さなければ、飲み込んだ神造兵器を回収する事ができない。虐者を殺すには、かなりの労力がかかるから、その後に待ち受けているサンタとの闘いを乗り切る事ができない。虐者とサンタを闘わせようにも、サンタが何処にいるのか分からない。さあ、八方塞がりだ」
オレの声が聞こえてねぇのか、虐者はデカい独り言を放つオレに気づく事なく、杖みたいな形をした剣で木々を薙ぎ倒していた。
「ひぃ!」
男の人の情けねぇ声が聞こえてくる。
右の方に視線を向けると、鎧を着た男の人が目に入った。
間違いねぇ、アレは騎士だ。
クソ女の話が正しければ、第一王子と第二王子はこの近くにいるらしい。
多分、あの騎士はどっちかの王子を守る護衛なのだろう。
「ラッキー」
あの騎士が第二王子の護衛だったら、第二王子の居場所を特定する事ができる。
サンタよりも先に第二王子を見つける事ができたら、神造兵器を回収できるだろう。
もし、あの騎士が第一王子の護衛だったら、第一王子の居場所を特定できる。
多分、第一王子はサンタと聖女と一緒にいるだろうから、あの騎士を人質に使えば、サンタと取引できるかもしれねぇ。
そう判断したオレはゆっくり騎士の方に向かう。
騎士はオレの存在に気づく事なく、木の裏に隠れながら、虐者が通り過ぎる事をただ祈り続けていた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマ・評価ポイント・いいね・感想を送ってくれた方に感謝の言葉を申し上げます。
来月は公募小説に注力するので、更新ペースを落とします。
今まで通りのペースで最新話を投稿する事はできませんが、年内完結(もしかしたら文字数増えて完結は来年頭になるかも)目指して執筆していくので、これからもお付き合いよろしくお願い致します。
次回の更新は9月6日(水)20時頃です。
なるべく来月中に4章終わらせるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。
 




