商人と聖女見習いと元聖女
◇side:商人
聖女の星みたいに煌めく目を見た途端、俺の中にあった『人』が化物を害した。
腹から青い血が噴き出る。
持っていた短剣を手放しながら、地面に膝を着いた。
うつ伏せの体勢で倒れる直前、ちょっと離れた所にいる聖女の面が視界を掠める。
彼女は目を大きく見開いたまま、固まっていた。
(たしか、アイツと出会ったのは、……いつ、だっけ?)
初めて聖女と出会ったのは、……確かアイツが聖女になる前だったと思う。
あの頃の俺は自分の娘を失ったばかりで荒れに荒れていた。
◆商人side
「お前が聖女になりたい理由、当ててやろうか?」
流行病に冒されているダチの娘を診ている少女に声を掛ける。
聖女見習いである少女は俺に背を向けたまま、本とダチの娘を交互に見ていた。
「王族に嫁ぎたいからだろ?」
俺は診療所の出入り口の扉に寄りかかりながら、酒瓶に入った酒を喉に流し込んだ。
「お前が人を救おうとしてんのも、聖女になって、王族の嫁になって、毎日いいもん食うためだろ? 俺ら下々の事なんてゴミとしか思ってないだろ?」
「此処から出て行ってください。病が移るかもしれませんから」
俺の嫌味を屁でも思っていないような態度で、少女は本のページを巡る。
その態度が気に食わなかった俺は酒瓶を床に投げつけた。
「聖女のフリしてんじゃねぇよ」
酒瓶だった破片が床の上に散らばる。
初めての酒に歓喜しているのか、床は俺が零した酒をグビグビ飲んでいた。
「聖女見習いでも、治癒魔術使えるんだろ? 何でソイツに使わねぇんだよ」
本を見ているだけで治療を行なっていない少女を睨みつける。
頑張っている感を出しているだけの少女は、俺の言葉に耳を傾ける事なく、鞄から新たな本を取り出した。
「助けようとしているフリなんだろ? 俺達みてぇな貴族じゃないヤツに治癒魔術かけたくねぇんだろ? 貧乏人治療した所で、金貰えねえもんな。貰えたとしても、端金。だから、俺の娘も助けてくれなかっだんだろ?」
半月前、流行病で亡くなった娘の顔を思い浮かべる。
娘がヤバイ状態だってのに、聖女はこの村に来てくれなかった。
商人というアドバンテージをフルに活用して、聖女に『娘を助けてくれ』という手紙を送りつけた。
でも、聖女はやって来なかった。
聖女どころか治癒魔術を使える聖女見習いさえも。
見捨てられたと思った。
もし俺が貴族だったら、娘は助かっていただろう。
この世は不公正だ。
生まれ落ちた場所が違うだけで、命の価値に差が生じてしまう。
もし俺が貴族だったら。
もしあの子が貴族の子として生まれていたら。
「なあ、なんか答え……」
「治癒魔術を使用したら、逆に症状は悪化しますよ」
声を発しつつ、少女は身体の正面を俺に見せつける。
初めて少女の顔を見た。
彼女の左目には一文字の傷がついていた。
それを見て、俺は目を大きく見開いてしまう。
よく見ると、彼女の右手の甲には酷い火傷跡がついていた。
こんな身体では、たとえ聖女になったとしても、貴族の嫁になんかなれないだろう。
貴族の大半はプライドが高い上、他の人の目を気にする。
こんな傷だらけの女を嫁にする奇特な貴族はいない。
「この子が冒されている病は、多分、イースト病だと思います。イースト病患者に自然治癒速度を向上させる治癒魔術を使用してしまうと、病も活性化されてしまうんです」
俺の目を真っ直ぐ見つめながら、傷だらけの少女は淡々と自分のやるべき事を全うする。
彼女の顔には脂汗が滲んでいた。
時間がないのだろう。
少女の焦燥が骨の髄まで染み渡る。
ダチの娘の状態があまり良くない事に気づかされた。
「この本に書かれた薬草とキノコ、何処にあるのかご存知ですか? この本の情報が正しければ、この薬草とキノコはこの辺りで生息している筈です」
俺に植物図鑑を差し出しながら、真っ直ぐな眼で俺の目を見据える。
玉の輿を狙っている女の眼じゃなかった。
……俺みてえなバカでも分かる。
こいつは……
「力を貸して下さい。貴方の力を借りれば、この子の命は救えるかもしれないんです」
筋金入りのバカだ、と。
◆商人side
「ごめんなさい。古いしきたりの所為で、聖女は王都から離れられないんです」
傷だらけの少女──エレナの尽力により、ダチの娘は助かった。
俺の娘の墓に花を添えながら、エレナという名の聖女見習いは謝罪の言葉を口にする。
「聖女が王都から離れてしまったら、魔王の封印を維持できなくなってしまう。だから、現聖女は貴方の娘を助けられなかったのです」
どうやら俺の手紙は聖女に届いていたらしい。
だが、ルールの所為で俺の娘を救いに行けなかったみたいだ。
「……で、お前が聖女の代わりに来た、と」
「……本当にごめんなさい。もう少し私が早く来ていれば、貴方の娘を……」
「一番悪いのは俺だ。最初から娘を王都に連れて行っとけば、娘は死なずに済んだ」
聖女が王都から離れられないという事実を知らなかった。
もしそれを知っていたら、俺は娘を連れて王都に向かっていただろう。
聖女或いはエレナに娘を診せていたら、俺の娘は助かっていたかもしれない
「いや、動かしたら動かしたらで娘さんの症状は悪化していたかもしれません。娘さんがどういう病にかかっていたのか分かりませんが、……貴方の判断は間違っていません」
俯きながら、聖女見習いである少女は親指を隠すように拳を握り締める。
彼女の姿を見て、なぜか亡くなった娘の顔を思い出した。
「……お前、何歳だ?」
「十二、……ですけど」
「……そう、か」
亡くなった娘と同じ歳だ。
目の前にいる彼女と違って、俺の娘はこんなにしっかりしていなかった。
多分、目の前にいる少女は『しっかりしなければならない』状況下に置かれているのだろう。
彼女と同年代の娘がいたから分かる。
聖女見習いである彼女が背負っているものの重さを。
傷だらけの少女の瞳をじっと見つめる。
彼女の眼はとても力強く、十二の娘が放っていい眼光じゃなかった。
「……悪かったな、当たり散らかして」
謝罪の言葉を口にしながら、空を仰ぐ。
茜色に染まる空には、無数の固形化された極光が浮いていた。
いつも通りの空だ。
「まあ、お詫びって言ったらなんだが、遠慮なく我儘言えよ聖女さん」
酔いが覚める。
娘が死んだという現実が重くのしかかった。
「いや、私、聖女じゃないんですが……」
「あ、あと、敬語禁止。敬語使われると背中がむず痒くなるんだ」
娘は戻って来ない。
娘を助けられなかったという現実は変わらない。
……けど、目の前の少女なら。
「……分かったよ、オッサン」
「敬語禁止って言ったが、敬意を払うなとは言ってねぇぞ、聖女さん」
「だから、私は聖女じゃないし」
息を大きく吸い込みながら、天を仰ぎ続ける。
…………娘にしてやれなかった事を彼女にしてやろう。
唯の商人でしかない俺がどこまでやれるか分からないけど。
それが俺ができる唯一の──
◇
オーガと呼ばれる異形と化した商人の巨体が、舞台の上に倒れ込んでしまう。
私は大きく目を見開きながら、自らの腹に短剣を突き刺した商人を見下ろした。
「どうして……」
ゆっくり振り返りながら、うつ伏せの体勢で地面に伏せるオーガと化した商人を見つめる。
彼は苦しそうな表情を浮かべながら、安堵の溜息を吐き出した。
「……さあ、な。なんで、こうなったんだろうな」
額に脂汗を滲ませながら、商人は苦しそうに言葉を紡ぐ。
すぐさま商人の傷を癒そうと、走り出そうとする。
だが、サンタクロースを名乗る青年が私の肩を掴んだ所為で、私の足は止められてしまった。
「嬢ちゃん、無駄だ」
いつの間にか私の背後に回り込んだ青年は、私の視線を引き寄せると、首を横に振る。
彼の身体から同情と憐憫の臭いが放たれていた。
その匂いを嗅いだ途端、私は理解する。
青年が『私と商人に気を遣っている』事を。
「オーガになった時点で、そいつらは死んでる。そいつらは生きた屍なんだよ」
言っている意味が分からなかった。
この状況を飲み込む事ができず、私は商人の下に駆け寄る。
躊躇う事なく、治癒魔術を行使した。
が、青年の言う通り、治癒魔術を行使しても商人の傷は塞がらなかった。
「……なあ、嬢ちゃん。最後に教えてやってくれ」
商人以外のオーガ達が劇場の外に逃げようとする。
逃げ惑うオーガ達を横目で見ながら、サンタクロースを名乗る青年は私に疑問を投げかけた。
「何でお前さんは、そいつらを助けようとした?」
彼の疑問は非常に答えやすいものだった。
「……罪を、償わせるため」
商人を除くオーガ達が劇場から出て行ってしまう。
舞台に残されたのは、私と青年と死にかけの商人、そして、十字架に吊るされた貴族達の死体だけだった。
「命と向き合う時間を作らなきゃ、誰も救われない。殺した人も、……殺された人も。だから、助けようと想った……償いは、……生きている人にしかできない、から」
「……ああ、やっぱ、お前は……聖女、だな」
青い血を吐きながら、商人は頬の筋肉を緩ませる。
狂気で澱んでいた彼の瞳から罪悪感の匂いが漏れ出た。
「……だが、すまねぇな、こんなクソ共の、命だけは背負いたくねぇ……民達が死にそうになっても、助けなかったどころか、……死体蹴りしやがった王族と貴族には………、王族と貴族に奉仕しろ、とふざけた事を言うアイツらには……」
「……」
何て声を掛けたら良いのか分からなかった。
口を閉じ、浅い呼吸を繰り返す商人をじっと見つめる。
「確かに聖女さんの言う通り、だ……俺達はやり過ぎた。正義という薬を飲み過ぎた所為で、……越えちゃいけないラインを越えちまった」
商人の身体から徐々に生気が抜け落ちる。
目を逸らしたかった。
目前に迫った彼の死から目を背けたかった。
「自分達が、…….正義であるために、……俺た、……は命から目を背け、……た、都合の悪い事から、目を背け、……俺達の正義を否定するあんたを、……攻撃、しちまった……でも、仕方ねぇ、よな……正義に、……酔ってる間は、……痛みを、忘れる事ができた、……んだから、……」
息を短く吸い込み、乱れた感情を整える。
直視したくない現実を真っ直ぐ見つめる。
目を逸らしたかった。
けど、目を逸らす訳にはいかなかった。
下唇を少しだけ噛みながら、変わり果てた商人の手を握る。
オーガと化した彼の手は冷たく、触れているだけで身体の芯が凍てつく程、浮世離れしていた。
「俺は、……お前と出会った頃と、何も、変わってな……あの頃と同じ、……酒瓶持って暴れる……クソ、……オヤジ……だ」
変わり果てた商人の手を握り締める。
──咎人には救いではなく、罰を与えなければならない。
聖女の理性が私の本音を縛りつける。
咎人としてではなく、友人として商人を看取りたい。
胸の内から湧き上がる欲望が聖女の理性によって阻まれてしまう。
だが、……
「……商人。貴方の協力がなければ、炊き出しを行えなかった。貴方がいなければ、災害に遭った人達を助けられなかった。貴女がいたから、私は聖女の役目を果たす事ができた」
今の私は聖女じゃない。
だから、聖女の理性に縛られる必要はないのだ。
息を短く吸い込み、商人の瞳を真っ直ぐ見据える。
咎人としてではなく、一人の友人を見送るため、聖女ではない私はお礼の言葉を口にした。
「ありがとう、商人。今まで私を支えてくれて。貴方が支えてくれたお陰で、私は……」
煙のように商人の身体から匂いが消えてしまう。
彼は私の言葉を最後まで聞く事なく、息を引き取ってしまった。
「……嬢ちゃん、咎人にお礼の言葉を言っても良かったのか?」
ずっと私達を見守っていた青年が口を開く。
「嬢ちゃん、聖女なんだろ? 咎人に罰ではなく救いを与えるってのは、聖女としてあるまじき行為じゃねぇの?」
「……問題ない」
オーガと化した商人の身体が徐々に溶け始める。
彼の肉々しい身体は瞬く間にスライムのような半個体に成り果ててしまった。
「今の私は元聖女だから」
商人だった死体に背を向け、サンタクロースを名乗る青年と向き合う。
彼はゆっくり息を吐き出すと、笑みを浮かべた。
「なら、問題ねぇな」
最終的に黒い水と成り果てた商人の死骸を眼に焼きつける。
舞台の床に染み込む商人だったものを見つめながら、胸の中に溜まった澱んだ空気を吐き出した。
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