期待と命と藍色の火柱
◆side:アルベルト
逃げて、逃げて、逃げ続ける事数ヶ月。
かつて王都として使われていた遺跡に到着した。
他の王族貴族や異形に見つからないよう、遺跡から少し離れた所にある洞窟に居を構えた。
食糧を満足に採れない所為で、皆にひもじい思いをさせてしまった。
何度か王族貴族や異形に見つかり、危機的状態に陥った。
イースト病と呼ばれる病の所為で二十五人亡くなってしまった。
何も守れなかった。
にも関わらず、一緒に逃げた人達は俺に期待を寄せ続けていた。
(……期待に応えないとな)
聖女が見ていたもの。
彼女が見ていたものが何なのか。
それは未だに理解できていない。
でも、これだけは理解できた。
ただ構って欲しいヤツを見る余裕も暇も聖女になかった事を。
聖女が俺を見なかったのは、俺に興味がないんじゃなくて、ただ単純に見る暇も余裕もなかった事を。
「………」
腰に携帯している神造兵器──巨人の右腕を素材に造られたもの──が激しく揺れ始める。
昨日よりも揺れが激しくなっていた。
多分、巨人の本体が近づいているんだろう。
俺が持っている巨人の右腕(神造兵器)を回収するために。
「………行くか」
もし俺が洞窟にいたら。
間違いなく洞窟にいる人達を巻き込んでしまう。
巻き込む訳にはいかない。
これ以上、死なせる訳にはいかない。
聖女と同じものを見たいという不純な目的で背負った命だが、ここで投げ出す訳にはいかない。
たとえ聖女が見ていたものを理解できないまま死んだとしても。
「……」
聖女の見ていたものを見ようとして、そこそこの年月が経過した。
この数年で俺は命の重みを知った。
命の儚さを知った。
命が失われる痛みを知った。
そして、聖女に構って貰いたかった自分が、小さかった事に気づいた。
もう聖女に見て欲しいなんて思っていない。
そもそも、そんな願いを持ち続ける余裕が今の俺にはない。
そんな子ども染みた願いよりも、今は優先しなきゃいけない事が沢山あるのだ。
もう子どもでいられない。
少しでも多くの命を救う。
そのために、俺は自分の命を賭ける。
◇side:魔王
「──降伏する。魔王、俺の神造兵器はお前にやる。どうか命だけは助けてくれ」
落ち着いた口調で、地面に頭を押しつけたまま、金髪の青年──この浮島の第一王子であるアルベルト・エリュシオンはオレに命乞いをする。
「必要ならば、俺の命も差し出す。だから、洞窟にいる人達を見逃してくれないだろうか」
プライドも神造兵器も王族としての誇りも何もかも投げ捨て、第一王子は自分の頭を地面に押し付ける。
その姿は、オレの中にある『星屑の聖女』エレナの記憶の中にないものだった。
「命を差し出すねぇ……なら、死ね」
右腕に纏った炎の剣で第一王子の頭を斬る──フリをする。
聖女から奪った記憶が教えてくれた。
第一王子はクズだ、と。
聖女と婚約破棄したいがために嫌がらせし続けたドクズだ、と。
多分、命乞いしたのはオレの油断を誘うためだろう。
オレの油断を誘う事で罠を繰り出そうとしているのだろう。
(ほら、罠を繰り出せ……!)
右腕に纏った炎の剣を振るう。
が、オレの斬撃が頭に直撃しそうになっても、第一王子は指一本動かす事なく、頭を下げ続けた。
斬撃を振るう手を止める。
直撃寸前の所で斬撃を止めても、第一王子はピクリとも動かなかった。
「……テメェ、何を企んでやがる?」
「何も企んでいない。お願いしているだけだ」
頭を下げながら、第一王子は凛とした声で命乞いし続ける。
魔法も魔術も使う事なく、ただ無防備な姿を晒し続ける。
その意図が分からず、オレはつい怖気ついてしまった。
(一体、何を考えている……? 自分の死を前提とした罠を張っている? それとも、オレが神造兵器を手にした隙を狙っているとか……? ああ、クソ。何も分からねぇ……!)
どうすれば最善なのか考えていると、右の方から敵意を感じ取った。
飛んできた水の塊を手で弾き飛ばす。
視線を攻撃してきたヤツに向けるよりも先に、攻撃してきたヤツの怒声が花園を貫いた。
「バカ王子から離れろっ!」
視線を向ける。
そこにいたのは、聖女と大体同い年くらいの女性だった。
確か聖女から奪った記憶が正しければ、アイツは第一王子の……
「来るなっ! レベッカ!! すぐこの場から離れろっ!」
頭を上げた第一王子は自分の侍女に撤退するよう呼びかける。
第一王子の焦り方から、この状況が彼にとって想定外のものである事を看破した。
「オレに攻撃したヤツを逃すと思ってんのか?」
第一王子の本心を見極めるため、オレは侍女に右掌を向ける。
そして、身体に残った魔力を右掌に注ぎ込むと、獅子を象った炎の塊を繰り出した。
「──死ね」
藍色の炎でできた獅子が花園を駆け抜ける。
火の粉が舞い散る花弁を焼いた途端、藍色の火柱がオレの視界を覆い尽くした。
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次の更新は8月25日(金)20時頃に予定しております。




